7話 転校生と美少女
覚悟の足りない人間に、話を聞くつもりはない。
曖昧な姿勢で困難に挑む姿はとても見苦しいものだ。結果に実らないものに妥当する理由にはならない。抱えていた問題を簡単に放棄してしまう軟弱な態度では、相手にも迷惑を掛かってしまう。
けれど、なにが必要なのか弥彦は理解していた。
相談の当事者の女子高生、相澤契は恋愛に対する意識が欠けていた事を。
真剣に取り組まない。
そんな詰まらない青春を知らぬまま送ってしまう臆病な彼女に対して。
感情の起爆となる扇動の言葉で、透き通った意志を見せてもらった。
自分にも、相手にも、期待を裏切らないように。
(彼女のやる気を出させるのに簡単な挑発で構わない)
契が部室にやって来た時点で相談は始まっている。
後は彼女自身の抱える問題をどう受け止めるのか。弥彦は後見人の役として邪魔するが、ドスの効いた先生の注意で白旗を挙げざる負えなかった。
しかし。
こちらの都合は何事にも結果的に変わらない。
(結局は意識の問題なんだ。どんな姿勢で挑もうが俺には関係ないけれど、決して相澤の言葉は本心だとは思わなかった)
現状を打破する切り札を既に仕組んでいたとは、この部室にいる人達は知らないだろう。青春を折る人間がそう簡単に恋愛成就を叶わせると思うか。
答えは否だ。
「……最初から、相澤の様子を見極めるための口実だった訳、か」
担任の先生に向けられる鋭利な視線。
一人勝手に納得する秦村先生は頷きながら言葉を溢す。大体名前の知らない学生の恋愛を手助けする行為事態が怪しいというのに、話を聞く馬鹿は居ない。せめてそれ相当の意地を見せなければ、その心は嘘になる。
遊び半分で青春を送る者共に、相談の権利など存在しないと。
「新藤、お前はワザとクラスメイトの相澤を試したな?」
「それ以外、何が有りますか」
真実に辿り着く先生は弥彦の飛び抜けた行動に呆れているのか関心しているのか腕を組んでは質問を投げ掛ける。それを弥彦は否定せずに肯定する。
だが、どう見えたのか先生は口元を綻ばせては微かに笑うだけだった。
あえてそれを無視する。
余計な詮索をしない方が賢明であり、以上に語るものではない。
「えっと、これはどういうことなのかな……?」
一方で状況を把握できない契は苦笑いを浮かべながらボブカットの髪を揺らす。巻き込まれた形で居座る彼女にとって見える景色は混沌に満ちている。
正直、説明するのが面倒だ。
机の向こう側に座る転校生に助けを求める契。必要とされているのが見て分かるが、弥彦は顔色変えずに視線を逸らすと契は「えぇ……」と困惑。
そんなやる気のない部員の代わりに先生は教えてくれる。
咳払いをして、
「手間を掛けてしまったが私が説明しよう。これらは全て相澤を試す試練であると考えてくれ。この部長はやたら規制が厳しくてな、遊び半分で相談してくる奴には問答無用と粛清する。生徒指導の連中より質の悪い」
「……相手を見極めるには最低限の挑発は必要でしょう」
「指を鳴らしながら言うな。それはお前だから出来るんだろ」
先生の言う通り。
あくまでもこれはボランティア活動。相談については話を聞くことは可能でも実行には移らない。個人的な問題を当事者が解決しなければ意味がないので、自意識を促すのに必要にモチベーションを向上させる。
一番手っ取り早かったのが、純粋な決意を抱く覚悟が必要だった。
それだけの話に過ぎない。
「……つまり、私はテストを試させていたんですね」
「だろうな。しかし相澤は真剣に相談する意思を見せてもらったよ。これなら新藤に正式な相談を受けられるだろう」
「ほ、本当ですか!?」
何かを認められる意味を喜びに思う契は目をキラキラと輝かせている。
「だが、それ以降の相談については私抜きで始めて貰いたい」
「な、何故ですか!?」
一瞬にして不安を募らせる彼女は途端に驚愕の表情に変えてしまうものに。
実に変化の絶えない忙しいクラスメイトだった。
「話を聞いていなかったのか? 私はあくまでも教師の身分。生徒の恋愛事情には介入できないと告げたまで。後は部活の部長である新藤に悩みを打ち明けることが一番の解決方法であると確信している」
「そもそも先生の威圧感のある叱咤は最初から蚊帳の外にあるものでした」
興味がないのに先生の説明を聞かされて。
けれど生徒の恋愛に関しては御法度であると聞かされた時、その時点で弥彦はこの恋路部の権限を掌握していた事になる。試しに彼女に秘めた決意を促したというのに、先生は呼吸をするように邪魔してきた。
あなたは所詮部外者なのですが。
白旗を挙げながらもキッと睨んでいた弥彦はルールに基づいて把握していた。
「私はこの部活の顧問に過ぎない。生徒の問題は生徒で解決するべきだ」
訂正。ただの傍観者か。
「じゃあ見ているだけでも……」
「悪いがこれでもサッカー部の顧問でな。色々と事情がある。なに大丈夫さ。そこにいる部長に悩みを伝えば必ず話を聞いてくれるだろう」
「でも……」
不安しか感じられないのか弥彦の方を見て震えている契の姿が。
確かに説明のなしに試されていたら、相手がクラスメイトでも警戒するのは当然だ。自衛本能が嫌でも働く。しかし距離を置いてくれると都合の良い弥彦は特にそよ風を受ける程度で見越してる。
というか、顧問の掛け持ちをしていた事実の方が驚きが大きかった。
「相澤は同じクラスメイトでもある新藤を信用に足りない人物なのか? これから一年間共に過ごす仲間に対して、確信のない疑問を抱きながら過ごせるのか?」
「あの、違うんですよ先生。これはなんていうかその……っ」
そこで弥彦はあることに気付く。
掛けていたメガネがずれ落ちるほどの問題とやらを。
(……コイツ、もしかして恥ずかしいのか)
契はこちらの様子を伺うと顔色を朱に染める。落ち着きの欠けた彼女に理由は簡単だ。誰かの恋愛の話を聞くのに異性を問わず、本来なら言えないのだ。
本来ならば。
「……ああ、一つだけ言い忘れたものがある。もしも相澤や他の生徒の秘密を口外した場合、損得問わず部長の席は下げられ、プライバシーの侵害で俺は退学しなければならない。だがら、相澤がそれ以上華奢にすることはない」
「それは本当の話か?」
面白半分に尋ねる先生だが聞く耳を持たない。
弥彦が今求めている答えは、依頼人である相澤契の言葉そのものだから。
恥じらう彼女に真相を問う。
「新藤くんが良くても、私には、ちょっとだけ、言いにくいの」
「言いにくいのは何も間違ってない。恋愛に対する気持ちが本物だからだ」
「でもね……、迷惑を掛けてしまうのは新藤くんの方なんだよ。みんなに認めて貰いたかっただけなのに、漫画のような人気者になるなんて、夢みたいな話だよ」
やはり彼女は人気者のポジションに属しており、トップカースト。
同じ教室で共に過ごすクラスメイトなのに、生きる世界が違うことを証明している。充実した学校生活は保証されていて、笑顔の時間は圧倒的に多い。
だけど、心の底から楽しいとは思わないだろう。
勝手なイメージを突き付けられて、黄色い声を合わせながら謳う。
果たしてそれは青春と言うべき存在なのだろうか。何も説明せずに手錠を掛けられると同じ。自由を奪う他人の欲望で彼女の人生が滅茶苦茶にしてしまう未来を、弥彦はハッキリと否定する。
「他人からの告白を逃げるなんて、自分勝手過ぎる都合だな」
「……凄いね。まだ何も言ってないのに、新藤くんには分かるんだね」
「大抵のトップカーストは痴情の縺れが付き物だ。それは人気のない校舎の裏側で頻繁に行われる」
校内の構造を把握しようとして。
昼休みの時間帯で詮索していたらイチャイチャしていたカップルに遭遇。不機嫌を畳み掛ける恋愛の際どさは実に情熱的で、こちらを無視してしまうリア充のスルースキルには驚くばかりだった。
「あれは最悪だったが、所詮は物真似なんだ」
どうしても背伸びしたい学生達は青春を謳歌して大人の真似をする。
特別な何かを手に入れようと、必死な彼らは前を見据えて過去を振り返らない。
結局、大切だった物を見失うための人生に過ぎないというのに。
彼らは前を見据えることすら出来ていない。
「全部自分の為に。自己満足の為に。他人とは違うという意識が視界を曇らせる。当然の事実なのに頑なに否定する。それは自分でも過ちに気付いているから、必死に逃げ場を探すだけの詰まらない時間稼ぎだ」
「誰にだって間違うことも、あるんじゃないのかな……」
人の過ちを肯定する弥彦に、か弱くても自分なりの正しさを明白する契。それは彼らのような中途半端な人間ではない事を晒け出す。
そのために真っ直ぐ見据える瞳はちゃんと前を見ていた。
「……では、何故告白から逃げている?」
「それは私が私で居続けるため。好きでもない人と付き合うのは、やっぱり気が引ける。今は一人でも充分なのに、正門を潜ると他校の人達が待っているんだ。それも両手にラブレターを持ってくるんだ」
世知辛い人生を送る現在。
嫌な記憶を思い出してしまったのか彼女は悲しそうに微笑む。
「でもね、私はそれでも断るしか無かったの。相手も自分も後悔しないように。それでも告白してくる人達は一向に減らなかったな。多分だけど、いつものように正門の前で待っていると思う」
「あれはただのストーカーだ。恋と狂気は紙一重のようなものだしな」
こうして正門の前で構えているとしたらゾッとする。認識されると厳しい環境下で強いたげられる人生を送りたくはないと心掛ける弥彦であった。
「つまり相澤は誰かに告白されたくないために、この部室に相談してきたのか?」
「……そう、だね。どうすれば人の気持ちを傷付けないか、それが私の答えだよ」
自信の欠けた声は霞んでいく。
鮮やかでない思い出が彼女を深く傷付ける。
願ってもいない景色を眺めていた心境は決して理解出来ない。だから近くにいる人達でさえ共感も生まれない。自分で抱えた問題は誰かに答えてくれない限り、本心は何処にも届かない。
だがしかし、捕らわれてしまった常識を壊す覚悟を貫く弥彦は違っていた。
根本的な過ちを正すべく彼女にハッキリ伝えてみせる。
そんな都合のいい甘い話は有り得ない、と。
「……他人の気持ちを傷付けない人生なんて、送れる訳がないだろ」
「え……?」
目の色に変化をもたらす。深紅に染めた攻撃の色に透き通る瞳は変化の見せない契を凝らす。弥彦の熱意を映した鋭利な視線な狂暴に輝き、微動だにしない姿勢は冷徹に。灼熱と極寒を兼ね備えた転校生は、末恐ろしいぐらいに冴えていた。
初めて見る弥彦の厳しさに契は華奢な身体を縮めて動揺してしまう。
だが、止めるつもりは微塵もない。椅子から立ち上がる弥彦は見下すような形で彼女を睨む。メガネ越しの先にある本物は覆らない。
「何を根拠に甘い妄想を言い続けている。迷惑を掛けているのは全部アンタの意識だろ。付き合いたくないなら嘘を吐くな。真実を話せよ。告白してくる野郎にも考えてみろ。それ相当の覚悟を決めて思いを伝えているのに、中途半端なまま解決させるのは正しいのか? それは間違ってんだよ。下らない夢を待ち続ける相澤契こそが、恋愛について真剣に考える人達を邪魔している張本人だ」
他人の恋愛など、どうだっていい。
大切なのは自分が決めた人生を後悔しない事だ。同じ道に進むワケではないのだがら、何もおかしな部分はない。他人の努力を嘲笑う者を絶句させるような、明るい未来を描く道具を揃えるだけ。
いつまでも夢を待っているんじゃない。前に進む一歩が大きな望みとなる。
追い掛けていた方がそれは夢中になれると思うから。
メガネを外す新藤弥彦は明確な気勢を示して、恋愛に問題を迷える子羊に道標という答えを差し伸ばした。
「選択を決めろ。本当の恋愛をしたいのなら、自分が好きだと思える人を探せ!」
全ては彼女の人生。
後は成すなり壊すなり自由に進んでも構わないくらいに。恋愛への解決は匙を投げる事で真価を発揮する。それを促すだけのアドバイスを告げたに過ぎない弥彦は、何事も無かったように椅子を腰掛けて足を組んだ。
「……」
怒涛の言葉で情報が追い付かない契は微かに口を開いては唖然している。
その瞳に映る景色は何を思い描いているのか。真相は彼女の心のままに。融解していく問題に彼女はどう反応をして相談を終えるのか、静かに黙認していた所で、再び教室の戸が開く。
「どうやら相談の件については収拾が付いたようだな」
「……? ……? え? 先生はなんで教室に入ってきて、あれ、きっきまで近くに居たのに、瞬間移動……?」
「そんなワケないだろ」
自然と会話していた所から席を外していた秦村先生。気付いてなかった契は不思議そうに首を傾げるが、あえてそれを指摘する弥彦。
絶妙なタイミングで部室に立ち寄った先生は何かを察したのか顎を手を触れては微笑む。どう見ても怪しさを醸し出す大人に警戒してゆっくりと身構える。
「盗み聞きでもしていましたか」
「いやいや、私は偶然にも立ち寄っただけだ。そうしたら、いつの間にか相談の件は解決していたという場面を見送ったに過ぎない」
この人滅茶苦茶暇そうだな。そう思案を巡る弥彦はメガネを掛け直す。
「それで先生は何故この部室に足を運んで来たんですか」
「丁度頃合いだと思ってな。想像通りの結果だった。流石に優等生なだけはある」
「一般人と訂正してください」
下るばかりの青春を送る高校生が優等生だとは思えない。偏見を押し付ける大人の言葉を振り払うように嫌悪を抱く。
「でも新藤くんは人の話を真面目に聞いてくれるけどなぁ……」
契は先生の意見と一致なのか随分と高い評価。不意に彼女の方へ振り向いた。
「当然の対応だろ。周りの人達イエスマンなの?」
「ううん。友達は話してくれるしちゃんと話を聞いてくれるよ。けれど違うクラスメイトの人と話すと、相手の方が少しだけ話しにくいというか、ね?」
「原因はそれかよ……」
根源を知ってしまった途端に酷い悪寒がして、思わず弥彦は頭を押さえては首を振るしか出来なかった。張本人の契は相変わらず頭上に疑問符を浮かべるような暢気な反応をしている。
まさか彼女による性格で他人を勘違いさせるとは、恐るべしトップカースト。
これは、苦労が続く人生だ。
「なるほど。綺麗な花には棘がある訳だ。彼女の場合は毒棘だが」
「下らない事を語る前に公務員の仕事を放棄をしないで貰いますかね」
「ああ、そうだな。今日の部室はこれにて終了だ。二人は暗くならない内に下校をしてもらう。学校に用事がない学生をきたくさせるのが私の仕事だからな!」
「……」
言葉にしないが物凄く腹がたったのは先生が勝ち誇った表情が原因なのか。
とはいえ、彼女の問題は解決に至る事になった。
曖昧な受け答えをしていた契はどこかスッキリした様子で背伸びする。肩に背負う荷物から解放されて晴れた小さな微笑みの表情は優しい。こちらの視線に気付いた契は抜かりなく心を言葉にする。
黄昏色に染める陽射しを浴びながら、満面の笑みが返ってきた。
何処かくすぐったそうな彼女らしい姿が。
「ありがとう。新藤くん」
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