水森飛鳥と絶望へのカウントダウンⅩ(そして、彼女が現れる)


 世界が灰色に見えるようになったからと言って、全てが全て、灰色に見えるわけでもない。

 この世界の主人公ヒロインとされた桜峰さくらみねさんは、はっきり色付いて見えて、彼女と共にいる彼ら・・も彼女ほどでないにしろ、色付いて見える。


飛鳥あすかちゃん」


 かなでちゃんが、恐る恐ると言った様子で話しかけてくる。


「どうしたの?」


 普通に返したつもりだが、それをどう捉えたのか、奏ちゃんが困惑したような顔をする。

 彼女の後ろで見守るような様子だった真由美まゆみさんも、何と言えばいいのか分からないとでも言いたげな反応をしている。

 けれど、黙ったままなのもどうかと思ったのか、奏ちゃんが口を開く。


「飛鳥ちゃん、もし何か悩んでいるのなら、相談してもらえないかな?」

「うん?」

「はっきり言って、今の飛鳥は去年に戻ったみたいなんだよ」


 去年……?

 確かに去年は、桜峰さんがいなかったから、特にこれと言って自分から動くことは無かったし、帰ることしか頭には無かったのだが……そうか、周囲からはあの時と同じに見えるのか。


「あー、そういうことか。別に、何もないよ?」


 そうは言うが、二人は納得できなさそうな顔をしている。


「いや、悩みはあるよ? でも、それも解決できそうな目処が立ったから、少しだけぼんやりしていただけだよ」


 少しだけ時間に余裕が出来たからね、と言えば、「それなら良いんだけど……」と奏ちゃんたちは、一旦退くことにしたらしい。

 心の中で、ごめんね、と謝る。

 彼女たちには、何があっても話すことは出来ない。それがたとえ、この世界がどうなっているのかを知る関係者だったのだとしても、話すことは出来ないのだ。


   ☆★☆   


 あれから、桜峰さんたちに自分から関わるような行動をしてないからか、女神から忠告じみたことを言われることもなく。


「……癖って、怖いな」


 もう冬だし、寒くなってきたし、彼ら・・が来る可能性もあるから、あまり屋上の方には近付かないようにしていたのだが、どうやら無意識に向かっていたらしい。


「……」

「あっ」


 戻ろうとすれば、前から桜峰さんと……誰?


「良かったぁ」

「えっと……?」


 安心したように言う桜峰さんに、こっちとしては戸惑うしかない。


「あのね、飛鳥に紹介したいが居てね。それで、探してたんだ」


 紹介したいのはこの娘だよ、と、桜峰さんに促され、彼女の後ろにいた子が前へと出てくる。


「こっちは、神原かんばら愛華あいかちゃん。そして、こっちは親友の水森みずもり飛鳥」

「よろしくお願いします」


 神原かんばら……神原愛華、ね。

 にこにこと笑顔でいるが、目が笑っていないことにはすぐに気づいたし、そもそもそれ以前に彼女の見た目が気になった。


「金……?」

「綺麗だよねぇ、この金髪」

「ちょっ、咲希先輩!?」


 どうやら私の呟きを、桜峰さんは彼女の金髪のことだと思ったらしく、勝手に触ったからか、神原……さんがぎょっとしてる。

 まあ、金髪が気にならないと言えば嘘になるが、それ以前に彼女には――……


「仲、良いね」


 きゃっきゃとはしゃぐ二人だが、当の彼女――神原さんには隠すつもりが無いのか、溢れ出るほどの金の奔流。

 当然、みんなに見えるわけがないから気づいていないが、見えている私は別だ。

 あれがもし、雛宮ひなみや先輩たちが言っていたものであるのだとすれば、正直――気分が悪い。


「何? やきもち?」

「残念でした。その程度でダメージは受けませんよ」


 私の言葉で桜峰さんの視線がこちらに向くが、彼らならともかく、私にはそんな気など無い。


「でも本当、先輩たちも仲が良いんですねぇ」

「そう?」

「そうなんだ!」


 神原さんに返すのが、どこか嬉しそうな桜峰さんと同時になる。


「そうですよ。だって咲希先輩、私と居ても、水森先輩の話ばかりするんですよ? だから、その噂の先輩に会いたくなっちゃったので、少し無理言って、会わせてもらったんです」

「そうだったんだ」

「んー、別に無理じゃないよ? 二人には仲良くなってもらいたかったから、こうして会わせたんだし」


 嘘か本当なのかは分からないが、くすくすと笑いながら告げる神原さんに、言葉の裏を察していないかのように桜峰さんが返す。

 そんなやり取りしていれば、チャイムが鳴り響く。


「もう時間かぁ、早いなぁ」

「ですね。私ももう少し話していたかったんですが、残念です」


 どこか残念そうな二人には悪いが、正直、私としては助かったとしか言いようがない。

 そして、それじゃあと言って、一年の階へと戻ろうとしていた神原さんがくるりと振り替える。


「それでは、水森先輩。これからよろしくお願いしますね」

「うん、よろしくね。神原さん・・・・


 どこか含みを持たせたような笑みを浮かべながら告げられた言葉に、こちらも同様の笑みを浮かべながら、そう返す。

 ただ、彼女が女神である可能性がある以上、こちらとしてはあまり仲良くはしたくはないけれど、仲良くしてほしいという桜峰さんの言葉を無視するわけにもいかない。

 彼女が少しでも悲しそうな顔をすれば、彼らがきっと何か言ってくるだろうし、それに対応するのが面倒くさい。何より、それが女神の判定に引っ掛かれば、ハルにも影響が出ないとは言えない。

 だから、最低でも彼女が女神の関係者でないと分かるまでは、私としては仲良く出来そうにない。


『だったら、少しだけ仕掛けてみましょうか』


 うん?


『あっちは多分、私のことははっきり知らないだろうから、チャンスと言えばチャンスでしょ?』


 まぁねぇ……


『だから――今度は、こっちから仕掛けてみるの。女神がどんな顔をするのか、今から楽しみだわ』


 そう言いながら、彼女はくすくすと笑う。

 ……一体、何をするつもりなんですかね、明花あきかさん。


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