第11章 重なり合った旅路 3
振り返ると、荷台でもランプを点けたらしく、ぼんやりとした光の中に、アマリアが笑顔で俺を呼ぶ姿が見えた。兄妹の再会を喜び合うのは、既に終わったようだ。
俺は、御者台から荷台へ戻る。近づいて初めて、アマリアが先ほどのまでのびしょ濡れの外套とは違う外套を着ていると気がついた。
外套は明らかにアマリアの体より大きい。どうやら、ウィリウスの外套のようだ。妹に外套を提供したウィリウスは、寒そうな表情一つ見せずに、優しげな眼差しでアマリアを眺めていた。
ウィリウスは俺が近づくと、いたわるように笑顔を見せる。
「さっきは無茶をさせて、すまなかったね。もう少し、穏やかに合流できたらよかったんだが」
「お嬢様が要求する無茶に比べたら、どうってことありませんよ。それより、よく俺達を見つけられましたね。おかげで、命拾いしましたが」
俺が軽口を叩きながら座ると、ウィリウスはからかうように、にやりと唇を歪めた。
「ブリタニアで隠密に行動したいのなら、アマリアを連れて出歩かないことだな。こんな帝国の辺境じゃ、誰も見た経験がないような美女が出現したと、噂になり始めていたぞ。明日には、町中の男が美女を拝もうと、繰り出していただろうさ」
誇張混じりのウィリウスの言葉に、アマリアは
「ということは、私の魅力に最初に釣られた人物は、お兄様なのね」
「ローマの文化の香りに、飢えていたのでね」
ウィリウスが貴公子然と微笑む。
「しかし、まさかアマリア、お前がイスカ・シルルムで百人隊長に追われているとは。お前の姿を見た時、わたしは肝が潰れるかと思ったぞ」
眉間に
「あら、お兄様は、私がお兄様の後を追うと、予想してらしたのではないのですか? そのために、タラコにフォルトゥナの書字板を残しておいたのでしょう?」
「わたしとしては、お前が大人しくローマに帰る事態を期待したのだが……」
悪戯っぽく明るい茶色の瞳を輝かせるアマリアが口を挟む前に、ウィリウスは急いで言葉を続けた。
「そもそも、お前にしおらしさを期待するのが、間違っていたな」
「その通りですわ、お兄様」
アマリアが、全くその通りだと大きく頷く。俺は兄妹のやり取りに口を挟んだ。
「ウィリウス様。幾つか伺わせて下さい。俺達は、タラコでニメリウス総督から、あなたとクレメテスは死んだと聞きました。ですが、あなたもクレメテスも、こうして生きている。いったい、タラコで何があったんですか?」
「お兄様。私達は、お兄様がヒスパニアの銀山の産出量を調べていたことや、第二アウグストゥス軍団が銀の横領を行っていると、キリヌス様がお兄様へ知らせた手紙の内容まで、既に知っています。ですから、私達、ブリタニアまで参りましたのよ。キリヌス様を助けることは、できませんでしたが……」
俺の質問に言い添えたアマリアが、視線を落とす。妹の言葉に、ウィリウスは沈痛そうに
「キリヌスを救えなかったのは、わたしの力が及ばなかった
唇を噛み締めたウィリウスは、己を
「お兄様……。御自分を責めないでください」
アマリアが、自分の両手で優しく兄の右手を包む。
「ブリタニアの銀山の産出量について調べてほしいと、キリヌスに頼んだのは、わたしなんだ」
ウィリウスはうつむきがちに言葉を洩らした。
「お兄様は何故、銀山の産出量を調べる気になりましたの?」
アマリアが小首を傾げて、兄に問い掛ける。
確かに、明確な理由でもなければ、赴任して間もない頃に、銀山の産出量など、普通、わざわざ調べないだろう。
妹の質問に、ウィリウスは品の良い顔を曇らせた。
「わたしが銀山の調査を始めた理由は、タラコに赴任してすぐ、デナリウス銀貨の
「贋金ですって!」
ウィリウスの言葉に、アマリアが鋭い叫び声を上げる。アマリアに促されるよりも早く、俺は首元の革紐を
革袋の中身を掌の上に出す。俺の掌の上で、銀貨の片面に刻まれたセウェルス帝の横顔が、ランプの光を反射して、鈍く輝いた。
「ウィリウス様。あなたが見られた贋金は、これと同じような銀貨ですか?」
俺は問い掛けながら、四枚の銀貨の内の一枚をウィリウスに差し出した。銀貨を子細に調べたウィリウスは、射抜くように鋭い視線を俺に向ける。
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