プレゼントに愛情はこめないで

「何それ!?」


「だからお菓子。お詫びとお疲れさまのプレゼント」


「そんなのいらないよ。っていうか何が入ってるの、それ!」


「んーと、あたしの愛情?」


「愛情はそんな毒々しい色してません!」


 一目見ただけで危険とわかる代物。これをもらって食べようという人間がいたらそれは勇者かバカか。今日舌が痺れるほどの飴を律儀に舐めた俺はどっちなんだろう。


「そんなことないよ。ほら、甘酸っぱい青春の香りがするでしょ?」


「甘酸っぱくないよ! 酸性とアルカリ性の洗剤混ぜたような注意書きに赤文字で絶対発生させちゃいけません、って書いてある臭いしかしてないから!」


「そんなぁ。せっかく用意したのに」


 少しも悪びれる様子もなく、頬に指を当てて考えている富良野さんの横をすり抜け、俺はロッカールームに入る。すぐさまドアを閉めて外に聞こえるように勢いよく鍵を閉めた。


「あ、ちょっと。なんで逃げるの?」


「そりゃそんなもの食べたくないからだよ」


 俺は自分のロッカーを開けてまず中身を確認する。変なお菓子はなし。異臭もしないし、なくなったものもないな。どうやらこっちは荒らされてないみたいだ。


「まったく。飴も変な味がしたし、ヤバい色の煙が出るお菓子を食べさせようとしてくるし、なんなんだろう、餌付け?」


 それくらいならまた谷間の一つでも見せてもらった方が、と思って自分の頭を叩く。待て待て相手は年下の女子高生。手を出したら捕まるぞ。


 着替えを済ませ、深呼吸をして息を整える。あんなわがまま娘なんて手に余るぞ、と自分に言い聞かせてから、そっとドアに耳を当てた。まだ待ち伏せしているかもしれない、と思ったけど、外は静かなようで人の気配もしない。小木曽さんは神出鬼没だからいても気づかないかもしれないけど。そっとドアを開けて通路に出る。


「いない。からかい飽きて帰ったかな」


 とりあえず一安心だ。疲れた体を天井に向かって大きく伸ばして、かなり重い足で自宅を目指す。自転車に乗るのも面倒な気分だった。


「あ、高橋くん。お疲れさま」


「お疲れさまです」


 休憩室の畳の上にごろごろと転がりながら、店長はチョコスナックを食べている。っていうかそれ商品なんじゃ。その姿は休日のおじさん、いや太った大型犬に見えなくもない。これでトラックすら平然と止める触手人間っていうんだから人は見かけによらない。


「富良野さんがお土産を置いていったよ。ずいぶんと気に入られたみたいだね」


「これ、さっきの」


 まだ紫色の煙が漂っているスナック菓子の袋がちゃぶ台の上に置かれている。富良野さんの愛情という名の正体不明の異臭が休憩室に広がっている。店長はどうやら平気みたいで、まったく動揺している様子はないけど。


「食べたいなら止めないけど、やめた方がいいと思うよ」


「食べませんよ」


「それが賢明だね。食べたら小木曽くんみたいになっちゃうよ」


 小木曽さんみたいに、と言われてあの尋常じゃない腕力を思い出した。あの細腕からは想像もつかないほどの力。そしてやけに虚ろな目。そして富良野さんのことはなんでも聞く。


「これ、なんなんですか?」


「平たく言えばウイルスかな。彼女から生成されているゾンビウイルス」


「ゾ、ゾンビ!?」


 ゾンビ、ってあのゾンビ? 映画やゲームで撃ち殺されまくる、あれ?


「まぁ、私が勝手にそう言っているだけで本当にゾンビかはわからないけどね。とにかくウイルス感染したら彼女の言いなりになっちゃうみたいだから気をつけてね。あの味と臭いのものを好んで食べる人はいないだろうけど」


「今日、もらった飴食べちゃったんですけど……」


「えぇ! よく我慢したね」


 変な気を遣ってあんなもの食べるんじゃなかった。やっぱり人間の本能っていうのはだいたい正確なものだ。毒だと思ったものは遠慮なく吐き出すのが正解。今さら遅いかもしれないけど、心に刻んでおこう。


「もらったものだし、捨てるのも気が引けて」


「働いてもらっている私が言うのもなんだけど、高橋くんは人が良すぎるよ」


 呆れた店長は残念そうに首を振る。もう打つ手はありません、って感じだ。どのくらいで発症するのかはしらないけど、あの富良野さんにあごで使われると思うと腹が立ってくる。でも店長はおかしいな、とつぶやいて、俺の顔をまじまじと見た。


「でもあのウイルス潜伏期間がほとんどないから、もう発症してるはずなんだけどね。今日富良野さんのお願いを断ってたよね?」


「あぁ、グル―買ってとかなんとか」


 結局小木曽さんに買わせていたけど、あれもウイルスの力だったのか。人間を思い通りに動かす力。持つ人が持てば世界を揺るがしかねないほどのものだ。


 ある意味富良野さんが持っているのは不幸中の幸いかもしれないな。世界の存亡と比べればちょっとおねだりくらいなら許せるってものだ。


「うーん。未知のウイルスだからなんとも言えないけど、高橋くんは抗体とか持ってたりするの?」


「そんなの俺にもわかりませんよ」


「ま、とにかく店内にあの紫色の煙と激臭を撒かれても困るし、商品にウイルス仕込まれても困るから彼女はほとんど働けないよ。よろしくね」


 なんでそんな明らかに戦力にならない人を雇っているんですか。俺はがっくりと肩を落としてまた重くなった足でお店を出た。


「お疲れさまー」


 店長がわざわざ店先まで手を振りに来てくれるけど、また変な噂が立たないうちに引っ込んだ方がいいと思う。

 十五台は余裕を持って並べられそうな駐輪場にたった一台、自分の愛車の鍵を外す。これだけ広い駐輪場に駐車場もあるのに、それがまったくいかされることはない。


「あ、要くんまだいたんだ。よかった」


「富良野さん。そんなに息切らして忘れ物?」


 走ってきたらしい富良野さんは近くを見ても小木曽さんの姿はない。命令すれば忘れ物くらいすぐ取りにいかせられそうなのに。


「うん、これ」


 富良野さんはお店に入ることなく俺に近づくと、手にあのロリポップが二つ。


「今度はちゃんとした味だから。その、愛情込めてないし。オススメの味だからさ」


 それだけのためにわざわざ走って戻ってきて。そんなの気にすることもないのに。


「……やっぱりいらない?」


 不安そうな顔をして、自分がやったことが悪いことだって頭ではわかっているんだろう。もしかするとゾンビとして生きている富良野さんはそういう本能とか抗えない衝動があるのかもしれない。


「ありがとう。帰ってゆっくり食べるよ。また一緒のシフトの時はよろしくね」


「あ、うん! またね!」


 大きく手を振る富良野さんに俺は小さく手を振りかえして自転車に飛び乗った。百夜街道を走りながら、ポケットに入ったロリポップを一つ、口に突っ込んだ。

 甘い甘いとろけるようなストロベリー味は今日の疲れを風に流してくれているようだった。

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