第82話 王都へ

 地図を入手したペスカは、あっという間にナビに地図を組み込む。スクリーンには、シュロスタイン王国の地図と、光る点がリンクする様に映し出される。王都周辺は、真っ赤に染まる様に点が集まっている。それだけ危険度が増しているのだろう。冬也は車のスピードを上げ、王都を目指した。


 途中の街道沿いにある町では、喧嘩どころか、武器を持って戦場に向かおうとする住民もおり、王都に近づく毎に、戦争の気配を肌で感じる様になっていった。

 脱走兵や道中の町々の様子は、一刻の猶予もない事を示している。町々の復興を手助けする余裕は無い。町全体を魔攻砲で沈静化するのみに留めた。

 

 車の運転は、冬也と翔一が交代で行う。魔攻砲は空とペスカが交代で扱った。そしてペスカが全体指揮を執り、残りのメンバーで補佐を行った。一行は、交代で仮眠を取りながら車を走らせた。


 ただ空の頭の中には、ある疑念が過っていた。

 行く先々で起こる住民の異常行動。そしてペスカと冬也の意味深な態度。

 ペスカは戦場から悪意の類が広がってると、語っていた。ただそれでは、今の状況は説明がつかないのではないか?

 悪意の元凶だった混沌の神は、キャトロールで倒したはず。それなら、影響はとっくに消えてもおかしくはない。しかし状況は悪化傾向に有る。

 そして徐に空は口を開く。


「ペスカちゃん、何か隠し事してるよね」

「うゎ! そう言えば、もうワンクール過ぎそうだよ。溜め置きのアニメチェックしなきゃ~!」

「ペスカちゃん、誤魔化さないで。知ってる事は全部話して」


 ペスカは空に体を向けた。空の目は真剣そのもので、とても冗談で流せる雰囲気ではない。溜息をつきながら、重々しく話し始めた。


「邪神ロメリアが力を取り戻そうとしてる。寧ろこの状況だと、完全に力を取り戻しているだろうね」

「邪神ロメリアって、高尾で出て来た黒スライムだよね」

「あれは、私達が力を削って弱っている姿。本来の姿はあんなもんじゃ無い。弱体したロメリアに防御が精一杯な空ちゃんじゃ、力を取り戻したロメリアにあっさり殺されるよ。なんなら女神さまに頼んであげるから、逃げた方が良いよ」

「舐めないで! ペスカちゃん、魔法はイメージって言ったよね。二人を見ていればわかる。魔法は想いの強さなんだよ。私はペスカちゃんと冬也さんを守ってみせるよ。何が何でも守ってみせるよ」


 珍しく声を荒げる空に、ペスカはやや驚いて目を見開いた。


「馬鹿な子」

「そんな私と十年以上幼馴染やってるのは、どこの馬鹿?」

「空ちゃんの場合、人見知りで私しか友達がいないだけでしょ!」

「そ、そんな事無いし! 他にもいるし!」


 意趣返しが出来た様にニヤリと笑うペスカ。しかし、直ぐに真剣な顔つきに戻る。


「力を取り戻したロメリア、高尾に現れたメイロード。敵はまだ二柱も残ってる。ねぇ、空ちゃん。神は二種類に分かれるの。世界を創造した原初の神々と、人間の感情から生まれた神々。邪神はね、人の欲望や悪意の塊から生まれたの。人が存在する限り力を増す。この大陸が混乱状態に有る限り、邪神達の力は増し続ける」

「だから、力の供給源を断つって事ね」

「そう。これは、私達だけの戦いじゃない、人類の戦い。空ちゃん。戦う覚悟があるなら、力を貸して」

「当たり前の事聞かないで。守るよ。大切な仲間達を、ペスカちゃんが守ろうとするこの世界を」


 話す気は無かった。まだ早いと思っていた。しかしそれは、親友を侮っていただけだった。空は一見か弱そうに見えるが、とても芯が強い。幼馴染なのだから、そんな事くらいはわかっているつもりだった。

 おしとやかな反面、一途で頑固な親友は、とうに覚悟を決めていたのだから。

 親友の言葉が、温かさと勇気を与えてくれる。自然とペスカに笑みが溢れる。そして決意を新たにした。この優しい親友を、決して失わせはしない。


 続いてペスカは、車の運転をする翔一に話しかける。


「それで、翔一君はそろそろ帰る? 微妙に役立たずだし」

「ペスカちゃん、やっぱり僕の事嫌いでしょ?」

「嫌いじゃ無いよ。お兄ちゃんに纏わりつく、お邪魔虫だと思っているけど」

「困った子だね。それと何か勘違いして無いかい? 僕だって役に立つんだよ」

「嘘だ~! どんな役に立つって?」

「確かに僕は、人を殺す覚悟なんて無い。でも君は言ったよね、人類の戦いだって。それは戦争で相手を殺す事じゃ無いだろ? 人を守る戦いだ。君の様に杜撰な作戦を立てる子の傍には、僕みたいな人間が必要だと思うけどね」

「翔一君の癖に生意気だね。まぁ、翔一君については成長を生暖かく見守ってあげるよ」


 ペスカにも当然わかっている。

 剣の腕は、既に軍の隊長格にも匹敵しつつある。翔一には、本質を瞬時に見抜く知恵が有る。空のついでにと発破をかけてみたが、意思の固い様子に一安心した。


 そして冬也は前日の夜間走行により、仮眠を取っていた。しかし、空の声で目を覚ましていた。寝たふりを続け二人の想いを聞き、安心した様に再び眠りに落ちた。


 王都まで後数キロの距離まで近づいた所で、やや小高い丘の頂上に翔一は車を止める。ペスカは、王都の様子を拡大してスクリーンに映した。


「ねぇ、お兄ちゃん。そろそろ起きて。チューしちゃうよ」

「ちょっと、ペスカちゃん。そういうのは駄目!」


 揺らしながら顔を近づけ様とするペスカを、空が止める。冬也は揺らされた事より、騒がしさに目を覚ました。


「何だよ、着いたのか。わりぃな、すげぇ寝ちまった。それで、どんな状況だ?」


 映し出されたのは、住民が武器を持って戦場に向かう姿であった。男性、女性問わず、老人や子供まで殺気立った表情で武器を抱えて、徒党を組んで歩いて行く。

 昼間にも係わらず、商店区画には往来が無く、居住区画にもほとんど人影が見えない。王城付近では兵士が怒声を上げる姿が見て取れる。王都全体が兵士、住民を含め戦争の雰囲気に呑み込まれている様だった。

 スクリーンに映る赤い塊。それは拡大された様子でも理解出来るが、ハッチから顔を出した時に触れた空気は、今までより濃い悪意に満ちた淀んだ瘴気を感じた。


「不味いな、どうする。魔攻砲で一気に行くか?」

「お兄ちゃん、ちょっと待って! 翔一君、サーチお願い。王都の中で何か変わった事無いか調べて!」

  

 翔一が王都に向けて、意識を集中して探知をかける。しかし渦巻く悪意に、翔一は目眩を起こしそうになる。翔一は吐き気を抑えて、更に集中して探知を行う。すると僅かだが、城の地下に他とは違う気配を感じた。


「ペスカちゃん。城の地下だが、何て言えば良いんだろう。マナとは違う、覇気みたいな物を感じるよ。なんだろう?」


 翔一の言葉に、ペスカはニヤリと笑う。


「でかした、翔一君! ここ一番の貢献だよ!」

「何だ? 意味がわかんねぇぞペスカ!」

「前に言ったでしょURクラスの凄い人! 多分その人が城の地下にいるよ! 地下って事は牢屋かな?」

「そっか。捕まってんなら、助けねぇとな!」


 冬也は立ち上がると、身体を動かし準備運動を始める。意気揚々と今にも車から飛び出しそうな冬也を、翔一は諫めた。


「落ち着け、冬也! ペスカちゃん。具体的な作戦は? この車で乗り込んだら、戦意はこっちに向くんじゃないか?」

「わかってるよ翔一君。車は隠蔽の魔法で隠して、王都近くに隠す」

「僕達は、徒歩で潜入だね? 場所は案内出来ると思うけど、そのままだと進むのは危険だよ」

「私達は不可視の魔法で潜入する。空ちゃんが結界と不可視の魔法を全体にかけて、翔一君は案内係だよ」

「空ちゃん、いけるか?」

「任せて下さい、冬也さん」


 翔一は車を動かし、王都近くの木々が濃い辺りに車を止める。全員が車から降りると、ペスカが隠蔽の魔法をかける。最後に空は、全員を囲む様に結界と不可視の魔法をかけた。


「行こう!」

 

 ペスカの掛け声で全員が歩きだす。不可視効果で、一行は難なく城門を越える。そして住民達を避ける様に隅を歩き、王城へ向かう。

 

 誰にも気が付かれる事無く、王城へたどり着く。そして兵士達に気付かれる事無く、王城への侵入が成功した。城内では、翔一の案内で地下への道を探す。地下へ近づく毎に、圧倒的な闘気を感じる。翔一の探知が無くても、居場所がはっきりとわかる位に。

 全員が、強者の気配を敏感に感じ取っていた。


 殺気立つ多くの兵達をやり過ごし、一行は城内を進む。地下への階段を降りきった所で、冬也は空と翔一に向けて、強い口調で言い放った。


「お前等、ここから先は俺の後ろに隠れてろ!」


 階段の先は牢が並んでおり、強烈な闘気は一番奥からを感じる。牢番や囚人すら戦争に向かったのか、人の気配は奥の牢だけである。冬也を先頭に奥へと進むと、威圧する様な声が聞こえてきた。


「何者だ! 隠れているのはわかっている! 姿を現せ!」


 もし冬也が先頭で盾になって居なければ、空や翔一はその声だけで腰を抜かしていたかも知れない。

 牢の奥で囚われている人物は、後ろ手に拘束され、頬も体も瘦せこけている。随分と長い間、まともな食事を与えられていないのは、見て取れる。立つ事が出来ないのでは無いかと思われる程のやつれ具合である。しかし冬也に守られてさえ、その人物から痛い位の闘気が発せられているのがわかる。


「もう一度言う。姿を現せ!」

 

 地の底から響く様な威圧する声に、空や翔一は足が竦む。そしてペスカは、空に不可視の魔法を解除する様に指示して、牢の前に進んだ。

 

「久しぶりだね、モーリス。元気じゃ無さそうだけど、生きてて良かった」


 ペスカはモーリスに笑顔で笑いかけた。牢の前に現れたペスカの姿を見て、モーリスは目を剥いた。

 自分をモーリスと呼ぶのは、親友の二人以外には、一人しか思い浮かばない。そして、マナを通して目の前の人物が、その人である事は直ぐにわかった。


 モーリスのやつれた頬に、一筋の涙が滑り落ちる。

 ペスカは死んだと聞かされていた。それに姿が変わっている。最後に会った時よりも随分と幼くなっている。彼女に何が起きたのかは、予想し得ない。だがあの戦場で、隣で感じていたマナは、目の前の彼女と同じだ。自分が間違うはずが無い! 目の前の御方は自分が敬愛して止まなかったペスカだ。


「ペスカ殿! そのマナの感じは、ペスカ殿で間違いない! 助けに来て下さったのか?」

「そうだよ、ペスカちゃんだよ! モーリス、助けに来たよ!」

  

 諦めないで良かった。挫けないで良かった。もう一度、彼女と会えて良かった。モーリスの中に様々な感情が渦巻く。瞳からは、涙が溢れて止まらなかった。


「ペスカ殿。随分と愛らしくなられましたな」

「モーリスは老けたね」


 拘束具で碌にマナを使う事が出来ない。思う様に体も動かせない。しかしモーリスは、やつれた身体で立ち上がる。そのまま朽ちても、おかしくはない。なのに細く弱った足は、微塵も震える事が無い。その姿は雄々しく、空と翔一を圧倒させる。


「さぁ、ここからは俺の番だ!」


 モーリスは声を上げる。ついにシュロスタイン王国を救う、最後の一手が打たれた。

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