第71話 キャットピープルの女隊長

 冬也がキャンピングカーを走らせて、国境門を取り囲むキャットピープルの集団へと近づいて行く。

 キャンピングカーを視界に捉えたキャットピープルの集団は、異様な物体が近寄る様に驚き、一斉に身構えた。近づくごとにキャットピープルの集団は警戒を露にする。

 見た事も無い物が、見た事の無い速さで近づいて来るのだ。仕方があるまい。

 

 キャットピープルの集団は、指揮官らしき者の命令で、即座に隊列を組む。そして、魔法の詠唱を始めた。恐らく、巨大なモンスターと認識したのだろう。

 遠距離から、魔法で一気に叩く。それは、懸命な判断である。


「ペスカちゃん、あからさまに警戒してるよ」

「そりゃあね、新種の怪物にでも見えてるんじゃない?」


 空の言葉に、ペスカあっけらかんと答える。焦る空は、更にペスカに促す。


「呑気にしてる場合じゃないよ。ねぇ魔法を唱え始めてるよ」

「気にしない、気にしない。空ちゃんは、オートキャンセル発射準備ヨロ!」

「そうだな、頼むぜ空ちゃん」

「うわぁ~、脳筋兄妹!」


 キャットピープ達の警戒を、気にも留めていないペスカ、車を止める気が全く無い冬也。もっと穏やかな交渉方法が有るだろうと、空は叫びたかった。


「力を示し、交渉を有利に進めるつもりか。黒船の要領だね。有りかも知れない」

「工藤先輩まで、冬也さんに侵されていく~!」

 

 馬鹿が三人に増えたと心の中で叫びながら、空は魔攻砲の発射席に陣取る。キャットピープル達は、詠唱を終え魔法を放つ。

 放たれた幾つもの魔法は、弧を描きキャンピングカーを襲う。しかし、キャットピープル達の魔法は、車両の結界でかき消された。

 キャットピープル達の集団は、驚愕の表情を深める。しかし攻撃の手は止まない。指揮官の命令で、連続で魔法を放つ。

 そして空は、魔攻砲にオートキャンセルを充填する。襲い掛かる魔法に狙いを定めて、レバーを引いた。連続して放たれたキャットピープル達の魔法は、魔攻砲から放たれた空のオートキャンセルにより、尽く空中で霧散した。


 魔法が通じないと判ったキャットピープル達は、剣や槍を構え突撃の姿勢を見せた。近接戦闘も已む無しと判断したのだろう。突撃の衝撃に備えて、防御結界の魔法を周囲に張り巡らせる。

 何を言っているかまでは聞こえない。ただ指揮官らしき者が、怒声を上げ集団を鼓舞しているのだろう事は、容易に想像がつく。

 それに対しペスカは、翔一へ指示を飛ばした。


「翔一君、集団の手前に、でっかいクレーターを作って!」

「わかった!」


 ペスカの指示にあっさりと承諾した翔一は、もう一つの魔攻砲を操作し炎の魔法を放つ。そして隊列を組んだキャットピープル達の前方に、巨大な炎の塊が隕石の様に落ち、巨大なクレーターを作った。炎の塊が地面に衝突した衝撃に耐えきれず、キャットピープルは尽く吹き飛ばされる。


 このチャンスを逃す手はない。冬也はクレーターを避ける様に、車を走らせる。

 武力行使が通じないと理解したのだろうか、キャットピープルの集団が怯える様子が見える。しかし指揮官らしき者を中心に、集団は立ち上がり、武器を構えている。怯えていても、警戒の姿勢は解かないのは優秀であろう。


 それでもキャットピープル達は、ガタガタと震え及び腰になっている。

 尋常じゃない速さ、おまけに魔法が通じない、更には一撃で集団を壊滅させる程の破壊力を持った攻撃。これに恐怖を感じない者はいまい。

 冬也は、キャットピープル達の眼前で車を停める。そしてペスカは、キャンピングカーに取り付けていた拡声の魔石で、集団に警告を発した。


「あ~、あ~、君達、武力行使を止めなさい。繰り返す、武力行使を止めなさい」

 

 キャットピープルの集団からは、恐怖以外に困惑の色も見て取れた。巨大なモンスターから、可愛い少女の声が聞こえてくれば、混乱もするだろう。


「あ~、あ~、聞こえてる? 武器を下ろして、投降しなさい。我々は君達を傷つけはしない」

「おい、ペスカ、そんなんじゃ駄目だ。おいてめぇ等、ぶっ飛ばされたく無けりゃ、大人しくしろ!」

「ちょっと、冬也さん。脅してどうするんですか!」


 巨大なモンスターから、複数の声が聞こえて来る。それはキャットピープルの集団を、更に混乱させた。流石に、抵抗は不可能の判断したのだろう。

 警告に従い、指揮官らしき者が合図をし、武器を下ろさせる。そして徐に、集団の前へと歩みを進めた。

 

「お、お、お前達は、な、な、何物だ! わ、わ、我々に攻撃の意思は、な、な、無い。わ、わ、わ、私は、この軍の隊長ニャ。お前達も大人しくするニャ」

 

 隊長と名乗るキャットピープルを見て、ペスカ達は顔を見合わせた。


「やり過ぎたんじゃねぇぇか? すげぇビビってるぜ」

「最後は、語尾がニャになってましたね、冬也さん」

「お兄ちゃん。よく見てあの人、女だよ。初の猫耳少女とのご対面だよ」

「三人共、緊張感がないね。でも、ニャって可愛いね」


 ペスカ達の話声は、拡声の魔石によって、車外に筒抜けになっていた。そして、真っ赤に顔を染めたキャットピープルの女隊長が、叫び声を上げる。


「五月蠅いニャ~! 黙るニャ! 泣く子も黙る鬼隊長に可愛いって言うニャ~!」


 顔を真っ赤にして、女隊長は地団駄を踏んだ。その光景にペスカは微笑ましさを感じ、一計を案じる。

 ペスカは魔法を使い、ケサランパサランの様な、フワフワな綿毛っぽい物を作り出す。そしてキャットピープル達の頭上で、ユラユラと浮かばせた。


 キャットピープルの集団は、頭上でユラユラ動くフワフワな物体に、目が釘付けになる。次第に飛び掛かる者が出始める、一人また一人とフワフワな物体に飛び掛かり、やがて全員がフワフワな物体を追いかけ回す。

 

「何してるニャ。お前等止めるニャ」

 

 女隊長は兵達を止めようと叫ぶ。しかし自分の体も、自然とフワフワな物体を追いかけてしまう。

 

「何て卑怯な事をする奴ニャ。身体が勝手に動くニャ。フワフワは私の物ニャ!」


 小一時間、ひとしきりキャットピープルを遊ばせ、ぐったりさせた所でペスカ達は車を降りた。だがたった一人、警戒心を忘れていない者がいた。女隊長は、尻尾を膨らませてヒゲを逆立てる。


「だ、誰ニャ! 人間ニャ? 捕まえるニャ!」

「てめぇ、誰を捕まえるって?」

「ちょっとお兄ちゃん。威嚇しちゃ駄目」


 凄んで近づく冬也に、女隊長は尻尾を体に巻き付け姿勢を低くする。そんな女隊長に対し、ペスカは出来るだけ姿勢を低くして話しかけた。


「ねぇ。誰を捕まえるの? それは誰の命令?」

「誰からって、誰ニャ? お前等知ってるかニャ?」


 女隊長が兵士達に視線を向けるが、兵士達は揃って首を傾げた。ペスカは女隊長を怯えさせ無い様に、穏やかに話しかける。


「あなた達は、どうして国境門に集まってたの?」

「よく覚えて無いニャ。人間がマールローネに逃げたって噂を聞いて追ってたら、魚人達と口論になったニャ。多分、そんな感じニャ」

「魚人達は、どうして国境門に集まってるの?」

「知らないニャ。何だかいっちゃもん付けられた気がするニャ」

「何だか、役に立たねぇな」

「お兄ちゃん、ちょっと黙ってて」


 冬也の言葉に、女隊長は尻尾を激しく揺らす。ペスカは冬也を黙らせて、女隊長を宥める様に話を続ける。


「私達に、あなた達をどうこうする気は無いの。わかってくれる?」


 女隊長は暫く考えるふりを続ける。そして徐に話し始めた。


「あのフワフワをくれたら、信じても良いニャ!」


 女隊長の言葉にイラついた冬也が少し神気を高め、キャットピープル達を威嚇する。すると、キャットピープルの兵達は、一斉に仰向けになりお腹を見せる。女隊長は、尻尾を体の下に隠して腹ばいになった。


「わ、わ、わ、わかったニャ。言う事、聞くニャ。助けてニャ」 

 

 震えながら訴える女隊長。わかれば良いんだとばかりに、冬也は鼻を鳴らして集団を見下ろした。

 

「いじめっ子の姿だね、お兄ちゃん」


 ペスカがその様子に溜息をついた時だった。遠くから、声が聞こえる。


「大変だ~! ドグラシアが国境門を越えて侵攻した~!」


 その言葉に、ペスカ達は顔を見合わせる。腹ばいになっていたキャットピープルの集団は、即座に立ち上がり、女隊長の指揮で隊列を組みなおした。

 兵士達に戦慄が走る。戦争の予感に、周囲は一気に慌ただしくなった。

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