13話 特別なお買い物

 改めて擬似デートを決行する。

 恋路部の部長の新藤弥彦と今回の依頼人である茅月理世の二人。自然と生まれる群衆の流れに沿いながらも前に進もうと掻き分けていた。


「「……」」


 しかし、その姿は無言だった。


 馴れ合いはがりの紛い物の集団とは相容れない一匹狼では行動力が違うようで、いざという場面で滅法に強い二人は相手を遠慮せずに目的地へ向かう。


 澄ました表情をして現代を象徴する街並みを歩く理世。

 抜かりのない完璧な服装と端麗な容姿に目線は注目されるものの、メガネの効果によって話し掛けにくい神秘的な印象を最大限に醸し出していた。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりの彼女の佇まいは、気品が違い過ぎるほどに。


 対しての弥彦の方は完全に景色の中に溶け込んでいた。

 フードを深々と被る弥彦は無情な態度を振る舞いながら進む。忍者のように気配を殺し、幽霊のように音を立てず無駄足なく目的地へ目指す。


 あくまでも偽物のデートとはいえ。

 恋愛という最高のシミュレーションを欠けた有り様はもはやカップルではない。

 ただの仲間である。


 単独行動にずば抜ける異才達の判断に儚い共感なんて存在しなかった。

 そんな訳ありの高校生とメガネ美少女は目的地に辿り着く。


「……まあ、妥当な選択だろう」

「駅を出てすぐに見えるから、知名度と融通の良さがあるわよね」


 おすすめなスポットを視察しに来た関係者に通ずる二人。

 短い交差点を渡る弥彦と理世の前に待ち構えるものは白銀の摩天楼だった。鋭角とした立地に聳え立つ円柱形のエレベータータワーは、晴天の空を染める渋谷の景観を活かしていた。


 渋谷109。通称マルキュー。


 若者の女性向きとして充実する豊富なテナント数。世界に認知されている人気のファッションデパートだけあって、各ショップの品揃えは魅力的。期待を裏切らない彩られた世界は現代を象徴する若者の街と呼ばれるだけはある。


 流石に営業したばかりの時間帯。

 押し寄せる人の流れが吸い込まれるようにして店内に入っていくではないか。


「……物凄い人の数だ。限定のある日には更に来客は越えるのか」

「今調べてみるとね、色んなイベントがあるみたい。有名人は当然の事、ドラマや映画の告知などの披露する公共の広場のようね。それに夏にはお祭りがあるから海外の人にも同等の人気があるわ」

「日本のハロウィンとかスクランブル交差点の景色とかな」


 携帯端末を片手で画面をスライドさせて情報を集める理世。

 メモ帳にペン先を走らせ達筆とした文字を書き込みながら返答をする弥彦。


 入り口前で詮索する怪しげな学生。

 それを刮目する従業員は怪訝そうにして首を傾げている。彼らの行動に疑心を耽るが、本当に視察しに来た関係者ではないかと考えた途端、機敏に自身の役割をこなしていた。


 しかし、二人は何も気付いていない。


「流石は渋谷のシンボル。洋服を選ぶのには困らないわね」

「いや、男の方は女性の好みが絞られて商品を見極めるのに困るだろ」

「あ、そうだった。確かに男の子の意見も考えないといけないんだっけ……」


 普段の買い物とデートの感覚では差異が有り余る。

 自分の時間を楽しむのが普段の買い物で、相手の事を考えながら楽しむのがデートなのだろう。配慮とは違う別の扱い方が必要としている。


「異性の感想を聴くために恋路部を尋ねたのに、根本的な意味を忘れたか」

「わ、忘れてなんかないし」


 華奢な腕を組んではプイッと明後日の方向へ振り向く彼女。それでも興味がない弥彦は他人事で済ました上で気にせずに紺色のフードを脱いだ。


 そこで理世は弥彦のある部分に気付く。様子を伺うようにまじまじと見つめてくる。


「……そういえば、貴方、メガネ掛けていないようだけど?」

「見たくない物が見えてしまうから、あえてメガネを掛けないようにしているだけだ」

「むしろその逆でしょ」


 感情にないことを呟きながら、意識を切り替えるようにして店内へ。

 歓迎される盛大なエントランスの照明。スピーカーから放たれる真新しい情報。電子モニターに映し出されるフロアガイドは分かりやすく表示されている。


 そのほとんどがレディース関連であることに弥彦は間を置いとく。

 安置が見付からない。


「一体何処を巡ればいいのか全然分からないな」

「私もそう思う。買う理由がないとスルーしがちだもの。歩き疲れて買い物の気分じゃなくなるし、やっぱり何かしらの目標あってこそ行くべき場所だわ」

「満腹の状態で夕飯の事を考える例えかよ」

「だって正論じゃない」


 店内について把握しているのか理世は迷わずエスカレーターに向かう。

 既に清楚感の溢れた内装を見渡せるが多くのテナントはポップで華やかな雰囲気を力に入れている。外から見た景色とはかなり違うものに。


(……それに甘い香りがする。香水店に寄ってもいいのかもしれない)


 後でコスメショップへ寄ることにする弥彦。

 あくまでも理世の願いとはいえ、個人的な買い物を追加するのは従兄妹の為に。少ない機会の中、擬似デートに紛れながら香水を買ってやる。

 そう思っていた矢先に。


「一体何処を見て突っ立っているんだ? お前は」

「えっと。その、ほら、私なりの似合う物を単に物色していただけよっ!」


 偉そうに仁王立ちをする理世に付いて行けない。とりあえず彼女が興味を持っていた視線を読み取ると、そこにはバックの専門店があるようだ。


 今更ながらも小物を入れるバックを肩に掛けていなかった事を知る。

 無難に気付いた弥彦は馬鹿正直に言葉を告げた。


「別に買い物をしてもおかしいとは思わないぞ。そんなの自分の勝手じゃないのか」

「……あのね。誰もが自分のセンスが常識的だと思ってる?」

「常に変化するファッションに、今の常識で量るのは間違いだと思うけどな」


 ジャンルを問わず自分が好んだ物を選べは、それでも構わない。

 彼女自身が決めたものだから。

 相手の目線を気にしてはどんなに綺麗な洋服であっても価値は薄くなるだけだ。世間の言う流行に乗らなくても、似合ってしまえば全て宝になると。


「要するに常識に囚われるな。他人と同じを物を選んでも、普通につまらない」

「じゃあ、特別なものを選べばいいのかしら?」


 専門店へ寄る彼女の足取りは軽やかに。揺れるセミロングの髪は滑らかに。興味を示す透き通る紫色の瞳に映ったオレンジ色のショルダーバッグを見付けて、


「これが特別で他人とは違うものに、変わるものなの……?」


 手に取って真剣に眺める様は一つの絵になるような、孤立した存在。歓声の絶えないカラフルに染めた店内で端麗に佇む彼女は思案を巡らせている。他人とは違う宝物について、拘っていた意識を疑問を交錯させながら。


 裏側に隠された真実を探そうとする彼女の本心に弥彦は感服と思えた。

 だからこそ、些細なちょっかいを口に出してしまう。


「茅月が選んだ時点で、このバッグはお前にとって特別な物に変わってるだろ」

「た、確かにそうなるわね……」


 ようやく弥彦の言う特別を理解した理世。驚きつつもおもむろにオレンジ色のショルダーバッグを眺めながらそっと呟く。


 単純な話だ。

 みんなの言う同じは全くの別物であると。

 現代で定められた常識は数年後を過ぎてしまえば変わるかもしれない。なぜならこの世界は日々進化を繰り返していたり、新しい技術が未来へと進んでいく。


 当たり前の出来事なら別に今の常識を覆る理由も無かったりする。

 その以前に、存在する全てが特別なのだ。


「でも、これじゃただのお買い物になるし、貴方の依頼とは論外なものに……」

「多分デートっていうのは、そういうもんだと俺は思うぞ」


 お手本のようには至らないのかもしれない。

 彼女の要件を従う弥彦には分からないものが沢山ある。そのためにメモ帳を用意して容認してきた。依頼を達成するには力を惜しまないが、何かを後悔して時間を過ごしてしまうのは容易に評価できないだろう。


 恋愛を摘むのは簡単でも、手入れをしなければ綺麗な花が咲かないと同じ。

 それぐらいに大事と思える価値がある。


「同じ時間を共有する。それだけの意味ならば簡単だが、現実は残酷だ。人間関係が拗れる原因に繋がってしまうのは、グループを必要としなくなった瞬間なんだ。恋人という特別な存在によって、これまでの常識を覆す」

「……それが恋愛っていうの?」


 弥彦の告げる言葉を耳にした理世は怪訝そうに問う。

 どこか警戒した姿勢の前に、対しての弥彦は静かに首を左右に振った。


「いや、違う」

「一体何の話をしていたのよ……」

「顔色を伺い笑顔で振る舞う気色の悪い連中と正直なアンタは違うってことさ」

「え……」


 呆気に取られた理世は思わずオレンジ色のショルダーバッグを落としかけた。慌てながらも死守して、思わず胸を撫で下ろしては息を吐いていた。


「お前が友達のような馴れ合いが居ないからな。他人に気遣うことはするなよ」

「貴方が一番馴れ馴れしいわよっ!」


 早速気遣うことなく本音を告げた理世。

 スッキリしたのか微笑な笑みを浮かべており、こちらの様子を伺ってはもう一度クスクスと笑った。何処か面白いものを見付けたような、無邪気な反応だった。


「……新藤くん。このバッグを購入してもいいのね」


 気にいったオレンジ色のショルダーバッグを眺める彼女は買う決心を付いてる。それを弥彦は承知した上で頷く。


「ああ。どうやら彼氏はその選択を義務付けられているから心配ないぞ。……多分」

「あら、そうなの? でも、彼氏って結構大変だって調べたけど……」

「は? 今何の話をして……」


 唐突に言葉が消散した。

 その原因として引き金を起こしたのは、弥彦がバッグのタグを躊躇なく直視したことから。

 拾い上げると共に視界に入る数字の羅列が常識とは異なっていた。


 特別に、一桁多い。


「いや、ちょっとまて、なんだこの値段は」


 瞬きが全然止まらない。目を擦っても数字がいつまでも消えないでいる。

 頬をつねっても、これは夢なんかじゃなかった。


「……お金、大丈夫かしら?」

「も、問題ない。余計な心配はするなよ。……東京ってこんなに物価が高いものなのか……」


 流石は東京の中心。

 見えない金がよく回ると言うが、上京したばかりの高校生に厳し過ぎるものに。

 見据える現実はいつものように非情だった。

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