少女とロボットは目指す
「ほんとに降ってきたね」
窓から顔を出した少女の頬に、一粒の雪が溶ける。そこは少女が根城にしているビルの一角だ。人が住まなくなって周りの建物が朽ちていく中、かろうじて崩れずに形を保っている。
辺りはうっすらと白く染まり始めていた。人のいない街はただ冷たく、ゆっくりと白をまとっていく。
「ねぇ、寒いから閉めてよ」
部屋の隅でちょこんと座り込んだロボットがぼやく。
「君には感覚なんてないじゃない。そんな機能は実装してないよ?」
「感じなくても寒いことはわかるよ。ボクはそれを知ってる」
「変なの」
言って、少女は窓を閉めた。
窓と言っても、ガラスなんて高価な代物はついていない。木材をつなぎ合わせて、かつて窓があった場所を塞いでいるだけだ。だから、窓を締めれば途端に真っ暗になってしまう。
「今日はなにを食べるの?」
焚き火の前に腰を下ろした少女に興味を持ったのか、てこてことロボットが歩み寄ってきた。彼の体は小さいし、手足は枯れ木のようにか細い。おまけに体のほとんどが寄せ集めのパーツだけれど、きちんと立って歩くことができた。
「好きなように動けないとかわいそうだよね」
そう言って、少女は彼に手足を作ってあげた。目覚めてすぐ、彼はそのことにとても感謝している。
「今日は蒸した芋だよ」
「上等だ」
「君は食べないじゃないの」
「そうだけどさ」
少女は鍋から芋を取り出して、スチールのトレイに移し変える。
「いただきます」
丁寧に手を合わせて、少女はスプーンで芋を突いた。小さく掬って、頬張る。
「おいしい」
「幸せそうだね。ただの芋なのに」
ロボットが呆れたように言う。
「ただの芋じゃないよ。ポーターさんが分けてくれたんだよ」
続けざまに頬張りながら、反論する。
「誰がくれても、芋は芋だろう?」
「そうだけど、そうじゃないんだよ」
もごもごと噛み、芋を飲み下す。
「これは、ポーターさんが私のためにってくれた芋なんだよ。そこいらの芋とはわけが違うよ」
「よくわからないな」
「わからなくても、そういうものなの」
「そうかい」
「うん」
少女はまた、幸せそうに笑った。
「まったく……本当に……」
「ん?」
にこにこと芋を頬張っていた少女が小首を傾げる。
「いや、なんでもないよ。それより、明日はどうするの?」
「ん〜……西の方に行ってみようかな。あっちの方、まだ行ってないはずだし」
「そうだね。ボクも行った記憶はないよ」
「うん、じゃあそうしよう」
少女は笑うと、残った芋をかき込んだ。
「ひゃあ、ひょうとひまへははひゃへひねひゃほう」
「口にものを入れたまま喋らないの。なんとなくわかるけどさ」
言われて、慌てて芋を飲み込む。
「そうと決まれば早めに寝ちゃおう」
「だからわかってるって」
「ふふふっ」
ロボットの反論に少女は嬉しそうに微笑んだ。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
それでも、少女はにこにこと微笑み続ける。
「変なの。食べ終わったなら、寝ようよ」
「うん」
食べ終えたスチールトレイをたらいに放り込む。水が手に入った時にまとめて洗うために溜め込んでいるのだ。今は食物と水はなによりも貴重だ。生きていくために欠かせないそのふたつは、とても高値で取引される。おいそれと浪費するわけにはいかない。
「おやすみ」
ところどころ穴の空いた布切れに包まった少女が焚き火のそばで横になる。
「うん、おやすみ」
ロボットは焚き火の向かい側に腰を下ろした。少女が寝ている間の火の番は彼の仕事だ。
しんと静まりかえった部屋に、しんしんと降る雪が板で塞いだ窓をそっと叩く音だけが響く。やがて、それに混じって少女の寝息が聞こえてきた。それでも、誰もいない世界はとても静かだ。
ロボットはとことこと少女の枕元へ歩み寄る。そして、少女の寝入りを邪魔しないように静かに腰を下ろした。
「明日は、なにか見つかるといいね」
静かに声をかけて、柔らかく髪を撫でる。
少女は心地よさそうに包まった布切れに顔を埋めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます