第2話 イケメン彼氏の誕生
グスングスン…怖かったよ…
え、えっと…この状況はどうすればいいんだろうか。
情報を整理すると、数分前に見た冷酷なイケメンスマホ弄り野郎が共用トイレにて何かに怯えるようにうずくまりながら泣いている。
整理してはみたものの、全く整理できていないんじゃないかこれ。
「あ、あのー…大丈夫ですか?」
いくら最初の印象が悪くても泣いていられるとこう言わざるを得ないではないか!
「う、うわ!!!誰!?!?」
勢いよく振り返ったその顔はやっぱりさっきのイケメンクソ野郎だ。しかし何かに怯え、目がしょぼんとしている。
な、なんだこの可愛い生き物は!
「あ、あの、もしかして見てました?」
「はい、かなりガッツリ見てました。」
「うそ…だろ…」
「マジです、はい。」
そもそも鍵を開けっ放しにしているのが悪いじゃない!見られたくなかったならせめて鍵閉めなさいよ。
青年は泣くのをやめたかと思うと、何か考え込むようにトイレの端を見つめている。
このイケメン情緒不安定かよ!
すると青年が驚くべき事を口にした。
「あの、付き合ってください!」
…は?あの、今なんて言ったこいつ。
私にはどうしても付き合ってと言ったように聞こえたぞ?
「は、はい?」
「やった!!!」
「あ、あの、どうされたんですか?」
意味がわからない。聞き返しただけなのにこいつ、何を喜んでいるんだろうか。
「それじゃ今から外に出て、僕に合わせて!!とりあえず
彼は私の袖を引っ張ってまた意味のわからない事を言っている。
「あ、あの!意味がわからないんですけど!」
「ほら、早く行こうよ!」
意味がわからないまま私は彼に袖を引っ張られトイレから連れ出される。
男の人の力ってすごい。いざ抵抗しようとしてもなかなか止められるものじゃない。
そして彼にトイレを連れ出され引っ張られるがままプリクラの方まで連れていかれる。
そこにはさっきのたくさんの女子達がいた。
そして彼はその人達に向かって―
「こいつ俺の彼女。俺今からデートだから邪魔しないでください。俺お前らなんかに興味ないんで。あと、彼女に勘違いされるからさっきみたいにプリクラ誘わないでください。迷惑なんで。」
周りの女子達からは口々に『彼女持ちかー』という声が聞こえる。
女達は雨に打たれる蟻のように散っていく。
キョトンとする私に彼は見向きもせずスマホをいじっている。
私は今、初めて気がついた。
自分が彼の彼女になっている事を。
あ、あれ、ていうか私…なんか忘れてない?
―あまりに突然の出来事が多すぎてトイレ…するの忘れてた!
「あ、あの!トイレ行ってきます!!」
「あ、わかった。ここで待ってるから戻ってこいよ。」
戻ってきたくはないが、このままでは誤解が生まれたままなので戻らないわけにはいかない。めんどうなことになっちゃった。
トイレを済ませた私は彼の元に歩み寄る。あ、いや、ただ誤解を解く為に戻るだけ。
にしてもほんとイケメンだなー。こんな人うちの高校にいたんだ。でもなんで今まで騒がれてなかったんだろ。
でもいくらイケメンでも勝手に付き合わされるのは嫌だ。
とりあえず待たせている怜奈に一言言わないと…
―ピロロン
丁度いいタイミングで怜奈からLINEがきた!
『めんどうなことに巻き込まれたくないんで先帰る。それじゃデート楽しんで。』
…怜奈にさっきの見られてたのか!
でもまぁそりゃそうか。あれだけ騒ぎになれば誰だって見向きはするよね。
てことは、とりあえず誤解を解かないと。
「あの、私さっき付き合うって言ったわけじゃないんですけど。」
「…え、さっき『はい』って言ったじゃん。」
「あれは聞き返しただけです!私そんな軽い女じゃないんですけど!」
「そう?まぁいいじゃん。ちょっとカラオケ行こうよ。話したいことあるから。」
「は!?な、なに言ってるんですか急に!!なんであんたとカラオケなんか!それに話したいことならここでいいじゃないの!」
「人前じゃダメだから。とりあえず行こう。体に1ミリでも触れたら別れてくれていいから。それにちゃんと奢るし。」
そ、そこまで言うならまぁ…未だに付き合ったままなのは引っかかるが話を聞いてやろうじゃないか。
ゲーセンから徒歩で5分。自転車はゲーセンのところに置いてきた。
カラオケボックスに入ると彼は人が変わったように話を始めた。
「あ、あの、さっきはごめんなさい。僕すごく女の人達に囲まれて怖くて…それでトイレで泣いていたところにあなたがやってきて、あの状況を切り抜ける為にあなたを道具みたいに扱ってしまいました。本当にすみません。」
なんでこう、2人の時には犬みたいになるんだ!?
こいつ、あざといぞ!完璧にわかって、そして狙ってやってるだろ!
顔がいいからって私は騙されないぞ!?
「あ、あの…怒ってます…よね?」
「別に怒ってはないですけど、とりあえず付き合うのは無理です!」
「そ、そんな…お願いです。私にはあなたが天使のように光り輝いて見えたんです!どうか僕と付き合ってください!」
て、天使。そう言われると悪い気はしないじゃん。
根っから悪い人ではなさそう。で、でもさすがに付き合うのは…
「ダ、ダメ…ですか?」
彼の目には涙が溢れている。今にも目の壁を乗り越えてしまいそう。
ど、どうしよう。泣かせるのはさすがに不味いよね。
「な、ならわかりました。付き合ってもいいです。でも、先に言っておきますけど、最初はお試し期間とします!私が今から言うルールをちゃんと守ってください。破ったら即別れます!」
「ルール?」
私は、むやみに体を触ってこないこと。キスはしない。淫らな行為なんてもってのほか。学校でイチャイチャなんて絶対しない。というルールを決めた。
というか、私この人の名前知らない。
「あの、お名前まだ言ってなかったですよね。私の名前は川嶺茉莉って言います。高校はきっとあなたと同じです。制服一緒ですもんね。あ、ちなみに1年生。あなたは?」
「僕は
「は、はい」
「あ!あとタメ口でいこう?せっかく付き合ったんだし!ね?」
「あ、うん」
…彼のペースにうまく流されている気がする。
まぁいいか。嫌になれば別れるって言えば別れられるでしょ。
こうして私達の不思議な恋愛関係は大きな出来事の後の軽い気持ちから始まった。
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