10月15日

「そうやって感想を引き出されたことに、何か理由があるんじゃないかとあいつは言った。その後のやりとりが、Kには異質なものに感じられたそうです。……でも、これは単なる勘であって、なんの根拠もありません。そんなKの言葉を信じるなんて、俺にはできない」


 Ⅰに話し掛けるというより、自分に言い聞かせるように俺は喋り続ける。


「あのノートのせいで、K自身が周回バカになりかけているんだ。ミサなんて人は実在しないし、Lは勝手に狂っただけ。今、この場で会話しているのも全部偶然なんです。あなたがLと同じことを言ったのも、Mと同じ癖があるのも、全部たまたま起きた不条理に過ぎない」


 言いたいことだけ言った後、俺は身勝手に黙り込む。Ⅰは無表情で俺を見つめながら、


「大丈夫?」

「何が」

「顔色、良くないよ」


 俺を気遣ってそう言ったのか。それとも何か、別の意図があるのか。


 喋れば喋るほど、俺は自分の言葉を信用できなくなっていく。つまり、目の前に座る女性に対して恐怖を抱いている。それが真実だとは思いたくないからこそ、俺はこの半年の出来事を洗いざらいⅠにぶちまけていた。全ては彼女にではなく、自分のために語った言葉だった。


 けれど、今や「身の上話」は終わってしまった。俺が彼女に向かって言えることは、もう何も残されていない。弾切れを起こして初めて、俺は自分の嘘に気付き始める。俺は最初から、これが偶然なんて信じていなかったのだ。


 最初に声をかけられたその瞬間から、俺はこの女の正体を知っていた。


「ミサは存在しない」絞り出すように、俺は告げる。「でも、だとすればあなたは誰なんだ?」


 俺の目の前に座るミサは、何も言わずに微笑んでいる。

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カフェモカと真善美 孤体 @Asylum

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