水森飛鳥と短いようで長い修学旅行Ⅴ(二日目の夜と土産品について)


 あれから、双方共に特に何の問題も無く、見学や食べ歩きなどを終えて、今は夜である。――夜は夜でも、真夜中、ではあるが。


「さすが乙女ゲーム風世界。イベントのためなら、消灯過ぎであっても主人公を部屋の外に出させるのか」

乙女ゲーム風・・・・・・なのにな」


 隣には夏樹なつきが居る。

 つか、メールしたら来た。


 さて、肝心の主人公こと桜峰さくらみねさんは、といえば、同じく部屋を抜けてきたのか、鳴宮なるみや君と何やら話していた。


「クソッ、ここからじゃ何話してるか聞こえねぇ……」

「ちょい待ち」


 私の異能の出番である。

 軽く音量調節して、桜峰さんたちの会話に耳を傾ける。


『修……旅行……』

「で、何を話してるか、聞こえるか?」

『楽しい?』


 夏樹が急かしてくるが、気にせず調節する。

 ……うし、合った。


「夏樹、手」


 そう言えば、夏樹が手を差し出してきたので、手を繋ぐ。


『そりゃ、楽しいよ。でも、飛鳥あすかとはそんなに話せてないかなぁ。だって飛鳥、御子柴みこしば君と話してばかりだし』

「……」

「……」


 桜峰さんの文句に、私たちは思わず黙り込む。


『へ、へぇ……そうなんだ』

『あ、もしかして妬いた? ねぇ、妬いた?』

『桜峰、ウザい』

『でも、妬いたんでしょ? 郁斗いくと君とは明らかに反応違うもんねぇ』


 桜峰さんの態度は、鳴宮君を明らかにからかっているような態度であり、当の彼は顔を引きつらせている。


『でさ、御子柴君について飛鳥に聞いてみたら、何て答えたと思う? 『幼馴染』って返されたんだよ?』


 桜峰さんに暴露されたし。

 あと、私は間違ったことは言っていない。


『そうじゃないんだよ。聞きたいのは、そういうことじゃ無いんだよ、って思って聞き返しても、こっちが欲しい返事くれないし、逆に質問されるし……』

『甘い。甘いな、桜峰。出会って半年ちょいの桜峰に、水森みずもりさんが素直に話すわけないじゃん』


 がっくりとする桜峰さんに、鳴宮君がそう返す。


「つか、出会って一年ちょいでもある鳴宮君の台詞でもないと思うんだけど」

「そうなのか?」

時期的には・・・・・、一年の二学期に会ったことになってる・・・・から。私がこっちに来る際に、神崎かんざき先輩がそうしてくれたみたい」


 あくまで、みんなの記憶上と書類上でのみ、だけど。

 そして、私が一年時の鳴宮君と会って、ずるずるとここまでの付き合いになっているのも事実だし。


「まあ、私としては、夏樹との方が一番付き合いが長いし、お前らよりは分かってくれてるぞ? って、今すぐあの場に言ってツッコミみたい」

「……めとけ。盗み聞きしていたことがバレるぞ。あと、意外と長いツッコミだな」

「いやもう、あの二人の会話だけで、突っ込みどころ満載じゃん」


 何を今更。私は桜峰さんが転入してきたその日からずっと、盗み聞きしているぞ。


「……そういえば、お前は桜峰が来たときから盗ちょ……盗み聞きしてたんだったな」


 私の異能を思い出したらしいが、今『盗聴』って言い掛けたよな? 否定しないけど。


『そういえば、何で郁斗君って、飛鳥のこと名前で呼ばないの? ずっと『水森さん』って、呼んでるよね?』

『あー……何か、水森さんは『水森さん』ってイメージじゃない? “ちゃん”付けよりも“さん”付けの方が合ってるっていうか』

『呼び捨ては? しないの?』

『むしろ出来ない。どんな反応が返ってくるか分からないから。それに、呼び慣れた呼び方を今更変えてもなぁ』


 うん、いきなり名前で呼ばれても、私の方も困るぞ。何か企んでるって思っちゃうだろうし。


『とりあえず、明日の班行動で頑張って声を掛けてみたら? 私も協力するからさ』


 ……これ、聞かなかった方が良かったかもしれない。

 あと、ヒロインがサポートに回る気になっているが、それで良いのか? 女神様よ。


『けどなぁ……』

『だって、修学旅行だよ? 思いきって、告白でもしちゃえば良いじゃん。何ならバンドの時のお礼って意味で、デートの約束も取り付ければ? だって、まだしてないでしょ。お礼』


 あれ? 私って、一応サポートキャラのはすだよね?

 それに――


「……そんな下心満載なお礼はいらないっつーの」

「飛鳥……」


 何か――何か、嫌だと思ってしまった。こうやって、聞いているせいなのかは分からないけど。


『お礼は確かにしてないけど、告白とかは止めておく。今言ったら、振られるのは確実だし』


 鳴宮君が、振られるのが分かってて、私に告白しに来るほど馬鹿でないことは私も知っている。


『郁斗君がそうしたいなら構わないけど、手伝えることは出来る限り手伝うから、何でも言って』

『いや、お前は何もしなくて良いから』


 それには、同意だ。

 むしろ邪魔になると思うんだよ。下手に手を出されたりすれば、私の本来の立場的な意味でも邪魔してくれそうだし。

 そこで、気付く。


「……夏樹?」


 一体どうしたのか、桜峰さんたちの会話を聞いている途中から徐々に手を強く握られ、夏樹の顔を見てみれば、何とも説明のしにくい顔をしていた。


「あ、いや、何でもない……」


 私の視線に気付いたのか、雰囲気とかは普段通りの夏樹に戻り、手の力も戻っている。


『さて、そろそろ戻ろうかな。見つかったら怒られちゃうし』

『それもそうだね』


 あ、ヤバい。


「夏樹。私、先に戻るよ。桜峰さんに先に戻られたら、部屋に入れないから」

「見つかるなよ」

「分かってる。そっちもね」


 手を離して、その場から離脱する。

 私と桜峰さんは同室だが、部屋の鍵は桜峰さんが部屋を出ていく際に持っていっているから、その前に桜峰さんが先に着いて、私が部屋にいなかった場合、(桜峰さんからすれば、私がいないという)状況的にも不自然になるし、何より私自身も困る。

 ただ、部屋に泥棒でも入られても困るので、鍵は閉めてきてある・・・・・・・

 その理由は、神崎先輩から渡された、万能鍵さん。その能力は、異世界間を渡るだけじゃ無かったんですよ。新たな発見である。――正直、カード式じゃなくて良かった、とも思ったが。


 そんなわけで、桜峰さんと見回りの先生たちに見つからないように、こそこそしながら部屋へと移動していく。

 途中で、夏樹(たち)は無事に部屋へ戻れただろうか、とか思ったが、現在進行形で移動中な私は、そんなことを考えている余裕すら無いに等しい。

 異能で聞こえてくる足音を探ったり、今までで培った気配察知能力などをフル活用して、部屋へ部屋へと少しずつ移動する。

 行きみたいに不安無く部屋に帰りたい所だが、この世界の主人公ヒロインでない私に、そんな補正みたいなものがあるはずもないので、こそこそと移動していくしかない。


 その後、部屋に近付いてきたので、鍵を用意し、ドアを開けて、するりと中に入り込めば終わりである。


「疲れたぁ~……」


 もう、いろんな意味で。


「……」


 ぼんやりと、倒れ込んだベッドから、桜峰さんが居るはずのベッドを見る。

 彼女は無事に、部屋まで帰ってこられるだろうか。先生に見つかっていたとしても、朝までには戻ってきておいてほしい。


「……」


 けれど、おちおち寝てもいられない。あちらでは昼間であり、移動も終わる頃だろうから、そろそろ起きないといけない。

 脳内アラームをセットして、私はあちらに向かった。


   ☆★☆   


「よ」

「こっちに来てるってことは、見つからなかったんだ」


 夏樹が軽く手を上げて挨拶してきたので、そう返す。

 それに、あの妙な雰囲気も無いようなので、安心といえば安心だが。


「何の話?」

「いや、こっちの話」


 小夜さやが聞いてきたが、簡単に話せるような内容でも無いので、誤魔化しておく。

 それにしても、幼馴染同然な彼女への隠し事が、どんどん増えていくなぁ。


「そろそろお土産も買い揃えないとねー、ってことも話していた」

「お土産……そうだよねぇ」


 小夜がどうしよう、と言いたげに言う。

 だが、こちらとしても、どうしよう、だ。

 そもそも、行っている場所が違うのに、あちらのお土産をこちらに持ってきて良いのだろうか。

 それに、持って来れたとして、どう言い訳するのかを考えなければならない。


「……先に見るだけ見ようか」

「……そうしよっか」


 そのお土産が食べ物になるか、それ以外になるのかは分からないが、先に見れるだけ見ておこう。


「ほら、男ども。移動するぞー」

「おー」


 小夜の呼び掛けに、夏樹たちは何を見ていたのか、軽い返事を返してくる。

 そんな二人を見て、私たちは顔を見合わせる。


「どうする?」

「あの様子じゃ、もう少し掛かりそうだしなぁ」


 私たちが土産品などを選ぶのに掛かるならまだしも、夏樹たちが選ぶのに掛かっているとは珍しい。


「じゃあ、私たちももう少しだけ見ていよっか。良いものがあったら、ついでに買えばいいし」

「それもそうね。ま、荷物は増えるけど」


 小夜さん、それは言わないで。

 そう思いながらも、二人して笑い合う。


 ――そんな私たちの短いようで長い修学旅行は、まだまだ終わらない。


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