第15話吊り橋効果ですと(島)


 ボクの意識が覚醒したのは、唇に何か小さく柔らかいものが触れてからだった。

 鼻をつままれ、顎を上げられ、そして開いた口からは『誰か』の息が送られて来ている。


「ふー、ふー、ふー。はぁ、はぁ」


 『誰か』は数秒間絶え間なく空気を送った後、ボクの唇から何かを離し、息を切らしていた。


 ・・・気まずい。なぜこの『誰か』はボクに人工呼吸などしているのだろうか。

 確かに少し水を飲んでしまった記憶があるが、息ぐらいはちゃんとしていたんじゃないかと思う。


 っていうかこういう時ってどうすればいいんだ?わざと咳き込んでムクッと起き上がればいいのだろうか?

 そんなことに思考を巡らせていると、再びボクの唇は何かによって塞がれた。


「んっ・・・」


 急に来られたせいで動揺し、少し声が漏れてしまった。

 そんな反応を『誰か』は瞬時に気づき、慌ててボクの唇を何かで覆うことをやめた。


「・・・・・・・・・」


 『誰か』の長い沈黙に、ボクは体を動かすことも目を開けることもできずに、ただただ沈黙で返した。


「・・・ハル君。も、もしかして、起きてるの?」


 「ハル君」ボクのことをそう呼ぶ人は一人しかいない。

 『誰か』の見当をおおよそつけながら、ボクは重い瞼をゆっくりと開き、同時にひれ伏した。


「す、すみませんでした。実は少し前に目が覚めてました。いや、あの、瑞希さんとのキスを待っていたわけじゃなくて・・・本当にすいませんでしたぁーーー」


 平謝りするボクに、『誰か』こと瑞希さんは頬を赤らめつつも、数秒前の行動には何も触れずに安否を確認してから答えた。


「う、うん。それよりもハル君が無事でよかったよ」


 瑞希さんはいつもより落ち着き払い、ボクに微笑みかけた。




 成績優秀な瑞希が、海で溺れていた晴人を見つけた時、なぜ心臓マッサージよりも効果の薄い人工呼吸を選んだのかは、今の晴人にはわかりっこなかった。




「ところで、ここっていったいどこなんですか?」


 ボクは目を開いた当初から疑問に思っていたことを、まだ顔の火照りが冷めやらない瑞希さんに尋ねた。

 今、ボクが座り込んでいる場所は、さっきまで見ていたマリンブルーの美しいビーチではなく、荒波に削られたのであろう荒々しい岩肌が露出した全く人気のない海辺だった。


「私にもわからないの・・・」


「それって、どういうことですか?」


 瑞希さんは辺りを見渡し、声がしりすぼみになりながら述べた。


「和乃ちゃんにあのビーチにはなんども連れて行ってもらったことがあったんだけど、私こんな場所知らないの・・・」


「つ、つまりボクらは、水着だけしか身につけていないこんな状態で、遭難したってことですか!?」


「そうみたい・・・」


 ボクは動揺しながらも、ここにいない二人のことを瑞希さんに聞いてみた。


「彩奈と神咲さんはどうしたんですか?」


「ハル君がなかなか帰って来ないからみんなバラバラになって泳いで探してたら、私だけ足をクラゲに刺されちゃって・・・それで気づいたら横にハル君が倒れてたの」


 瑞希さんもボクと同じような不慮の事故に遭い、ここに流されてしまったという訳か。

 ボクの右足は幸い少し赤く腫れているだけで痛みなどはあまりなく、歩くのに支障はないほどの外傷であった。


「ボクが泳いで助けを呼んできますよ」


「待って、ハル君」


 早くここから脱出しようと奮闘するボクの手を瑞希さんに掴まれた。


「・・・和乃ちゃんがボートか何かで迎えに来てくれるかもだし、ここでもう少し待ってようよ」


「そうですか・・・そうですよね」


 瑞希さんの提案に批判などするはずもなく賛同し、ボクはこの人気のない島にもう少しいることにした。

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