15話 ブレイクタイムの延長線
月曜日が来た。
当たり前のように巡ってくる忌々しき月曜日。幸福と思える至高の休日でもある土日の二日間は、気が付いてみたらあっという間に過ぎてしまっていた。
東京へ転向してきた新藤弥彦。
三度目となる土曜日は恋路部の依頼によって午前中は時間潰し。そこから何事もなく買い物をしただけで終わるものに。日曜日関しては偶然出会った従兄弟達と共にラーメン屋で締める休日を送る、何もない素晴らしい日を送るものとなった。
けれど、学校がある日々全てがつまらないものであると実感している。
ほとんどの休み時間を寝たふりにする学校生活とやらを。
(あー、駄目だ。超帰りたい)
教室に辿り着いたばかりの早朝。
日常茶飯事のノックアウト状態の弥彦は机に踞っていた。
歓喜の溢れた明るい教室にて最前列で寝たふり。何かしら声を掛けられないようにアイマスクを装着。おまけにイヤホンを耳に当てれば完璧。
なのに倦怠感が拭えない。
正直言って、平和ボケをしている弥彦はあまり学校が好きではない。喧しいだけの産声を上げる雛鳥とは違い、静かに過ごせる空間が欲しいだけなのだ。
後ろの席がクラスを率いる女王ではなければ、それは実現できるというのに。
本当に眠れないではないか。
(これって、何かの罰ゲームかよ……。生きた心地が全くしない)
不機嫌そうにしてアイマスクを外す。
代わりにメガネを掛けてはもう一度机に踞る事に。決して後ろを振り向かないようにして。
彼女達の名前は覚えてない。
というか何も知らない。
唯一分かるのは同級生という部分。だったそれだけだ。あまり他人に興味がない弥彦では誰かの印象を覚えるのは無駄と思う。どうせこちらの名前を忘れてしまうのであれば、最初から覚える必要はないと。
所詮。ああいう軽薄な人ほど、他人には一切興味がないのだから。
自分とは違うタイプの相手に認識されるつもりはない。
教室にいる全員もそうだ。
繋がりを大切とする彼らとは分かち合えない。それは絶対の事であり、弥彦本人がそう願っているから、転校初日から現在に至って、この先ずっと誰も声を掛ける必要がなくなった。
秦村先生が勧めた恋路部で、最初の依頼人であったボブカットの彼女も。
最終的にどこにでもいる他人と変わらなくなる。
時間を過ぎてしまえば、とても簡単だ。
(……名前は、確か、何だっけか。……忘れた)
同じ最前列で携帯端末の画面をスライドする女子高生の名前が思い出せないでいる。整った容姿は一様覚えているものの、生憎の他人には厳しい性格で、その先にあるハズの答えに辿り着けないでいた。
そして、他人事のようにして諦めてしまう。
(まあ、別に覚える必要があるなら勉強した方が大分マシだけど……)
勝手に解決しようとした途端に、不意に弥彦の思考が遮られた。
その理由として、クラスを率いるリア充の申し子であるグループの女子高生にぶつかったのだ。圧迫する場所で起きた予測不可能の小さな衝撃によって、椅子に加わる力は前に進み、結果的に弥彦は机の表面に頭突きする形に。
ノーリアクションでダメージを受ける。その衝撃で掛けていたメガネは机の上に踊る。
忽ち鈍い音が響くが、談笑の絶えない教室の雑音で掻き消されてしまう。
誰にも気付かれない痛みが走る羽目に。
「……ッ」
頭痛に苛む弥彦は額を押さえた。
しかし大した怪我はしておらず、むしろ衝撃の瞬間に遭遇したことの方が内心驚いていた。
哀れな自分の学校生活に首を左右に振るしかない。
(本当に付いてない。やはり両親の背中を追えば良かったか……)
どうせ相手は謝って来ない。そう弥彦は改めて寝たふりをしようとした所で。
突然と、背後から声を掛けられた。
「あ、転校生くん。怪我とかない? 平気?」
背後の方へ静かに振り向くと、その透き通る声の持ち主は椅子を腰掛けていた。
睨み返そうとしていた弥彦であったが反撃の矛先を仕舞う形に。
ほのかに赤色掛かった茶髪。ゆるふわに整ったボブカットの髪型。優れたようは人を魅了して惹き付ける。お手本のような制服を身に包む学生を強調させる赤のネクタイは左右対称に。学校の規律を沿う女子高生の適度な話し方は誰もが気楽に話せそうな、適応力の高い彼女こそが、2年D組の女王であると。
従来における偏見した象徴が皆無で終わらせる。
そこには派手とか毒々しさの欠片もない。ハイブリッドの女子高生がいた。
「……ああ。怪我はない」
「そっか。ほら、香子はちゃんと謝らないと」
「ぶつかってごめんねメガネくん。君の本体落ちてるけど?」
一様報告すると、ぶつかってきた張本人なのだろうか、別の女子高生が申し分の謝罪と自然な煽りを入れてきたではないか。
金髪に染め上げたセミロングの髪。女王とは劣らない容姿とモデルのような抜群のスタイル。服装に関しては制服のボタンを外すタイプなのだが、蝶々ネクタイが若干曲がっていたりカーディガンの袖を伸ばしたりして、明らかにだらしない。
あと動く度に香水の甘ったるい香りがやけに辛い。それに中々の巨乳だった。
これが典型的なJKの実態だと、弥彦は勝手に納得する。
(メガネが本体なら何処にメガネくん要素があるんだよ……。意味が分からん)
とりあえず机に転がるメガネを無言で掛け直し、何事も無かったようにこの場をやり過ごす。元の位置を戻ろうとしたら、再び女王からのお告げものが。
「転校生くんってさ、噂に聞くほど、あまり怖くないかも。普通って感じがする」
「……それはどうかな」
耳栓代わりとして耳に当てていたイヤホンから音楽が流れ始めた。微弱に首を傾げながらも無頓着に自分の席に戻る弥彦は、会話を拒むようにして視線は携帯端末の画面に釘付けとなる。
関わらない方が平和だ。
あくまでもメガネを掛けた地味な転校生を演じるために。
蚊帳の外の雑音を遮断。やがて来る授業が始まるまで、沈黙すると決めた弥彦は辛抱強く待ち続けた。時間を潰すためなら、今後とも孤独を貫いてみせると。何かを期待して失敗するばかりの学校生活に、一切の応急措置は有り得ない。
それは夢のまた夢なのだから。
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