第19話 ペスカと行列の出来る食堂

 クラーケン討伐の余熱が、冷めやらぬマーレの街は、数日が経ってもお祭り騒ぎが続いていた。


 解体されたクラーケンの部位は、市場に並び飛ぶように売れて行く。市場の周囲には、イカ焼きの屋台が立ち並び、香ばしい匂い漂わせていた。


「良い匂いだけど、食いたいとは思えなねぇ~な」

「でもお兄ちゃん、焼き上がりは、普通のイカ焼きと変わらないよ」

「モンスター化した化け物でも、食べて良いのか?」

「大丈夫でしょ多分。マナ増加剤を直接摂取しない限り、人間がモンスター化する事は無いし」


 冬也の脳裏に、クラーケン退治の光景が蘇る。巨大で不気味なクラーケンの姿と、激しい船酔を思い出し、冬也は少し手で口を塞いだ。


 クラーケンとモンスター大量発生の関連性を危惧をしたペスカは、討伐の翌日に詳細をシリウス宛へ伝書鳩を送ると共に、マーレ町長へ周辺海域の調査を命じた。


「クラーケンは、例の薬と関係しているのか?」

「怪しいから、湾岸周辺に調査船を派遣したよ」


 クラーケン討伐の翌日、多くの漁船が調査船として港から出港した。クラーケンの報告は、今まで噂の域を出ず、まともな調査はされていなかった。しかし、実際に発見された事で、にわかに危険性が高まった。そしてペスカの命と共に、マーレ町長と漁業組合が連携し、調査団を結成したのだ。


 市場にはクラーケンの部位が溢れ、数日間は水揚げ量が減少しても、経済的な影響は少ない。短期かつ集中的に、マーレ近海の湾岸を始め、湾外に有る周辺島々も、隈なく調査を行う事になった。


 ☆ ☆ ☆


「それで、今日は何処に行くんだ?」

「行列の出来る食堂だよ」


 ペスカに連れられ、目抜通りの外れまで歩き、目的の店に到着する。店の外観は、他の店舗とあまり代わり映えしない。だが、通りの外れにもかかわらず、店の前には数件先の店舗まで、長い行列を作っていた。

 行列が出来る人気料理店に、味への期待が高まる。冬也の心は、少し踊っていた。


 ペスカは予約済みである事を、可愛らしい印象の案内嬢に告げる。案内嬢は、ペスカと冬也を店の奥の個室へと、案内していった。店内には、二人用の丸テーブルが、十席ほど所狭しと並んでおり、料理を楽しむ人で賑わっていた。

 店内に漂う匂いに、食欲が掻き立てられる。通された個室は、豪華な装飾に施された、十畳ほどの広い部屋で、真っ白なテーブルクロスをかけられた、木製の縦長テーブルが鎮座していた。


「こんな豪華な部屋にしなくても、あっちの丸テーブルで良かったんだぞ」

「この店は、ランチタイム以外は予約制なの。並ぶのが嫌だからVIPルーム予約したの」


 二人が席に着くと、ゆっくり扉が開けられ、柔らかな口調の店員が入室し挨拶を行う。


「お待たせ致しました。メルフィーと申します。本日給仕を担当させて頂きます」


 女性らしい柔らかな声と、恭しく頭を下げた時に、はっきりと感じる長い金髪の美しさ。そして、さりげなく前で組んだ手は、とても上品さを感じさせる。日本でも早々見なくなった丁寧な対応に、冬也は関心しきりだった。

 

 しかしメルフィーをよく見れば、胸板は分厚く上腕二頭筋は盛り上がり、給仕服がはち切れそうになっている。そこまではいい。理由が有って鍛えている女性なのかもしれないのだから。

 ただ、顔は可愛らしくデフォルメされた、クマだった。


「どこのゆるキャラだよ!」

「この店の看板娘なんだよ。可愛いでしょ?」


 思わず冬也は、声を荒げる。そして、何事も無かった様に、ペスカはメルフィーを褒める。当のメルフィーは冬也の反応を、聞こえなかったかの様に、楚々とした仕草で給仕を行い始めた。

 流石の冬也も空気を読み、ペスカに小声で耳打ちをする。


「これも、お前の仕込みか? もうビックリはごめんだぞ!」

「違うよ。例の薬の被験者だよ。ちょこっと私がアレンジしたけど」


 メルフィーは当時十才の少女で、マナ増加剤を発明したドルクの下で働いていた。そしてドルクにより、人体実験の被験者にさせられた。実験の結果、マナを暴走させ身体が変化した。その上、マナ暴走した熊の因子を植え付けられた。その為、身体が男性、顔は熊の人と異なる風体となった。


 人体実験が公になり、ドルクが捕縛されると、実験室は解体された。そこで発見されたのは、多くの被験者の死体だった。生き残っていたのは、メルフィーを含む二人だけであった。

 メルフィー達が発見された時には、マナを暴走させ過ぎて命の危機にあった。しかし、ペスカの手でマナの沈静化治療を施され、メルフィー達は一命を取り留めた。ただ、余りにも人と異なる風体の為、せめて顔だけでも怖くない様にと、ペスカが魔法で変化させた。


「いやいや、せっかく魔法で変えるなら、元に戻してやれば良かっただろ」

「そうは言っても、元の顔知らないし」


 冬也を諫める様に、メルフィーは優しく語り掛ける。


「お客様。私はあの時、命を救われました。こうして働く事も出来ております。これ以上の幸せが有りましょうか」


 ペスカは、治療後のメルフィー達を保護し、自分の邸宅で料理修行をさせた。その後、別荘が有るマーレの街で食堂を開き、調理と経営をメルフィー達に任せた。

 開業当初こそ、店はペスカご用達に惹かれ、来店するお客が多かった。しかし、メルフィー達の不断の努力により、段々と料理目当てのお客が増え、今では貴族ですら予約待ちをする程の有名店になっている。

 ペスカの死後は、メルフィー達が経営権を譲り受けられ、共同経営を行っている。


「それにしても、メルフィー久しぶりだね」

「ペスカ様は、随分とお可愛らしくなられました」

「元気そうで良かったよ。お店も繁盛してるみたいだし」

「これも全てペスカ様のおかげでございます」


 メルフィーが部屋を去り、暫くすると料理が運ばれてくる。

 新鮮なサラダに青魚のマリネ、貝のスープを始め、沢山の魚介を使ったパエリア風の米料理やパスタ。

 メインの白身魚のソテーは、皮がパリっと焼き上げられ、豆を煮詰めた添え物が乗っていた。


 見た目にも美しい色とりどりの料理は、味も格別だった。

 青魚のマリネは、臭みを感じない丁寧な処理を施され、さっぱりとしており、スープは貝からは濃厚な出汁が出て、磯の香りが漂って来る。米料理やパスタも、様々な魚介の味をふんだんに味わう事が出来た。メインのソテーは、淡泊だけど味わい深く、添え物の豆料理が良いアクセントになっていた。 


 一通り平らげると、身動きが出来ないほど、ペスカと冬也は満腹になっていた。二人がお腹を擦っていると、背の高い料理帽を被った、ライオン顔の男が部屋に入って来る。


「ペスカ様、お久しぶりでございます。本日の料理は如何だったでしょうか?」

「美味しかったよ。腕を上げたね、セムス」

「お褒めに預かり、恐縮でございます」


 セムスとエルフィーは、恩人からの一言に嬉しそうに破顔する。そんなペスカと二人のやり取りに、冬也は心に温かいものを感じ顔を綻ばせた。


 驚きも有ったが、満足の食事を終え屋敷に戻る。笑顔で屋敷に辿り着くと、執事長から至急の連絡ですと、シリウスからの手紙を渡される。


「緊急事態。領都陥落。至急リュートへお戻りください」


 数日間の休日に終わりが告げられ様としていた。

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