第72話 犬の襲撃と大乱闘大会
ドグラシアが国境門を越えて侵攻した。連絡係が告げる言葉に、キャットピープル集団は慌てふためく。そんな中、女隊長の言葉は、集団に冷静さを取り戻す。
「者共、落ち着け! おい、状況を伝えろ!」
連絡係は姿勢を正す。そして事の概略を伝えた。
「ドグラシア国境に駐在していた兵が、突如として我が国の守備隊へ攻撃を開始。そのまま国境門を越え侵攻を始めました。真っ直ぐこちらへ向かっております」
女隊長は、表情を引き締めて、大声で命令を下す。
「そうか。聞いたな! 全軍、迎撃態勢を整えよ! 急げ!」
これが本来の女隊長の姿なのだろう。先程までの愛らしい姿とは一変し、隊を率いる勇ましい姿へ変貌を遂げていた。女隊長の命令で、キャットピープル達が敏速に隊列を整える。
ただ、このまま衝突を眺めている訳にはいくまい。ペスカから、優しく問いかける様な声がかかる。
「ねぇ。そいつら、私達が何とかしてあげよっか?」
「何を言ってる! お前達人間が手を出して良い問題では無い!」
「おいてめぇ! 言う事聞くって言ったばっかだろ!」
「黙っていろ、人間! 我らの因縁に口を挟むな!」
「うるせぇぞ! 喚いてんじゃねぇ! てめぇらは、殺し合いがしてぇのか!」
既に、集団は女隊長の下、戦闘に向けてい態勢を整えている。元々、多少の小競り合いは日常茶飯事の間柄である。それ故かペスカの提案を、女隊長は素気無く断る。
しかしその事が、冬也の怒りを買う事になる。冬也は周囲を威圧しながら、眼光鋭く近寄る。隊列を整えたばかりのキャットピープル達は、女隊長を中心に全員小さく蹲り震えだした。
「わかったニャ。お、お前、怖いから、近寄っちゃ駄目ニャ。言う事聞くニャ。来ちゃ駄目ニャ」
ペスカは少し苦笑いして、女隊長に話しかける。冬也が集団から離れると、少し落ち着きを取り戻したのだろう。女隊長は、毅然とした態度でペスカに答えた。
「ドグラシアの侵攻途中に、町や村は有るの?」
「無い! この辺りは、三国の国境が近い。従って武力衝突が多い。だから、この辺りは平野で何も無い!」
「おおぅ、物騒だね。じゃあ、マールローネの兵士達に事情を話して、国境門からこっちに来て貰って」
「馬鹿な! 誇り高いキャトロールが、他国の兵と共に戦えるか!」
熱り立つ女隊長に、ペスカは額を小突いて黙らせる。
「勘違いしないの。良いから言う事聞く! ほら、早く!」
「お前も痛い事するニャ。そんな奴は酷い目に合わせるニャ!」
「言う事を聞かないと、お兄ちゃんが来るよ」
ペスカが冬也を見やると、女隊長は毛を逆立たせる。仕方なくといった感じだろう。ペスカの指示に従い国境門へと向かう。その間ペスカは、冬也達三人を集めて作戦を伝えた。
「ペスカちゃん、本気?」
ペスカの作戦に、空が驚き声を上げる。しかしペスカは、至って平静であった。
「この事態は、私達を狙ってる神の仕業だよ。キャットピープルと魚人が、オートキャンセルに反応したのが証拠でしょ? もうそろそろ、黒幕に出てきてもらおうよ。こんな事が、ずっと続くの面倒でしょ?」
「ペスカちゃん。神様ってそんな単純なの? 出て来たとしてどう戦うの?」
「問題ないよ。何度も戦ってるしね。空ちゃんと翔一君は、キャンピングカーに隠れてて」
「操ってる手駒が大騒ぎをすれば、そこに僕等がいると考えた神が現れるって事だね。やるねペスカちゃん」
「翔一君、回りくどい解説どうも。それに免じて今回は出番をあげよう」
作戦を今ひとつ理解していない冬也は、初めて見る魚人に対し感慨にふけっていた。
女隊長がマールローネ側の兵達に事情を説明し、国境門に招き入れる。しかし、マールローネから入国した魚人の軍隊は、訳が分からずキョトンとしていた。
そんな魚人達を見つめて、冬也は呑気に呟いた。
「魚人って人間と何処が違うんだペスカ? 姿は全く俺達と変わんねぇな」
「お兄ちゃんは少し黙ってて。翔一君は全体に結界張って。終わったら、魚人達に委細の説明。ちゃんと煽る事。空ちゃんは、魔攻砲でオートキャンセルの発射準備。充分引き付けてから撃ってね」
ペスカの指示で、空と翔一は準備を急ぐ。
「なぁ、ペスカ。兄ちゃんにもわかる様に、優しく教えてくれよ」
「もう! お兄ちゃんは、ワンちゃん達を躾ける事だよ」
「おぅ! でも、魚人は?」
「うっさい! 緊張感無いよお兄ちゃん! 魚人の首元見て! えらが有るでしょ?」
「おぉ! すげぇな!」
緊張感の欠片も無い冬也に対し、不満気に答えるペスカ。直ぐに結界を張り終えた翔一が、魚人達へ神の関与に関する委細を説明する。そうこうしている間に、ドッグピープルの軍隊が目を血走らせ、雄叫びをあげて近づいて来る。
ペスカが合図し、空が魔攻砲でオートキャンセルを放つ。放たれた光は、ドッグピープルの軍隊の頭上で拡散し降り注いだ。オートキャンセルを浴びた途端に侵攻を止め、ドッグピープル達は立ち尽くす。
「ほら、お兄ちゃんの出番だよ。ワンちゃん達の調教タイム開始!」
冬也は腕を回し、神気を高めながら、ドッグピープルの軍隊に近寄る。冬也が近づく度に、ドッグピープル軍団は大声で叫び威嚇する。
「なんだか、近所の犬みてぇだな」
叫ぶドッグピープル軍団に、キャンキャンと吠える近所の犬を彷彿とさせた冬也は、一喝して黙らせる。
「てめぇら、ぶっ飛ばされたくなきゃ黙れ!」
冬也の一喝にドッグピープル軍団は、一斉に仰向けになり服従のポーズを決める。
「よ~し、良い子達だ。全員立って整列だ!」
ドッグピープル軍団は、冬也に従順で素早く整列をする。
「よ~し、よし。良い子だ」
冬也が褒めるとドッグピープル達は、少し嬉しそうに口元を緩める。
冬也は無自覚にも一喝した時に、とても攻撃的な神気を放っていた。それが、ドッグピープル達の服従に繋がったのだろう。そして褒める時は、とても柔らかく包み込む様な穏やかな神気を放っている。
二つの神気を無自覚に操り、冬也はあっさりとドッグピープル達の調教を終えた。
ドッグピープル達を引き連れて、ペスカ達の元へ戻る冬也。途中ざっくりと冬也は神の関与について、ドッグピープル達に説明をした。しかし冬也の説明では良く理解出来ない様で、首をかしげていた。
国境門から離れた所に、キャットピープル軍団、魚人軍団が揃って整列させられている。キャットピープル、魚人共にペスカによって、武器を取り上げられている。冬也も同様に、ドッグピープルから武器を取り上げ整列させた。
整列させられた亜人達は、困惑の表情を浮かべて整列をしている。そして徐に、ペスカが大声で話始めた。
「諸君等は、何故ここに集まっているかわかるか?」
亜人達は揃って首を傾げる。
「全て邪悪なる神の仕業だ! 諸君等はまんまと踊らされたのだ! 悔しく無いのか!」
説明は受けていた。流石に真実だとは思わなかった。しかし、真剣な表情で語るペスカを見て、真実だと理解したのだろう。徐々に亜人達が騒めき立っていく。
「勇敢なるキャットピープルの諸君! 神に騙され人間を追い回し、あまつさえ犬達に攻められた事、悔しいと思わないか!」
「悔しいニャ! 許せないニャ! やっつけるニャ~!」
女隊長を筆頭に、キャットピープル達の間に怒号が飛び交う。
「海の戦士達よ! わけもわからず神に操られ、踊らされた事。悔しいと思わんのか!」
魚人達の間からも怒声が飛び交い始める。
「誠実なるドッグピープルの諸君! 神に言われるがまま、猫の国に攻め入った事を悔やんで無いのか! それでも、諸君等はドグラシアの戦士か!」
ドッグピープル達の間に、激しい怒声が巻き起こる。
「良いか! 貴様等は、神に踊らされた只の愚か者だ! 屑野郎共だ! 貴様達は、戦士では無かったのか! 国の為に命を掛ける戦士が、神の言いなりに成り下がった! 屑野郎のままで良いのか!」
亜人達の熱気は最高潮に高まっていく。亜人達の熱気にあてられ、ペスカのテンションが上がっていく。
「屑野郎から卒業したいか~!」
「おお~!」
「貴様等は戦士か~!」
「おお~!」
「ならば戦え~!」
「おお~!」
ペスカに煽動者としての才能が有るのではないか、そんな事を考える位、亜人達は一つにまとまっていく。まるでコールアンドレスポンスの様に、亜人達は一体となりペスカの掛け声に応える。そして、ペスカのテンションが最高潮まで高まる。
「これから、貴様等の武を示せ! 貴様等全員、武器と魔法を使わず、拳と拳で戦い合え! 勝ち残った者には神を殴る権利をやろう!」
「うぉおおおおおおおお~!」
亜人達は興奮して、絶叫する様な雄叫びを上げる。
「さぁ、開始だ屑野郎共! 戦え~!」
ペスカの合図で、キャットピープル、魚人、ドッグピープル、三種類の亜人が入り乱れたバトルロイヤルが開始された。
興奮状態の亜人達は、蹴り殴り掴み投げ、持ち得る体術で戦う。鼻血を吹きだし、投げ飛ばされても亜人達は果敢に戦う。やがて骨折等、負傷しリタイアする者が現れ始める。
「怪我した人は、こっちですよ~」
翔一が怪我人を集めて、空がまとめて魔法で治療を施す。ただ予想外なのは、治療された途端に、亜人達は戦いに復帰する。発端のペスカが止め辛い程に、周囲の空気は戦い一色に染まっていた。
「ペスカ。やべぇんじゃねぇか?」
「うん。怖くて止められないね」
「どうすんだよ!」
「どうしよう、お兄ちゃん」
熱い戦いが繰り広げられている様子を、ペスカと冬也は顔を青くし、ただ傍観していた。暫く傍観していると、突然ゴンっと鈍い音と共に、ペスカの頭に痛みが走る。
「あなた何やってんの! せっかく見つけたと思ったら、こんな騒ぎ起こして!」
ペスカと冬也が振り向くと、そこには女神ラアルフィーネが立っていた。
「冬也君。あなたも止めなさいよ。こんな馬鹿な事!」
「ラアルフィーネさんだっけ、久しぶり!」
「久しぶり! じゃ無いわよ。何してんのよ」
怒り心頭の女神ラアルフィーネを鎮める為に、ペスカが頭を擦りながら説明をする。
「女神ラアルフィーネ、これも作戦です。邪神達が我々を探しているせいで、三国が戦争に突入する可能性が有りました。戦争を未然に防ぎつつ、邪神を呼び寄せる。おまけに亜人達の憂さ晴らし、一挙両得の作戦だったのです。まさか、あなたがいらっしゃるとは」
言い訳を最後まで聞く事無く、再び女神の拳がペスカの頭にさく裂する。
「言い訳しないの。早く騒ぎを止めるのよ!」
頭を擦り涙目のペスカが、バトルロイヤルを止めようと振り返る。その時である。何も無い空間から声が聞こえた。
「それには及ばん。ようやく見つけた、クソガキ共よ」
空間に亀裂が入り、どす黒く淀んだマナが溢れ出す。そして、禍々しい光が漏れ出すと、男が姿を現した。
「ラアルフィーネがいるのは、計算外だったが問題有るまい。全員消せば良いだけの事だ」
地の底から響き渡る様な低い声は、おぞましさを感じさせる。男からは、禍々しい神気が吹き荒れて、戦いを繰り広げていた亜人達は、バタバタと倒れていく。
ペスカ達に、緊張が走る。そして、女神ラアルフィーネは、ペスカ達と亜人を庇う様に神気の幕を広げ、神グレイラスに対峙する。
「グレイラス、何しに来たのよ。この子達には手を出させないわよ」
「ラアルフィーネ、大地母神のお前に何が出来る。消されたく無ければ、下っている事だ」
しかし女神ラアルフィーネは、ペスカ達を庇う様し引く事は無い。そして神グレイラスは、更に神気を高めて威圧した。神気がぶつかり合い、バチバチと火花を立てる。耐性の無い者は、次々と気を失っていく。
ただそんな中、冬也とペスカは前へと歩みを進めた。
「ラアルフィーネさん、守ってくれるのはありがてぇけど、ここは俺達に任せてくんねぇか」
「そうだよ、ラアルフィーネ様。ここは、私達の出番だね。ラアルフィーネ様は、亜人達と空ちゃん達を守って下さい」
女神ラアルフィーネは、ギョッとしてペスカ達を見やる。
「馬鹿な事を言わないで!」
「馬鹿じゃねぇよ。この為に、こんな騒動を起こしたんだ」
「半神に勝てる訳無いでしょ!」
「甘く見ないで欲しいですよ、ラアルフィーネ様。お兄ちゃんと私の力を」
女神ラアルフィーネを押しやり、ペスカと冬也は神グレイラスの前に出る。
「舐めているのか、人間に混血。殺すなと言われているけど、息の根を止めなければ、問題無いか」
禍々しい神気を更に高めて、言い放つ神グレイラス。だが冬也の神気も負けてはいない。
「舐めてんのは、てめぇだ糞野郎!」
「かかって来なよ。糞野郎!」
冬也とペスカは、禍々しい神気を物ともせずに言い返す。神グレイラスとの戦いが、いま始まる。
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