水森飛鳥は逃げ出したい

夕闇 夜桜

一学期

水森飛鳥は逃げ出したいⅠ(桜の咲く学園で)


 目を閉じ、耳を澄ます。

 風の間から聞こえてくるのは、様々な音や


 友人との会話。

 クラスメイトとの会話。

 好きな人との会話。


 そして、調律チューニングすれば、聞こえないはずの音や声まで聞くことが出来る。


「……見つけた」


 今のところ、私にとって必要なことだから、罪悪感などがあっても止められない。


『やだ、また冗談ばっかり……』

『いや、冗談じゃないんですけどね』


 どうやら今のヒロイン・・・・は、先輩である副会長と一緒らしい。

 うん、彼女は順調に攻略中のようだ。


「なーんか、楽しそうだね。水森みずもりさん」


 今隣から余計な声が聞こえてきたが無視だ。


 さて、少しばかり説明しようか。


 ――私はこの世界に転生した。


 そう言えたなら、どれだけ良かったことか。

 この世界は、簡単に言えば、乙女ゲームと似た世界である(元となったゲームタイトルは忘れた、というかあるのかどうかすらも不明)。

 この世界乙女ゲーム風の世界観は異能が使える世界であり、舞台となるのは異能についても学べる『桜咲さくらざき学園がくえん』。間違っても、『“おうさき”学園』ではない。

 先程言った『ヒロイン』こと『桜峰さくらみね咲希さき』さんは立ち位置でいうと主人公であり、彼女が学園に転入生として来るところからゲームスタートとなる。

 そして、そんな説明をしている私の立ち位置は彼女のサポートキャラ。何故だ。

 ちなみに、彼女のサポートキャラとなった理由は、私をこの世界に喚んだ神様が大本の原因だが、そんなのをこの世界の住人彼女たちが知るはずもなく、単に席が近いからというだけで、私は彼女と友人になった(それでも席は、彼女から見て左斜め前、窓のすぐそばなので、近くといえば近く)。にしても、私以外の女子も近くにいたんだけどなぁ(真正面とか真後ろとか隣とか)。

 とにかく、サポートキャラとなったからには、私は情報を集めないといけなくなった(なお、好感度とかは知らん)。私、あの人たちに近づきたくないんだけどなぁ。

 とはいえ、どんな弊害が起きるか分からないため、与えられた役目はきちんとやるつもりですよ。

 そんな私が得た異能は音響操作。メインとしての能力は音や声を拾うという収集能力であり、その気になれば遠くの音まで聞き取ることが可能となる。まあ、本人や周囲に聞かなくても異能を使えば、いやでも情報は集まってくる。盗聴してるようなものだがな!


「もしもーし、水森さーん。水森みずもり飛鳥あすかさーん。聞こえてますかー」


 ああ、また余計な声が……っと、自己紹介が遅れました。私、水森みずもり飛鳥あすかといいます。


「聞こえてますよ。さっきから何ですか」

「何ですか、じゃないよ。ずっと呼んでたのに、返さない君が悪いでしょ」


 まあ、そうなんですが。


「それより、良いの? 桜峰さん、副会長と一緒だけど」

「んー? 別に構わないよ。だって、またいつ気を失うか分からないし、気がつくと必ずと言っていいほど水森さんが側にいるからね」


 確かに。だが、それは、私と話すために私を送り込んだ神様が降りてくるのに相性がいいから、という理由で――よりにもよって同学年であり、攻略対象の一人である書記の鳴宮なるみや郁斗いくとを選んだと本人神様から聞いた。

 しかも、神様が降りていた間の記憶と彼から離れるときに意識を切り離すために、一度彼の体が意識を失うのは仕方がないっていうのも、神様から聞いた。


「それは、多分偶然」

「三回もあったのに偶然?」

「三回でも偶然は偶然」


 そうかなぁ、と呟く鳴宮君に内心でそうに決まってると返しながら、再度桜峰さんたちの方へと耳を傾けてみる。


「ねぇ、水森さん」


 にっこりと笑みを浮かべながら鳴宮君が呼んできたので、視線だけ向ける。


「彼女が気になる?」

「それは――……」


 当たり前だろうが。

 こっちは彼女が誰かとエンディングを迎えない限り、帰れないんだぞ。


「無理に答えなくていいよ。でも、安心した」

「は?」

「水森さんも彼女たち・・・・と一緒だったんだね」


 鳴宮君の言う彼女たち・・・・というのは、おそらく桜峰さんに嫉妬している子たちのことだろう。

 ここで鳴宮君と二人っきりでいる私も、嫉妬対象に入るのではないのか。


「……」


 鳴宮君に目を向けたまま溜め息を吐けば、そのまま屋上の出入り口に向かう。


「あれ、戻るの? じゃーねー」


 そう言いながら、私が次の休み時間に行く場所には高確率でいるのだから、たちが悪い。

 彼こそ桜峰さんに攻略してもらわないと、私はサポートに徹せない。

 とはいえ、だ。

 彼女が今副会長を相手にしているという事は、次に接するのは会長だろう。

 神様からも『今副会長なら次は会長だろうね』と言われていた。どうやら、ストーリーで繋がりがあるらしい。

 それでも私は、ヒロインである桜峰さんのサポートをするまでだけど。


「あ、飛鳥!」


 私に気づいて手を振り、こっちに向かってくる桜峰さん。

 やめろ、今こっちに来るな。隣に目を向けろ。すっごい睨んできてるから!


「咲希」


 ちなみに、心の中では『桜峰さん』と呼んでいるけど、表向きでは『咲希』と名前で呼んでいる。


「飛鳥ってば、いっつも休み時間や昼休みに、どっか行っちゃうんだもん」

「ごめん、私もいろいろとやりたいことがあるから」


 そうなの? と首を傾げる桜峰さんに、彼女の隣にいる人物――副会長も近づいてくる。


「咲希、彼女は?」

「私の親友の水森飛鳥。席も近くなの」


 おい、ちょっと待て。私はまだクラスメイトまたは友人としか思ってないぞ。いつ親友にランクアップした。

 あと勝手に名前を教えるな。席もそんなに近くないから。


「こっちは知っていると思うけど、東間とうま未夜みや先輩。三年生で生徒会の副会長をしているの」


 桜峰さんからの紹介を聞き、知ってますよー、と思いつつ、どうも、と頭を軽く下げる。


「親友、ですか」


 桜峰さんの隣にいた副会長に、上から下まで見られる。


「何ですか?」


 じろじろと見てきたので、言外にあまり見るなと言いながら尋ねてみる。


「いえ、咲希の親友の割には地味だな、と」


 うわ、直球で来やがった。

 しかも、桜峰さんが側にいるのに、ストレートに言ってくるとか、評価下がっても知らんぞ。


「地味ですみません。ですが、校則は守っているので許してください」


 校則と言っても、制服に関する校則だけど、再度上から下まで見た副会長が、確かに、と頷いた。

 ああ、あと四人とも、似たようなやりとりをしないといけないのか。


「そんなこと言わないでよ。飛鳥は地味じゃないし、どちらかといえば美人な方だよ」


 案の定、機嫌を損ねたらしい桜峰さんが私の腕に抱きつきながら擁護してくれるが、抱きつく必要もなければ、桜峰さんには悪いが、私には美人云々という、そこまでの自覚はない。


「そう……でも、咲希の方が可愛いからね?」

「えっ……」


 何故、そこで顔を赤らめる。

 そして、隣の副会長が怖い。


「咲希が可愛いというのは同意しますが、貴女から見ても彼女は可愛いんですね」

「そうですね。みんながみんな違うとは思いますが、私は可愛いと思いますよ」


 とは言いつつ、「まあ、美人だから可愛いから、と何でもしていいとは限りませんが」とは言わない。

 確かに桜峰さんは可愛いが、彼女が生徒会役員と接するたびに、彼らに憧れたり好意を持つ生徒たちが嫉妬し、その果てに凶行を行ったとして、誰が責められるだろうか。

 やりすぎだ、とは思っても、気持ちは分からなくはないのだから。


 時計を見れば、あと少しで授業が始まる。


「咲希、そろそろ授業始まるから」


 教室に入ろう、と声を掛ければ、頷いた桜峰さんは副会長にそれじゃ、と声を掛けて教室に入っていった。

 私も入ろうとして一度立ち止まり、移動しようとしない副会長に目を向けて言う。


「副会長。咲希が大切なら、ちゃんと手綱ぐらいは握っておいてくださいね」

「君は何を言って――」


 私は、副会長の言葉を最後まで聞くことなく教室に入った。


   ☆★☆   


 さて、この後どうしようか。

 次の休み時間に桜峰さんが会うと予想される生徒会役員は、会長と会計の二名。

 そして、私もさっきの副会長のように、関わるような気がする。仮にそれを回避したとしても、教室に戻って遭遇しては元も子もない。

 おそらく、この後の休み時間の行き先で書記の彼鳴宮君が待ちかまえているだろうが、会長と会計との遭遇よりはマシである。


 この世界は残酷で、ヒロインであるにも関わらず桜峰さんに容赦なく試練が降りかかる。

 この後、どのルートを選んだとしても、『彼らのファンからのいじめ』というイベントは通過しなくてはいけない。運が悪ければ、全員のファンからいじめを受けることになる。

 さすがに、彼女の心が折れるのは困るから、私も適度にサポートしつつ、彼らに頑張ってもらうことにしよう。


 すぐ側にある窓から空を見上げる。

 彼女が無事にエンディングを迎えるまでは、どうやら、私の箱庭生活は終わらないらしい。


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