水森飛鳥と短いようで長い修学旅行Ⅵ(三日目には遭遇が待っていた)


 さて、修学旅行も三日目である。

 こちら――乙女ゲーム風世界では、クラスの垣根を越えての班編成をしても良いということで、私と夏樹なつき桜峰さくらみねさんは鳴宮なるみや君たちと班が組まれている・・・・・・

 ただ、昨日の盗み聞きした内容のせいで、警戒心が上がりまくっているが。


「あれ、何であんなに警戒されてるの?」

「もしかして、バレてる?」


 こそこそ話してるところ悪いですが、丸聞こえですよ、お二人さん。


「……で、夏樹はさっきから何してるの」

「いや、お前に合いそうな髪留め見つけたから、実際に合うか確認してる」

「何だ。試しに付けてくれ、って言ってくれれば、自分で付けてみたのに」

「それじゃ、意味無いだろ。驚かせたかった、っていうのもあったんだが……まあ、買った後だから、拒否されても困るが」


 髪留めを袋に入れて、ほら、と渡される。

 そんな袋の中を見てみれば……


「あ、意外と可愛いやつだね」


 夏樹にしては珍しい物を選んだなぁ。


風弥かざや小暮こぐれにも選んでいたから、小暮とは色違いだがな」

「ああ、そういうことね」


 そう話しながらも、さっさとカバンの中にしまう。桜峰さんたちに見つかったら、ややこしいことになりそうだ。

 それにしても、男共の選んだ、小夜さやとは色違いの髪留めかぁ。


「ありがとう」


 その代わりに、私からも何か上げないとなぁ。


「……なぁ、水森みずもり。とりあえず、郁斗いくとの嫉妬が凄いから、気付いていながら目を逸らし続けるのは止めてくれないか?」

「何のことかな? 鷹藤たかとう君」


 つか、さっきからじっと見られてはいるのだが、あれは嫉妬に入るのか。そうか。


「頼むから、俺の胃が駄目になる前に、引導を渡してやってくれ」

「引導って……」


 君も結構、言うよね。

 とはいえ、昨日聞いていたこともあるからなぁ……と夏樹に目を向けてみれば、肩を竦められた。おい。


 けれど、そんなやり取りもあったせいか、それ以降は桜峰さんと一緒に居ることにしたのだが――


「ふふっ」


 何が楽しいのかと思って見てみれば、桜峰さんが鳴宮君に「羨ましいだろ」とでも言いたげに、ドヤ顔のようなものを見せていた。

 今からでも遅くないから、女神は主人公ヒロインを変えるべきだと思う。仮にも攻略対象相手に、この表情はどうなのだ。


咲希さき

「何かな?」


 呼び掛けたら、勢い良く振り向かれた。


「……会長たちへのお土産、見なくて良いの?」

「あー……」


 この様子は忘れてたな?


飛鳥あすかは会長たちへのお土産、どうするの?」


 そう、そこが地味に問題だった。


「咲希が上げるもの次第だけど、それに便乗しようかと」


 そもそも、受け取ってはもらえるだろうけど、桜峰さんが渡した時ほど、喜んでもらえるとは思えない。


「む~……あの二人も買うだろうしなぁ……」


 そう、同じ生徒会役員である以上、鳴宮君たちが買うのを視野に入れると、なるべく重ならないようにしたくなるから、選ぶのが難しくなる。

 そんなわけで、桜峰さんが頭を悩ましているのを視界の端で確認しながら、私は雛宮ひなみや先輩たちのお土産を探す。

 ただ、同性である雛宮先輩はともかく、魚住うおずみ先輩にはお菓子とかの方が良いのか?

 電話で本人に直接聞くという手もあるが、そうすると先輩たちの楽しみを減らすことになるような気もする。つか、電話したところで何でも良いなんて言われたら、逆にこっちが困る。


「……」


 売り物であろう、値札の付いた手のひらサイズのフクロウの置物が目に入る。可愛い。


「……飛鳥、それ買うの?」

「いや、ちょっと癒されていた」


 でも、買おうかな。私のストレス解消のためにも。


「でも、自分用に買おうかな」


 フクロウの置物なんてあちこちにあるだろうが、気に入ってしまったのだから仕方がない。

 そして――あれほど油断してはいけないと言っていたのに、私がレジで手のひらサイズのフクロウの置物を精算している間に、桜峰さんの方では、とあるイベントが開始されていた。


「ねぇ、君。シャッター押してもらえない?」

「え? あ、はい」


 声を掛けてきた男たちにカメラを渡されて、桜峰さんが二人へとカメラを向けて、撮影する。


「ありがとう。……あ、そうだ。もし、この後の予定が特に無ければ、俺たちと一緒に遊ばない?」

「そうそう。写真のお礼もしたいしさ」

「え……」


 台詞などから察さなくとも確実にナンパなのだが、どうやら彼女は、こういう場所ところでも声を掛けられるらしい。


「あ、いや、予定は……」

「その様子じゃ、無いみたいだね。じゃあ、行こうか」


 ヤバい。桜峰さんが戸惑っているのを良いことに、あいつらあの子を無理矢理にでも連れて行くつもりだ。

 男子たちが気付いた様子は――あ、夏樹がこっちに気付いたけど、私に誘導しろってか。

 やれやれ……本当は荒仕事はしたくないけど、助けるためなら仕方ないか。


「ねぇ」

「ん?」


 私が声を掛けたことにより、男の一人が気づく。


「あんた、何あっさり諦めて付いて行こうとしてるの。そろそろ時間だっていうのに、みんなを待たせるつもり?」


 盛大な嘘ではあるが、男たちを無視してそう桜峰さんに声を掛ければ、助けが来たと思ったらしい彼女が涙目になる。

 泣くのはまだ早いよ、お姫様。


「あ、か……」

「それに、知らない人には付いて行くなって、言われなかったの?」


 桜峰さんの手を引き、庇うように彼女を私の後ろに回しながら尋ねる。


「ご、ごめん……」


 全く、何かあったら呼べって言ったのに、意味が無いじゃないか。


「あれ? もしかして、お友達?」

「良ければ、君も一緒に来ない?」

「お断りします。他にも連れがいる上に、彼ら・・にも迷惑をかけたくないので」


 落ち込み気味の桜峰さんを余所に、私をじろじろと見ては誘ってくる男たちへ、私はそう返す。

 というか、暗に男連れだとは言ってみたが、これで納得してさっさと諦めてほしい。それが駄目なら、異能を使うしかない。


「そう言って、前に一度逃げられたことがあるんだよねぇ……」


 うわぁお。このパターン、まさかの経験済みですか。

 でも、どうする。このままだと、冗談抜きで集合時間になった場合、遅れかねない。


「飛鳥ぁ……」


 桜峰さんが服の裾を握ってきたかと思えば、不安そうに見てくる。

 大丈夫、って言ってやりたいけど、私が異能を使ったとして、物理的に相手をするとすれば一人が限界だろう。正直、もう一人の相手も出来なくはないけど、戦闘系異能でもないのに怪しまれるのは避けたい。

 せめて、あの三人の誰かが来てくれるとありがたいけど――……


「そうなんですか。でも、だからといって、私たちを連れていったところで、何の得にもなりませんよ?」


 はなから期待などしていない。

 男たちに向けて、軽く殺気・・を放ってやれば、嬉しいことに怯んでくれる。

 私は戦闘系異能は持ち合わせてはいないけど、戦うための能力なら持ち合わせている。神崎かんざき先輩が与えてくれた能力以上に。


「それでも、一緒に行こうと誘ってきますか?」


 さあ、どう出てくる?


「確かに、君たちを連れて行ったとしても、得にはならないかもしれないが、今俺たちに得になるとかならないとかは関係ない」

おごるって言ってるんだから、素直に従えば良いんだよ」


 そう言いよる男たちに、テレパシーで桜峰さんに二~三歩下がるように言う。

 この騒動のきっかけではあるとはいえ、この子にとばっちりは受けさせたくないから。


「お断りします。はっきりと拒否してる相手に、あんまりしつこくしますと――この周辺で見ている女性の皆さんから、本当に相手にされなくなりますよ」

「っ、」


 さて、次はどうする?

 女に言い負かされたままでいるのか?


「君は随分と口が回るみたいだけど、最初から退くつもりで声を掛けたわけじゃないし」

「わぁ、自分にかなりの自信があるんですねぇ。おまけに、私たちなら上手いこと引っかかってくれそうだと。私たちもめられたもんですねぇ――ええ、本当に」


 対人用スマイルで接してはいるが、そろそろ誰か助けに来てもらえないだろうか。長引かせるのも、マジで限界なので。


「――お前ら、マジで諦めたら?」

「あのぉ、俺たち・・の連れが何かしました?」


 ……タイミング良く来やがったなぁ、こいつら。

 あ、いや、有り難いんだけど。台詞、被ってるし。遅いし。

 しかも、来たメンバーというのが夏樹と鳴宮君と鷹藤君なのは良いが、同じく助けに来てくれたんであろうお兄さん方が笑えない。


「つか、何やってるんだよ」

「あー、メリットとデメリットを考えた上での行動でもあったんだけど、失敗したかな。でも来るのが、おっせぇわ」


 あははー、と笑った後に貶してみれば、夏樹に目を逸らされた。自覚があるようで何よりです。


「すみません。こっち、誰か一人でも欠けると大変なんで。後々あとあとの予定にも響きますし」


 笑みを浮かべながら、男たちにそう対応してくれる鳴宮君だけど……


 ――誰がお前らなんかに連れて行かせるか。


 目が笑ってない上に、そんな声が聞こえた気がするんですが、気のせいですかね?


「ふーん、二人を守る騎士ナイト様ってか」

「ったく、少しばかり顔が良いからって油断してると、後で痛い目見るぞ?」


 騎士様に痛い目、ね。

 それと、私に騎士様は居ないし、痛い目に遭うのはあんたらだよ。

 夏樹たちが来たことで、気持ちにも余裕が出来たため、時間を見てみれば。


「何?」


 鳴宮君の肩をつつけば、微妙な表情で振り返ってくれる。


「そろそろ移動し始めないと、もう時間が無い」


 信じてないわけではないんだろうけど、鳴宮君自身も時間を確認して、顔を顰めている。


「お前らー、そろそろ時間だから、バスに移動しろよー」


 あ、先生の声だ。


「さっき言った通り、他の人たちを待たせることになるので、勘弁してもらえませんか?」

「っ、もういいよ」


 多勢に無勢だと思ったのか、小さく舌打ちすると、そのまま男たちは去っていく。お前らもいろいろと遅いんだよ。


「それで、何があって、あんな事になったわけ?」

「咲希が写真撮影を引き受けたのが始まり。で、誘われて連れて行かれそうになっていたのを助けたら、向こうが諦め悪く誘ってきて、後は言葉の応酬をしていたところに君たちが来て、ご存知の通りだよ」


 つか、一部始終見ていたようなものだろうが。


「そちらのお兄さん方も、ありがとうございました。迷惑を掛けてすみません」

「いや、こっちこそあまり力になれなくて悪かった。それにしても……」


 一応、助けに来てくれたお兄さん方にもお礼を言えば、そう言いながらも彼らの目は鳴宮君と鷹藤君に向いたまま。


「お前たちが言っていた修学旅行って、ここだったんだなぁっ!」

「ちょっ、痛いっ」

「……御子柴みこしば、後は頼む」


 先に助けに入ってくれたお兄さんの一人が、鳴宮君と鷹藤君の頭をこれでもかと思いっきり撫でていた。

 鳴宮君は抵抗していたけど、鷹藤君に関しては、乗り物酔いにでもなったのかと聞きたくなるような顔色でされるがまま、夏樹に後のことを託していた。

 でも、お兄さん方とこの二人と知り合いってことは……あ、嫌な予感。


「……お二人は、何でここに?」

「何で、って仕入れと調査と観光?」

「……何で疑問系なんですか」


 うん、鳴宮君の気持ちは分からないでもないんだけど、何度も『何で』が出てるせいで、ゲシュタルト崩壊起こしそうだ。


「鳴宮、とりあえず紹介してくれないか? 鷹藤が使い物にならないから」


 一向に名前が出ないために、私たちの中にある知識も動かないからか、夏樹が痺れを切らしたらしい。


「ああ、悪い。えっと、こっちが鷲尾わしお隼人はやとさん。学校の近くで喫茶店をやってる」

「どうも、初めまして」

「で、こっちは日向ひゅうがあおいさん。隼人さんの喫茶店で店員してる」

「よろしくー」


 ――鷲尾隼人に日向葵。


 ああそうか、と理解した。

 この二人は――彼らは隠しキャラだ。


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