10月15日

「ヘンだね」


 ストローでアイスコーヒーをかき混ぜながら、Ⅰが頷いた。


「『ごめんなさい』てさ、普通は加害者が被害者にするものでしょ。悪いことなんかしてないのに、Mはどうして謝ったりするんだろう」

「ですよね。しかも、謝罪の相手は俺なんですよ? ……俺なんかただの部外者なのに」


 冷静に考えると、それは中々酷い言い草でもあった。隣教室の3人は分かりやすい加害者と被害者の関係で成り立っていたのに、Mはそれらを「嫌なもの」として一括りにする。その存在自体が罪であるかのような口ぶりで、彼女は俺に謝ろうとしていたのだ。


「優しい人なのかもしれないけど、なんだか極端だね」


 Ⅰが苦笑したのを見て、俺はどこかほっとしていた。あの日自分がMに感じた違和感が、間違ったものではないと分かったからだ。

 彼女はこの数カ月で変わったのではなく、元からその片鱗があった。たぶん俺は、それを見て見ぬ振りしていただけなのだろう。


「後でKに聞いたんですけど、あいつもMと似たようなことが良くあったらしいんですよね。小学生の頃とか、テレビで殺人事件のニュースが流れただけでMが謝ってきて、お詫びにアイスを買ってもらったとか」


「何それ」


 Ⅰは吹き出して、想像するとめちゃくちゃ可愛いね、と付け加える。俺は小学校時代のKを一瞬だけ想像し、めちゃくちゃ気分が悪くなったので思考から締め出した。


「Kの方もシスコンが酷いから、決して悪くは言わないんですよね。『姉貴は合理主義者なんだ』とか言って……」

「合理主義?」

「『大事な人』と『そうじゃない人』の線引きがはっきりしてて、常に自分の側にいる人だけ気遣う。だから、助けになれるわけでもない人間に無駄な気を回したりはしないんだ、って」


「なるほどなー……いや、あんまり理解できてはいないけど」


 コーヒーのグラスを机上のコースターに載せて、Ⅰは椅子の背にもたれ込んだ。両腕を組んで、何かを考え込むように視線を斜め上に向ける。


 と、彼女はふいにその左目をぎゅっと閉じた。見覚えしかないその仕草を、俺は思わず二度見してしまう。


「流行ってるんですか、それ」

「なんのこと?」

「その、左目を閉じるやつ」

「ああ、これ? これは私の個人的な癖なんだけど、変かな」

「いや、そういう訳じゃなくて……実はMにも同じ癖が」

「そうなの? すっごい偶然」


 Ⅰは右目を丸くする。片目だけの器用な振る舞いは、それこそ「癖」になっていなければできなさそうな芸当だ。とはいえ、俺の方は違和感を覚えずにはいられなかった。Mと同じ癖を持つ人間が、たまたますぐそこにいるということへの違和感。


 偶然にしては、少しできすぎていないだろうか。

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