第54話 ミノタウロスの住む町 その1

「王手!」

「ちょっと待った! ストップ! いや、パス!」

「将棋にパスは無いよ、冬也」

「くっそ~、何で負けんだ。手加減しろよ、翔一」

「充分手加減してるよ。冬也は弱すぎると言うより、考えなしで指すから。向こう見ずで突っ込んでも、将棋は勝てないよ!」

「くっそ~。次は囲碁だ! 囲碁なら負けねぇ、覚悟しろ翔一」


 冬也と翔一は多くのギャラリーの前で、将棋を指している。それは何故か、時はニ週間程前に遡る。

 

 ペスカは女神フィアーナに、ラフィスフィア大陸に送ったと聞かされていた。ラフィスフィア大陸であれば、例えそこがどの国であろうと、ペスカの知名度は高い。そして、旧友と呼べる存在も点在している。ペスカは安心して、翔一の探知を頼りに、近くの街を目指した。


 暫く歩いていると、見渡す限りの農園が広がり始める。やがて農園の先に、町が見えて来る。城壁どころか柵すら無い、農園の中心に位置する町である。

 今、自分達のいる場所に検討がつかない。町が有れば、人がいるはず。情報が聞ける、そして食事も出来るはず。ペスカ達は、喜び勇んで町へと走っていく。しかし、辿り着いた先の町にいたのは、人間ではなくミノタウロスだった。


「ぎゃ~!」

「きゃ~!」

「うわぁ~!」

「何だあれ!」  


 一同は、叫び声を上げた。頭が牛、首から下は人間の怪物が、町を闊歩していれば仕方の無い事だろう。その光景に空と翔一は、戦々恐々とする。ペスカと冬也は臨戦態勢を取る。そして闊歩している一人のミノタウロスが、ペスカ達に近づき話しかけた。


「旅の人ですか? 人間とは珍しいですね。ようこそ、ミノータルへ」


 空と翔一には、ミノタウロスの言葉が解らない為、怯えている。優しく話しかけて来るミノタウロスに対し、ペスカと冬也は臨戦態勢を崩さない。それは、そうだろう。ラフィスフィア大陸は、人間の住まう大陸である。ペスカでさえ、ミノタウロスを見るのは初めてなのだ。

 しかし話しかけて来たミノタウロスは、警戒心を露わにするペスカ達に対しても、態度を変える事は無かった。


「怖がらないで。私達は人間に危害を加えません」


 種族が異なれば、コミュニケーションを取り辛いのは当然であろう。表情が読み取り辛いのだ。しかしミノタウロスはあくまでも、穏やかに話しかけてくる。

 ただ、四人の中でミノタウロスと会話が出来るのは、ペスカと冬也だけである。状況がわからなければ、行動の指針が立てられない。ペスカは、慎重に問いかけた。

 結果として、ここが亜人が住む大陸アンドロケインの中に有る事、そして今はミノータルと言う名の小国にいる事が判明した。

 またギリシャ神話と違い、ミノタウロスは穏やかな農耕民族だった。


「あの駄女神! 完全に違う大陸じゃない!」

「大陸が違うって何がだ?」

「この世界には、四つの大陸が有るの。この間まで私達がいたのは、ラフィスフィア大陸。ここは別の大陸なの!」

「それは不味いのか?」

「不味い所の騒ぎじゃ無いよ、お兄ちゃん。エルラフィア王国に戻る所か、ラフィスフィア大陸に戻るのさえどえらい騒ぎだよ。どうやって帰れって言うのよ!」

 

 ペスカは息巻いていた。冬也は事態を飲み込めていない。空と翔一は青筋立てたペスカの表情で、何と無く察した様だった。


 人間の暮らすラフィスフィア大陸ならば、英雄ペスカの名は絶大な効果を得る。しかし、亜人の暮らすアンドロケイン大陸には、英雄ペスカの威光は通じない。

 そして海を隔てた大陸を渡るには、長い航海を要する。しかし両大陸間の航行は、途絶えて久しい。それはラフィスフィア大陸に帰還する、大きな障害となるのだ。


「そもそも私、アンドロケインなんて来たこと無いんだよ!」

「来ちまったものは仕方ねぇよ。取り敢えず情報収取だな」


 怒り心頭という様子で、小刻みに体を震わせるペスカを冬也が宥める。一先ずは、情報取集を行う事を優先する事で二人の意見は一致した。

 しかし、アンドロケイン大陸という事で問題が生じる。元々ペスカ達は、ロイスマリアで流通する通貨を持ち合わせていない。エルラフィア王国には知人がいる為、それでも何とかなった。アンドロケイン大陸に訪れた経験の無いペスカに、頼れる知人は存在しない。

 大陸が変われば、流通する通貨も変わるだろう。だがそれ以前に、四人は一文無しなのだ。


「あの~。私達、旅をしているんですが、この大陸で通用するお金を持って無いんです。何処か泊めて頂く所は、無いでしょうか?」

「えぇ、構いませんよ。これも何かの縁です。私の家でよければ、いつまでもお泊り下さい」


 ペスカのお願いに、ミノタウロスは快く引き受けてくれる。ミノタウロスの言葉が解らない空と翔一は、依然として震えている。


「大丈夫だ、二人共。何か有れば俺が守ってやる」


 冬也は童話の常套手段を思い浮かべ、警戒を解いていない。親切にしておいて、夜中にこっそり食べに来る。そんな事を考えていた。しかし、冬也の予想は良い方向に外れる事になる。


「申し遅れましたが、私はメイリーと申します」

「メイリーって、女みたいな名前だな?」

「女ですよ。人間の方々には区別がつかないようですが」

「え~!」

「え~って失礼だよ、お兄ちゃん」

「構いませんよ。ウフフ」


 笑っているのだろうか、人間から見れば笑顔も怖い。しかし、メイリーは人当たりの柔らかい女性だった。そしてミノタウロスは、穏やかで争いを好まない種族であった。人間であるペスカ達を、家族一同で持て成してくれた。無論、夜更けに襲われる事も無い。それどころか、この大陸の情報を細かに説明してくれた。その上、町中から寄付を募り、ペスカ達に路銀を持たせてくれた。


 ここまで親切にされると、ペスカのやる気に火が付く。翌日ペスカは、空と翔一に言語通訳の魔法をかける。そしてペスカは、メイリーに農園の案内を要求し、冬也達三人を連れて農園を巡った。


 ミノタウロスが運営している農園は、一九世紀ヨーロッパで普及した輪栽式農業を主体とした農法が行われ、農作物以外に豚の飼育がおこなわれていた。


 彼らは農法の開発に余念が無かった。まだ、ペスカが農業改革に取り組む前のエルラフィア王国では、収穫量が落ちたら神に祈るのが一般的だった。しかし、彼らは違う。連作障害対策、有機肥料の開発、農地の転用、品種改良等、様々な事に力を注いでいる。

 ただ農作業自体は、ミノタウロスの類まれな筋力に任せて、鋤を使った耕うんや収穫作業を行っていた。そこでペスカは、メイリーの紹介で町長と面談をし、農業機械の導入を提案した。


「ま、まさか、それが有れば、耕作も収穫も格段に能率が上がると言うのですか?」

「その通りです。数日頂ければ試作機を提出します」

「な、何と。有難い。是非、是非お願いいたします」


 ペスカの説明に、町長は身を乗り出す様に興奮して食いついてくる。ただ、これまでの町の様子や、ミノタウロスの人柄を見て、冬也は疑問を感じていた。そして冬也は徐に、その疑問を町長に投げかけた。


「あのさ、町長さん。あんたら怖い顔の上に、かなり強そうじゃねぇか。俺達と違う種族なら、普通はあんたらの方が警戒するだろ。でも、あんたらはすげぇ親切にしてくれた。それと、頑張って農業やってるのは、良い事だと思うぜ。ただよぉ、何て言うか争いの気配がねぇ。あんた等は、お人好し全開の種族なのか?」

「そうですね、少し昔話をしましょう」


 冬也の問いに、町長はゆっくりと説明を始めた。

 事の起こりは、数百年前である。彼らの祖先は、ラフィスフィア大陸に住む人間であった。祖先達が暮らす国は、戦争をし勢力を広げていた。その延長線上にあったのが、大陸を渡り未知なる富を得る事である。

 欲をかいたその国は、大船団で海を渡り、アンドロケイン大陸に攻め込んだ。そして、我が物顔で多くの物を奪い、焼き、殺し尽くした。

 その行為は、ある女神の怒りを買う事になる。それが、アンドロケイン大陸の大地母神、ラアルフィーネである。女神ラアルフィーネは、攻め込んだ人間に罰を与えた。


 先ずは攻め込んだ者達に、アンドロケイン大陸中を、農作物で満たす事を命じた。しかし、大船団で攻め込んだとは言え、数千人程度である。大陸中の飢えを満たす農作物など、作れるはずが無い。

 そして次に、人間の姿をミノタウロスに変え、強靭な肉体を与えた。結果として肉体労働には、十二分の体力を得られた。しかし、ただそれだけでは罰にならない。最後に女神ラアルフィーネが命じたのは、マナの使用禁止だった。

 マナを使わず、ただ己の肉体だけを酷使し罪を償え。それが女神ラアルフィーネの定めた罰であった。

 

「確かに我らの頑強な肉体であれば、戦闘も容易でしょう。しかし、我らはその罪を世代を通して、贖っていかなければなりません。農業を発展させ、この大陸を潤す事は我らの使命なのです」


 神の定めた事とは言え、それを守り続けるのは、どれだけ大変な事か。ましてや、今の世代には、無用な罰であろう。それでも彼らは、過ちを悔いて未来を切り開こうとする。町長の言葉を聞いて、冬也のやる気にも火が付く。


「いいぜ、町長さん。力仕事は俺達が手伝うぜ。メイリーさんの家に泊めて貰った恩も、返さなきゃな。そうだろ翔一!」

「あぁ。そうだね冬也。僕も力になるよ」

「わ、私もなにか」

「空ちゃんは、私の手伝いかな」


 それから冬也と翔一は農作業の手伝い、ペスカと空は納屋を借りて農業機械の作成に取り組んだ。懸命に働くペスカ達は、二日と経たずミノタウロス達に溶け込んだ。最初は異様な怪物に思えたミノタウロスの姿も、慣れてしまえば只の亜人である。穏やかな性格のミノタウロスに、ペスカ達が馴染むのは早かった。


 町長に依頼し、数名のミノタウロスの男達の手を借り、農業機械の試作機は作られて行く。ペスカは、男達に機械の材料の調達と組み立て方を指示し、空には魔石の精製方法を教えた。しかも、現在のエルラフィアでも開発されて無い、新型の魔石を空に大量生産させた。


 ペスカ監修の下、約束通りの日数で、耕作機と収獲機が完成する。マナの扱えないミノタウロスでも使用可能の、半永久マナ運用システム。ペスカが考案した、新システム搭載機の完成だった。

 町長に試作機が完成した事を伝えると、直ぐに試運転が行われる事になる。町中に噂が広がり、試運転には、住人全員が興味を持って集まった。


「そこの突起を押して、動かすんだよ」

 

 ペスカが町長に説明をし、いざ試運転が開始される。町長がレバーを握り、ペスカの指示したボタンを押す。すると、機械の前面に据え付けられたローターが回転し、少ない力で畑が耕されていく。


「す、凄い、凄いですよペスカ殿! なんて事だ! 力を入れなくても、勝手に耕してくれる! それに、あっという間だ!」


 町長の驚きは住民全体に伝播し、どよめきが上がる。続いての試運転は、収穫期の麦の収穫で試す事になった。収獲機のレバーを握る町長は、再び驚きの声を上げる事になる。

 先程と同様にボタンを押すと、前面の下部に取り付けられた大型の刃が、一気に麦を刈り取る。そして束を作り麻で縛り、進行方向の右側に排出される。

 一連の作業がスムーズに行われるのを目の当たりして、住民全体から割れんばかりの歓声が上がった。


「な、な、何ですか? これ、何でこんな簡単に、収獲が出来るんですか? ペスカ殿、これを量産は出来るのでしょうか?」

「可能だよ。動力源の魔石は空ちゃんが頑張って作ったし、機械の作り方は手伝ってくれた人達に教えて有るからね」

「あ、有難う。有難う。あぁ、なんと素晴らしい。ペスカ殿有難うございます」

  

 町長は涙をボロボロと流しながら、ペスカに頭を下げる。住民達が自然とペスカに集まり、盛大な胴上げを行う。ミノタウロス膂力に、あり得ない高さでペスカが宙を舞う。


「いや~! 高い、高いってば! 力任せに胴上げしないで~!」


 ペスカの叫び声は、住民達の歓声にかき消され、暫く胴上げが収まる事は無かった。 

 

 それからの数日も、騒ぎは続く。

 ミノータルの町々から多くの人が訪れ、ミノータル国の元首も顔を出した。騒ぎが収まる様子が無い為、町長からペスカ達に暫く町に滞在して欲しいと懇願された。

 

 アンドロケイン大陸の情報を得ていたペスカ達は、農業機械の試作機が完成した段階で、旅立つ予定だった。しかし町長の懇願に圧され、ペスカ達は一週間ほど、滞在期間の伸ばす事になった。

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