第11章 重なり合った旅路 4


「トラトス。この贋金にせがねを、どこでどうやって手に入れた?」

「アフリカ属州のレプティス・マグナです」


 俺が革袋に入れて持ち歩いていたものは、ミュルテイアから渡された贋のデナリウス銀貨だった。


 ミュルテイアが殺される原因となった贋金。

 ミュルテイアを偲ぶよすがにするなんて、感傷的な理由で持っていたわけじゃない。ミュルテイアとマルロスを殺した犯人は既に冥府へ旅立っているが、贋金造りの悪党どもは、捕まっちゃいない。

 いつか、もし、贋金造りの犯人達に迫る機会があれば、贋金造りの証拠として突きつけてやろうと持っていたが、まさか、こんなに早く贋金造りに再び関わる機会がやってくるとは。


 ウィリウスの話を聞くよりも先に、俺とアマリアがレプティス・マグナでの一件を説明しなかればならなかった。


 殺人犯として、誤って俺が捕えられ、逃げ出した矢先にアマリアに助けられた件。俺が贋金造りの一味だと思われる真犯人の男を見た件。真犯人を見たにも拘らず、真犯人は別の男に殺された件など、話すべき事柄は多くあった。


 俺とアマリアの話を聞いたウィリウスは、感心とも呆れともつかぬ息をついた。アマリアを見、からかうような笑みをこぼす。


「どうやら、お前達はお前達で、大冒険だったようだな」

「でしたら、お兄様の身に起こったことと、私達の旅のどちらが波瀾万丈はらんばんじょうだったのか、比べませんこと? お兄様の身には、どんな出来事がありましたの?」


 アマリアが華やかな笑みで兄に言い返し、ウィリウスの話を促す。促されたウィリウスは笑みを消し、表情を引き締めると、話し出した。


「銀貨の贋金がヒスパニアで出回っていると気づいたのは、タラコに赴任して間もなくだった。出回っている量は少なかったが、贋金の質の高さから、わたしは贋金造りの背後に、大きな組織が関わっているのではないかと推測したんだ」


 ウィリウスは、タラコに赴任して以降の行動を、簡潔に話し始めた。

 説明によると、ウィリウスは、まずヒスパニアでの銀の産出量を確認したが、怪しい点は見つからなかった。

 その調査と前後して、キリヌスから、ウィリウスの財務官副官を祝う手紙が届いた。手紙では、あくまで世間話なのだが、と前置きして、ブリタニアでデナリウス銀貨の贋金が出回っている事態について触れられていた。


 ブリタニアでもヒスパニアと同じ事態が起こっていると知ったウィリウスは、手紙の返事でヒスパニアでの状況をキリヌスに知らせ、二人はそれぞれ、贋金について、私的に手紙をやり取りするようになった。といっても、距離のあるヒスパニアとブリタニアでは、ほんの数通、書簡をやり取りしただけだったが。


 で、いよいよ問題の、八月。キリヌスから送られてきた手紙には、第二アウグストゥス軍団が銀の横領に手を染めている事態と、贋金について調査するキリヌスの身に危険が及びつつある、という訴えが記されていた。


「手紙を受け取ったお兄様は、キリヌス様を助けるために、ブリタニアへ旅立ったのですね?」

 キリヌスの手紙の内容は、手紙を盗み読みした奴隷から聞き出して、俺達も知っている。確認するように尋ねたアマリアに、ウィリウスは「そうだ」と頷いた。

「待ってください」と、俺は慌てて口を挟んだ。


「それじゃ、一つ謎が残る。何故、ウィリウス様とクレメテスは、生死を偽るなどという真似をしたんですか? そもそも、ウィリウス様が事故死したという知らせが、突然ローマへ届いたから、お嬢様はヒスパニアへ行きを決めたんですよ」


 今回のアマリアと俺の旅の発端は、ウィリウスの事故死の知らせだ。もしウィリウスが休暇でも取ってブリタニアへ行っていれば、アマリアはローマで大人しく夏を過ごしていたはずだ。


 俺の問いかけに、それまで細々した質問に答えながら説明を続けていたウィリウスは、唇を引き結んだ。僅かなランプの光の中でも明らかにわかるほど、ウィリウスの表情が硬くなり、厳しさを増す。


「お兄様、私達はレプティス・マグナでも贋金に関わっている上に、つい先ほど、百人隊長達に命を狙われたばかりなのですよ。もう既に、横領事件に深く関わっています。この期に及んで、隠し事なんてなさったら、承知しませんわよ」


 黙ってしまった兄の顔を横から覗き込み、アマリアが頬をふくらませる。口調と仕草はおどけているが、ウィリウスを見つめる眼差しは真剣だ。


 ウィリウスは黙したまま、夜空を見上げた。俺もウィリウスの後を追って、視線を上げる。


 頭上には、満天の星々を湛える夜空が広がっていた。きらきらと煌めく星々は、銀行の暗い貸金庫の床一面にばら撒いた銀貨のようにも見える。

 贋金造りの背後には、いったい、どんな深い闇が潜んでいるのか。


 あるじの沈黙をどう受け取ったのか、それまで静かに馬車を操っていた御者台のクレメテスが、気遣わしげな口調で「ウィリウス様」と声を掛けてきた。


「いいんだ、クレメテス。確かに、アマリア達には知る権利がある」

 躊躇ためらいを振り切るように、鋭く息を吐き出すと、ウィリウスは、ゆっくり俺とアマリアの顔に視線を巡らせた。


「生死を偽った理由は、わたしとクレメテスも、命を狙われたからだ」

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