隠者の昔話《短編集》

朱鳥 蒼樹

昔話


この世界には忘れられた小島≪フェアリテリア≫と呼ばれる島があります。




アスリア大帝国。それはエルフの血を継ぐハーフエルフたちが建国した強大かつ広大な国のこと。その城下から北西に進むと、《北の海》と呼ばれる大海があります。《北の海》の向こうはアスリアに吸収されたセルディエ地方。


商業都市として栄えるセルディエとアスリア城下、この二つは定期船はもちろん自前の船を持った船乗りたちによる海上交通で結ばれていました。


しかし、《北の海》には一カ所、船が近づくことのできない魔の海域がありました。その海域に船を進めると、突然方位を見失い。荒波に飲まれ、気がつくと針路から全く外れた変な所に飛ばされてしまうというのです。


そのため魔の海域の辺りは地図が白紙のまま。

しかし、一部の研究者のみが知り、まだ国にも報告が出されていない研究ノートにはこう記されていました。




――魔の海域には、創生期に現アスリアから地殻変動によって分離した《フェアリテリア》半島が、小島の形となって残っている。そこには、世界一蔵書数を誇る図書館ライブラリエよりも広大でたくさんの蔵書を有した図書館があり、創生期より生き続けているエルフが管理人を務めている。あらゆる知を身につけたそのエルフは、世界を支え守っているのだ、と。


その話を知る者は、何とかしてその《フェアリテリア》に至ろうと船を出すのでした。








ところで、この世で一番最初の記憶を貴方は覚えていますか。そう、貴方が生まれて初めて目覚めた時の記憶です。


僕は今でも忘れられません。目が覚めて一番最初に見た者、それは姉でした。血の繋がりは皆無、親もいない、でも顔は瓜二つ、そんなハイエルフが僕の姉です。


姉は言いました。


――おはよう、小さな小さな子。今日から私が貴方の姉です。


生まれてすぐの子にそんなこと言ってもわかるはずがない、とお思いでしょう。しかし、僕は不思議とその言葉をきちんと理解しました。きっと姉が僕に何らかの魔法をかけたのでしょう。現に、僕はいわゆる赤子の状態ではなく、少年の姿で生まれていましたから。ハイエルフの生誕は人間の生まれ方とは異なるようなのです。


姉は生まれたばかりの僕に紫紺色の美しい本をくれました。


――貴方にあげましょう。


僕はそれを受け取りました。姉は嬉しそうに微笑みながら続けます。


――貴方の名前は≪ハーミット≫。この≪古木ノ図書館≫の管理人として、世界中の本を蒐集して大切に保管してほしいのです。できますね?


僕は頷きます。


――いい子。…とても寂しかったのです。広い世界にただ一人、誰も頼れる子はいなかった。だから、私は貴方を産み出したのです。私にそっくりの絵を描いて…。


共に、生きてくれますか?


その声はとても寂しそうでした。僕は迷うことなく頷きました。


――ありがとう、ありがとう…。


姉は泣きながらとても嬉しそうに笑ってくれました。





これは世界を創った寂しがり屋の女神様である姉と、≪フェアリテリア≫の図書館の管理人になった隠者の名を持つハイエルフである僕のお話。


この世界の始まりを描いた創世記でさえも知らない、僕の一番最初の記憶です。



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