第18話 ペスカと海獣大決戦

 朝起きたら、またペスカが唐突に、変な事を言い出した。


「今日は釣りをしよう、お兄ちゃん」


 釣りって言ったら、船釣りとか磯釣りを思い浮かべるだろ?


「なのに、何でこんなに船がでけぇ~んだよ!」

「大は小を兼ねるんだよ。お兄ちゃんは格言とか知らないの?」

「それにしたってデカ過ぎだろ! これはもう戦艦だよ! どっから持って来たんだよ!」

「乙女の秘密を、暴いたらいけないんだよ」

「戦艦持ち出す乙女なんて、居ねぇ~んだよ!」


 ☆ ☆ ☆


 船釣りだと、朝から騒ぐペスカと共に港に行くと、巡洋戦艦サイズの巨大な船に出迎えられた。しかもその船には、巨大な大砲が幾つも搭載されていた。大砲なんて、この世界にあったのか?

 そんな疑問が些細に思えるほど圧巻な船を前に、冬也は立ち尽くしていた。


「ペスカお前、これで何を釣りに行くんだよ?」

「ほら、昨日漁師のおっちゃんが言ってたでしょ。ヤバイのが出るって」

「はぁ? これは釣りってより、戦争じゃねぇかよ!」

「釣りは戦いなんだよ、お兄ちゃん」

「おぉ! かっけぇ! っていやいや、馬鹿じゃねぇのか! これはもう、討伐だろうが!」


 ペスカが用意した船は、まさに戦艦そのものだった。マナを充填して魔法を放つ大砲が、何門も搭載される海戦用兵器。その海戦兵器が、生前のペスカによって開発されたのだと聞かされた冬也は、暫し唖然としていた。


「お兄ちゃん、何時までボケっとしてるの? 立派な海の男になれないよ」

「ならねぇよ。なる気もねぇよ! それにこれじゃあ、海の男ってより海兵じゃねぇか!」


 意気揚々と船に乗り込むペスカとは対照的に、冬也は力無く肩を落とし船に乗り込む。


「それで、何するんだ?」

「これで、湾外をウロウロして、出てきた所を一本釣り!」

「いや、もう釣りは良いからさ。何か情報入ってるんだろ?」

「いや~。それが何も。まぁ当たって砕けろだね」

「砕けんなよ! 駄目だろ! 船員さん達に謝れ!」


 海戦兵器だけあって、進む速度も速かった。

 途中、「ヨーソロー」と艦内放送で叫ぶペスカを、冬也がお仕置きしつつ、あっという間に数少ない目撃証言のあった場所へと辿り着いた。


 目標海域に到着しても、直ぐに異常は起こらなかった。段々と飽きて来たペスカが、艦長ごっこと称し「イエスマム」と、冬也に言わせて遊び始める。

 皆が油断し始めた頃に、それは現れた。


 突然海が泡立ち、それは徐々に海面に姿を現し始める。

 イカの様な姿形。しかし、イカにしてはあまりにも大きく、乗って来た戦艦を優に超える巨体であった。海面から二十本程の足を出しうごめいている。しかも大型の魚類でさえ一飲みにしそうな位に、胴体のほとんどが大きく裂ける口で占めていた。

 その醜悪さは、語るまでもないだろう。


「あれってクラーケン? グロ!」

「ペスカ、呑気にしてる場合じゃない。来るぞ!」


 クラーケンの胴体が、完全に海面から出ると、海面は大きく波打つ。


「全員、衝撃に備えろ!」


 ペスカが指示を出し、船員達が波の衝撃に耐える。波が静まるや否や、ペスカから攻撃命令が艦内中に響き渡る。


「前門照射よ~い。てー!」


 ペスカの合図と共に、何本もの大きな光の矢が発射され、クラーケンに突き刺さる。ダメージを与えたのだろう。クラーケンは、キュギ~ェ~と甲高い音を立てて、海面上でのたうち回る。クラーケンが暴れる度に、海面は大きく波打ち船は大きく揺れた。 


「二射目よ~い。てー!」


 連携ミスと言えば、その通りである。ペスカは、船の揺れを気にせず、砲撃の命令をだす。船員達は近くの壁等に取り付いて揺れに耐えている為、攻撃態勢を整えられない。

 それでもペスカの命令に従い、懸命に発射管にしがみついて、砲弾を発射する。しかし、船体が大きく揺れているせいか、狙いが定まらない。光の矢はクラーケンには向かわず、天へと消えていく。

 その隙を突いたのか、キュギ~ェ~と甲高い音を立てて、クラーケンが船の右側に回り込む。そして、何本もの触手を船に絡ませようとしていた。


「いや~。キモイ~。おに~ちゃん」

「そう言われても、おぇ。もう無理、※※※※※※※※※」

「おに~ちゃんが役立たずに~」


 大きく揺れまくる船に、冬也の三半規管は悲鳴を上げていた。そして、朝食がキラキラと輝き、海へと帰っていく。


「砲撃手、何してる! 取りつかれるな! 冬也陸曹、シャキッとせんか!」

「陸軍じゃねぇし、※※※※※※※※※」

 

 弱弱しく突っ込む冬也に比べ、ペスカは目が爛々と輝いている。

 接近したクラーケンに、副砲からの攻撃が続く。思いのほかクラーケンは強靭の様で、小口径の副砲ではダメージを与えられない。当然、近接距離で主砲を使えば、クラーケンに命中した後、どんな影響が出るかわからない。

 

 やがて、クラーケンの触手が船体に絡みつき、船体がミシミシと音を立て始める。揺れは止まらず、触手は船を締め付け壊そうとしている。これ以上、クラーケンの攻撃を受けると沈没する。そんな時に、ペスカが動いた。


「でっかい銛で、一本釣り~!」


 ペスカが、クラーケンと同じ位は有る大きな銛を魔法で出し、クラーケンに向かって放り投げる。銛は、クラーケンに深く突き刺さり、海面はクラーケンの、おびただしい血で染まっていく。

 

「更にもういっちょ~!」


 ペスカが先ほどよりも小さい銛を、何本も魔法で作り出しクラーケンに投げる。クラーケンは、激しくのたうち回った後、やがて息絶えぷかぷかと海に浮いた。


「ヴィクトリー!」


 ペスカが雄叫びを上げた瞬間、ガン! と鈍い音が響きペスカが蹲った。


「ペスカ! もう少し安全な方法にしろ!」

「お兄ちゃん、実は元気? でも突っ込みがちょっと変?」


 更に、ゴン! と鈍い音と共に、とうとうペスカの涙腺から涙があふれ出た。


「全員を危険な目に合わせるな。反省しろ!」

「ごべんなざい」


 冬也が叱るのも無理はない。

 船員達は、余りの揺れに船内を転がり回り、怪我をしている者もいる。果てやクラーケンの締め付けで、船倉の一部に亀裂が入り、大慌てで修復作業をしている。

 いざ戦闘になれば、巨大生物と戦えば多少なりとも被害は出るものだろう。単にペスカが、無計画であったと、責められはしない。それに、ペスカとて遊び感覚では、決して他人を巻き込まない。

 ならば、討伐方法を考えろと、冬也は伝えたかったのだ。無論、終始役立たずの冬也に言える台詞ではないが。


 帰りは、ペスカが魔法で作りだした大きい網で、クラーケンを引っ張りながら、ゆっくりと帰港する事になった。そしてペスカは、ぐすぐすと鼻を啜っていた。


 帰港すると、巨大なイカの化け物が水揚げされる、前代未聞の事態に、港は大騒ぎになった。しかし、流石はマーレの漁師達である。どんどん解体され、市場へ運ばれて行く。かつて無い大量の水揚げに、マーレの市場は沸き立っていた。

 その日の夜、マーレに異例の祭りが開催され、イカ焼きが飛ぶように売れる事になる。


「なぁペスカ。あれ売るのか?」

「そうじゃない?」

「あれ食えると思う?」

「無理! お兄ちゃんは?」

「俺も無理!」

「もう、二度と海釣りはしねぇ」

「私も」


 その後、マーレの町長に感謝を述べられ、二人は苦笑いを浮かべる。海の怪物討伐に沸き立つマーレの街と、相反する様に項垂れる二人であった。

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