見ないであげてじゃないんだ
シンエンさま
見ないであげてじゃないんだ
別人の困難を見たらしく、
誰かが笑っていた。
困難に遭った人はイラつく、
横に立った人はにやにや。
困難部からはこうだ。
明らかに困難だから、笑わないで、
腹が立つ。
よそ者からはこうだ。
本当にうけるから笑っていいじゃないか。
語り部からはこうだ。
よそ者へ
そんなに笑い物なのかな。
困難部へ
そんなにイライラすることか。
よくわからない。
そんな視点を変えてみると、
心の安定さも見方も変わっていく。
一人称、二人称とは
ドラマを演じる人たちなんだ。
誰だって抜け出せない状態なんだ。
単純と言えば単純なんだ。
三人称の間には、
常に、これが流行っている。
「見ないであげて」
「思いやりぐらいしろって」
上っ面な思いやりなんだが、
問題を根っから解けたわけじゃないんだ。
見ないであげてとは、
目を逸らせと言っている事と
同じなんだ。
思いやりぐらいしてとは、
もっとしてあげることができるが、
力をわざとらしく抑え、
少しだけ手を伸ばす事と
同じなんだ。
ゴシップを言っているから、
責任を取らずに済む立場である三人称、
だからこそ言えたのだろう。
子供を殺した犯人を考えてごらん。
目を逸らすことができるか。
思いやりするってどうやってか。
三人称よ、考えてことがあるのか。
今になってよく見かける思いやりに見えるものは、
普段は唯の目を逸らすような
気遣いなんだ。
他人が、単に「現時点」で喜ぶだけの
気遣いなんだ。
例えるなら、
他人が喜ぶための嘘をいうこと。
誰かが好きじゃなければ、
認めたほうがいい。
だが、それで終わりにするな。
次に「でも、好きになれるように頑張るんだって
付き合いに納得する人として、
告白された時に言わねばならないことだ。
例えるなら、
悪い事をした歴史を隠すな。
誰かが問いかければ、
正面から言う。
だが、それで終わりにするな。
次に「でも、これからは全て君の監視の下で、
君に僕の心を変える作業に参加してほしい」と
黒歴史を抱えた人間たちは
日の下で働け。
それで
受ける側でも、施す側でも、
観察する側でもない。
よそ者の考えを考える側だ。
四人称と言えば、
モラルや哲学的に考える人間。
事の実態から抜け出すことも多く、
考えて批判する人間たちなんだ。
三人称よ、
そんな四人称の考えを持つ三人称になれ、
自分の考えている事、やっていること、
言っていること、やろうとすること、
それぞれを考えるんだ。
抜け出すんじゃない、
自分を強く批判するんだ。
自分に要求しろ。
そんな自分に厳しくなるほど、
他人への優しさになるんだ。
例えるなら、
一人称と二人称の人たちに
大変な実態が起きたとしたら、
「僕もそのドラマに参加する」と
困難に遭った人たちの力になれる。
最低限じゃなく、
頑張ってからいうできる限りのことをするんだ。
例えるなら、
一人称と二人称の人たちに
喧嘩が起きたとしたら、
喜びが長引く方法を考えるんだ。
不倫をした妻なら、
妻は監視の下に身を捧げ、
夫は愛を以て妻を許せ、
互いへの尊敬が明らかになるような、
システムを導入するんだ。
「見ないであげて」じゃなく、
見ろ、そして考え続けろ。
先入観の憎しみに囚われるな。
困難を超えて、
現時点の激動を超えて、
頭を働かせ、考えるんだ。
だって、
脳は筋肉だろう。
難しい課題を解けないと
毒品の湖という激情に腐るよ。
そんな形をした三人称になれ、
常に、考えるんだ。
だって、
その前もって考えたことは、
種として未来に成長する。
皆が喜ぶような、
愛に満たされる世界に
なれるといいね。
見ないであげてじゃないんだ シンエンさま @shinennsama
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