第84話 クッション大作戦
意気揚々と車を走らせるペスカ一行。しかし、直ぐに王都を出る事は無かった。
急ごしらえで作り上げたキャンピングカー。荷車のパーツを利用し、ある程度の内装を整えたが、居住空間は完璧とは言い切れなかった。
確かにバス、トイレ、キッチン、簡易ベッドが備え付けられ、居住性が重視されている。しかし簡易ベッドは、野営用に使っていた簡素な布団らしき物を置いただけ。座席には、荷車から転用した木が張りつけられているだけ。
何が言いたいかは、言うまでも無い。痛いのだ、お尻が! 痔になるのではと思う位、とても痛いのだ! 緊急故、一行は我慢をして来た。痛むお尻を空に治療してもらい、耐えて来た。しかしもう限界はとうに超えていた。キャンピングカーの製作者であるペスカ本人すら、限界を超えていた。そしてある決意を固めていた。
「ねぇみんな。クッション作ろう! 絶対、絶対、絶対作ろう!」
「良い案だペスカ。クッションは必要だ! 布団も欲しいな!」
「ペスカちゃん。やっと、クッションが手に入るのね・・・」
「あぁ、やっとこの痛みから解放されるのか! 僕は痔になりかけていたよ」
冬也は一も二もなくペスカに賛同する。空や翔一に至っては、涙ぐんでいた。
「ペスカ、モーリスのおっさんに頼めば、クッションくらい直ぐに用意してくれるんじゃ無いか?」
「やだよ。今更恥ずかしいし。それに生地と綿と糸が有れば、私が手作りするよ」
「でも生地はどうするんだい? 中綿は? 低反発ウレタンなんてこの世界に無いよね。ポリエステルみたいな化学繊維も無いよね」
「うぁ~! 翔一君、細かいし面倒くさい! 木綿の生産はこの世界でも有るし、羊毛や羽毛も流通してるよ」
「ペスカちゃん、落ち着いて! とにかくお店に行ってみようよ。売ってくれるかどうかも分からないんだし」
空の発言に一同は頷き、車を一旦止めて商業区画へ歩いて行く。商業区画はどの店も戸を閉めており、とても営業をしている様子は無かった。がっくりと項垂れるペスカは、往来で雄叫びを上げる。
「うぉ~! 店を開けろ~!」
「ペスカちゃん、喚かないの! さっきまで戦争に行こうとしてたんだから、仕方ないでしょ!」
「だって、空ちゃ~ん」
「あ~、もう泣かないでペスカちゃん」
喚くペスカをあやす空。騒ぐペスカ一行に兵士が数人近づいてきた。
「どうかしたのか?」
兵士達は、ペスカ一行を取り囲み尋ねる。流石の冬也も、力づくで解決する訳にはいかない。ここで騒ぎを起こせば、城に連行されるだろう。どの面下げて、モーリスに会えと言うのだ。
ただ王都は未だ混乱中だろう。店を開けろと言っても無理がある。空と翔一も返答に困っていると、ペスカが兵士に上目遣いで話しかける。
「私達、生地を売って欲しいんです。どの店も閉まっているので困ってるんです。どうにかならないでしょうか?」
潤ませた目で訴えかける策士ペスカ。困り顔の兵士達は、生地の販売店前までペスカ達を連れて行き、戸を叩いて店を開けさせた。店の店主はやや困った顔をしながらも、ペスカ達を受け入れた。
「布団を作りたいのか? 生地は有るが肝心な中綿は、これから作らんといかんな~」
ペスカは項垂れる。だが、ここで諦めるペスカでは無い。
「羊毛や羽毛はないの?」
「無いな。良くわからんが、最近仕入れをしていないんだ」
ペスカと店主のやり取りを余所に、店内を見渡していた空が呟く。
「ねぇ、ペスカちゃん。あのムートンっぽいやつ見て! あれでクッション作れるよね」
「ナイス空ちゃん! おじさん、あれをありったけ売って!」
「あの毛皮だけ買っても仕方無いだろ。中綿や仕上げはどうするんだ?」
「糸と針も売ってくれれば、私が仕上げる!」
胸を張り、ペスカは店主に答える。やれやれと言わんばかりに店主は頭を掻き、毛皮を集め加工用の糸と針を見繕っった。ペスカは布団用の肌心地の良い生地も、忘れずに店主に注文する。
「あのな。ここでは売ってやれんが、農家を紹介してはやれるぞ。鳥の飼育はここからそれ程遠くない」
「うわ~い。おじさん偉い!」
代金を支払い店を出るほくほく顔のペスカ、そして黙って荷物を抱える冬也。一行は再び車に戻る。そこからはペスカの独壇場であった。
「さて、ここからがペスカちゃんの錬金術が火を噴くぜ~!」
意気込むペスカに、空と翔一は不安を隠せずにいる。しかし冬也は特に気にせず、ペスカの指示を待っていた。ペスカは翔一に運転を任せ、冬也には生地の裁断を指示する。裁断された生地は、ペスカが一気に縫い上げた。そしてその触り心地を確かめる様に、なんども撫でる。
「ムートンクッションだよ。ねぇお兄ちゃん、ふかふかだよ!」
「あぁ、ふかふかだな。すげぇなペスカ」
「確かに錬金術だね。でもそれ皮だよね。すいすい塗っちゃ駄目なやつだよね」
「フフフ、空ちゃん。私に不可能は無いのだよ!」
空は出来上がったムートンクッションの触り心地を確かめている。その間もペスカはどんどんと、クッションを縫い上げる。運転席用、ベンチシート用、魔攻砲席用等、あらゆる座席にフィットしたサイズに縫い上げる。
「だけどね、まだ完成では無いのだよ」
「確かに。木の板に敷いても、これだけではお尻が痛い!」
「そう! 流石は空ちゃんだね! 中綿を入れて完成だよ! さぁ中綿を手に入れるぞ~!」
「おう!」
「はいはい!」
「でペスカちゃん、どこに向かえばいいの?」
道中のペスカの作業は、まだ終わらない。敷、掛布団用の生地を裁断をして、細工の準備を整える。勿論、ピローケースも忘れない。
車を走らせて小一時間程で、紹介された農場へ到着する。そこは、ガチョウ、羊、豚等各種の動物が飼育され、大きな建物が立ち並ぶ立派な農場だった。
入り口から近くの建物の前で車を止める。車を降りたペスカが建物の前に立ち、大声で叫んだ!
「誰かいますか~! たのも~!」
暫くすると、ペスカの声を聞きつけた、農場の主が駆け付けて来る。
「なんじゃ! 大声で五月蠅いのぅ!」
「羽毛を売って下さい! ありったけ!」
「ありったけも要らないよ、ペスカちゃん」
農場の主はペスカ達を一瞥した後、溜息を吐いて手招きをする。
「何だか良くわからんが、着いて来い。卸してやる製品は今は無い。毟ったばかりの毛だったら、安く譲ってやる」
「わ~い! ありがとう、おじさん」
「良くわからんが、こっちも暫く仕事をして無かったんだ。多少の収入になるなら構わん」
連れて行かれた場所は、大きな建物の中で作業器具が並んでいる。その隅に、羽毛が袋詰めされて放置されていた。農場主は、袋の一つを抱えてペスカの前に持って来た。
「こいつは、これからこの中で作業するやつだ。これで良ければ今すぐ売ってやる。製品なら時間がかかるから、直ぐには売れん」
「作業はして無いの?」
「あぁ、暫くして無い。何故かは覚えておらん」
「この場所を借りて私達が作業しても良い?」
「構わんが、何をするつもりだ?」
「勿論、羽毛の製品化作業だよ」
ペスカはニヤリと笑って、翔一に向かって指示をする。
「翔一君なら、羽毛の洗浄から選別までの行程を知ってるよね。魔法で結界みたいに、箱を幾つか作って」
「ペスカちゃんが何をやりたいかは理解したよ」
翔一は、四角い箱状の結界を幾つも作り上げる。結界を縦三段に組み合わせて、結界同士に空洞を作りつなげた。もう一つは、縦三メートル位の大きな箱状の結界を作った。
ペスカは、大きな箱状の結界に羽毛の塊をどんどん投げ入れる。そして、水の魔法で中に水流を起こし、羽毛を洗浄して行った。
洗浄した羽毛は、縦三段の結界内に入れる様に冬也に指示をする。冬也が羽毛を移し終わると、今度は魔法で結界内に風の流れを作り出す。ダウンとフェザーでは重さが違う。軽いダウンは、上へと昇る。所謂ここまでの作業は、羽毛を洗浄し選別する工程である。
ペスカは、ダウンとフェザーの選別を終えると、結界内で余分なゴミ除去と滅菌を魔法で一気に行う。あっと言う間に、製品化されて行く姿に、農場主は呆気に取られて見つめる。
「おじさん、羊の毛は無いの?」
「あ、あぁ、有るぞ。洗ってあるから中綿にするなら、そのまま使えるだろ。持ってくるか?」
「うん。お願いおじさん!」
それまで呆然と立ちつくしていた農場主は、慌てて駈け出した。農場主が、羊毛を取りに行っている間に、ペスカは 仕上がったダウンをたっぷり詰めて、ペスカは立体キルト加工で掛布団を四つ作る。
ピローケースにダウンを詰め込み、枕も作り上げた。
農場主が帰って来ると、ペスカは中綿用の羊毛を使い、敷布団とクッション用の中綿を作り上げた。縫い上げ作業は空が手伝ったものの、ほとんどがペスカ主動で行われた。作り上げられた布団やクッションを、冬也と翔一が車内に運び込み、使い心地を確かめる。
「あんた、何処の職人さんだい?」
農場主は目を丸くしてペスカに問いかける。
「職人じゃ無いよ」
「その技術、うちで使わんか?」
「お誘いは嬉しいけど、断るよ」
ペスカは素材の代金を支払いながら、農場主の勧誘を断る。使い心地を確かめた冬也と翔一の満足そうな表情を確認すると、ペスカは空を連れて車内へ戻る。ただ、移動と作業に一日を費やした為、外はもう日が暮れ真っ暗になっている。農場を後にしたペスカ達は、車中泊を行う。だが、今までとは違う布団の感触に、一同はあっという間に眠りに落ちた。
スッキリ目覚めたペスカ達の顔は、活力に満ち溢れていた。座席に座っても、クッションのおかげでお尻は痛くない。
一同は感動して涙ぐんだ。
「クッション最高! ヒャッホー!」
「だな。ペスカ、いい仕事したぜ」
「今日だけはペスカちゃんを褒めてあげる」
「流石はペスカちゃんだね。勧誘されるだけはあるよ」
快適な睡眠は、心も体も休ませるのだろう。それは翌日の、活動意欲にも繋がる。
王都で補給した食材で、冬也が簡単な朝食を作る。そして朝食を食べながら、一同は今後の行動について打ち合わせを行った。
スクリーンに地図を映して、ペスカが予定進路の説明をする。
「いい、シュロスタインから、アーグニールとグラスキルスの国境沿いにかけて、戦場が広がってるでしょ。戦場を突っ切るのは面倒だから、私達は海岸沿いを抜けて、南に向かおうと思うんだよ」
「戦場を回避するのは賛成だけど、道はあるのかい?」
「私達の後に道は出来るんだよ、わかるかな翔一君」
「ペスカちゃん、あんまりカッコ良くないよ」
「うっさい、空ちゃん。誰か反対有る?」
「ねぇよペスカ。お前の道は俺が切り開いてやる!」
「流石お兄ちゃん、カッコイイ!」
「流石冬也さん、素敵!」
纏わりつこうとする、ペスカと空を手で制する冬也。その様子を苦笑いして流し、翔一はペスカに質問する。
「道中は、シュロスタインと同じ段取りって事で良いのかな?」
「そうだね。道々の町を魔攻砲で清浄化して、王都へ進もう」
「後は何かあるかな?」
空はスクリーンの地図を、確認する様に見つめた。
「ペスカちゃん。海岸沿いを国境に抜けて暫く走ると、街が有るみたいだね。そこからは、王都まで街道が続くんだね。ルートは一本だから迷わなそうだけど、このルートで行くの?」
「空ちゃん。それは状況次第だね。出来れば最短ルートが望ましいけど」
「また脱走兵と出会わなきゃいいけどな」
「流石に、無理だと思うよお兄ちゃん。面倒事に巻き込まれそうなら、ルートを変えないとね」
「ペスカちゃん。国境沿いで戦争中って事は、そこに戦力が集中してるんだよね。だから海岸沿いを選択したんだろ? 他に何か問題が起こる可能性はあるのかい?」
「今の所は、脱走兵くらいかな。場合によっては、モンスターが出現する可能性もあるね」
「モンスター?」
「それは長くなるから、追々説明するよ。まぁ翔一君、注意して進めって事だよ」
「そうだね、注意して進まなきゃね」
「役割は今まで通り、運転はお兄ちゃんと翔一君。魔攻砲は空ちゃん担当ね」
「おう!」
「わかったよ」
「了解、ペスカちゃん」
「じゃあ、出発! サクッとアーグニールに入国するよ」
居住性を整えたペスカ達は、アーグニール王国へ向かい出発をした。先も見えぬ混乱の国へ、足を踏み入れようとしていた。
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