Lost boyfriend

うんまい

1 恋の唇  -age 12-




 達平くんに恋をしている。

でもちっとも叶いそうになくて、ときどきぐったりしてしまう。

 彼が中学生になった日。

学ランの袖をもてあますのをみて、わたしはじぶんがまだランドセルを背負わなくてはならないことに愕然とした。

 そんなわたしも、春からはセーラー服を着る。

彼が卒業してしまったつまらない場所へ、これから毎日、あしげく通う。

 わたしが彼の年齢に追いつける日は、永遠にこない。

達平くんのことが好きで、いつまでもいつまでも好きで。

このまま誰にも欲しがられずに、ぐちゃぐちゃのトマトみたいになるんじゃないかって思う。

だからときどき、ほかの、わたしを好きになってくれそうな男の子と遊びたくなる。

中学生になる女の子らしく、ぐっと高いヒールを履いて、スカートを短くして、とびきりの口紅をぬる。

こういうことは、達平くんの前ではいかにも無意味。

彼の前では、絶対にしないと決めている。

でもいいの。

達平くんには、逆立ちしても三年分、永遠に追いつけないわたしを好きになってもらいたい。

こどものころから彼に恋い焦がれているわたしのポリシー。

 でも今日は、ちょっとしくじったみたい。

最近つるんでた男の子は、学年でもけっこう評判が悪い。

それはわかってて遊んでいたし、親には内緒の夜更かしも、けっこう楽しい。

でもいつもとは違って、昼間からいかにもいかがわしいお店に連れていかれて。

達平くんよりももっと年上の、っていうかおじさんじゃん、っていう人が出ててくるのにはさすがに焦った。

これはピンチだ。だからどんな話にも、えぇそうなんですかぁ?! と興味のあるふりでニコニコして。

ここだって思った瞬間に財布でぶってやった。

一緒にきていた女友達の手を引っ掴んで走った。

おじさんってば、中学生の脚力なめちゃだめよ。

あなた達よりもずっと体が軽くって、週に何度も体育があって、ヒールで鍛えてるんだから。

 友達と別れた夕暮れの帰り道。

さすがに、ヒールの全力疾走は、足にも靴にもこたえた。

 コツッコツン、コツッコッ、と、我ながら不格好な音。

足の裏が、アヒルみたいにペタンコになりそう。

          

「あれ? みずほ?」


 その声に顔をあげたのは、条件反射。

達平くんが、きょとん、とした顔でこっちをみている。

部活の帰りみたい。

どうしてこんな。

よりにもよって、特別無様なところを、達平くんに見られてしまうんだろう。

家が隣って、こんなときはふべん。

でも達平くんの、陽に焼けた体や、健やかな顔をみていると、安心してしまった。

少し泣きそうで、わたしはじっとその波に堪えていた。

そうしたら彼は、ワハハハ! と歯をむき出しにして笑った。


 「なんっだおまえその格好! 似合わねえなあ」


 達平くんは可笑しそうにしながら、じっとしたままのわたしの側へ寄ってきた。

そして断りもなく、わたしの唇を親指でぬぐった。

指先が唇に埋まりそうになって、思わずぐっと口に力を入れる。

少しヨダレがついたと思う。

達平くんはそんなことは気にしない。

思うようにとれないらしく、ぅん? と眉間に皺を寄せ、なおもわたしの唇をぐいぐいと擦った。

わたしは恥ずかしくて身を捩りたかった。

けれど、達平くんからされることから、逃れる術を知らない。

顔に熱が集まるのを感じながらわたしは、きっとすっかりはみだしてしまった口紅を思った。

          

「あ~、わるい。なんかえらいことなった」


 とれないもんだなぁ、とからから笑う。

達平くんの無神経さに、わたしは今日も恋をする。




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