第56話 英雄再誕
≪不可侵全裸≫。一切の攻撃が通じず、光をすり抜ければ透明化も出来る。そして何より、姿そのものが精神攻撃になるという恐ろしい奴だ。
勝利の糸口は今のところ魔力切れのみだが、それを彼が意識していないとも思えない。
俺達は取り敢えず一ヶ所に集まり、いつでもレイさんの魔法で回復出来る位置についた。
「回復かすり抜けか、どっちの魔力が先に尽きるかのチキンレースだな……」
「透明化は常に魔力を食うけど、攻撃をすり抜けるだけならそんなに魔力は使わないよ。大人しくそこの英雄を差し出せば、あなた方には危害を加えませんが?」
レイさんと≪不可侵全裸≫が睨み合い、お互いに牽制する。
蟹人間との戦いしか経験してない俺は、急なバトル展開に動揺を隠せなかった。
「啖呵を切ったは良いけど、実際できること無さすぎるな……」
「私もニャ。まぁ、せいぜい攻撃を避けるくらいだニャア……」
冷静になればなるほどやることないのが分かってきて、レイさん以外は自然と脱力した。
レイさん一人だけ険しい顔をしてるのも不自然なので、取り敢えず俺達は、表情だけはなんとか引き締める努力をする。
「おいお前ら! 表情だけ険しくても何にもならねぇからな!?」
「いやだって、それ以外に出来ることないし……」
レイさんがこっちを振り返って怒鳴り散らすが、そんなことを言われてもという感じである。
俺達に出来るのは、ダメージを負ったときスムーズにレイさんに身を差し出し、回復を待つことくらいしかないのだ!
「とは言え、このままだとまずいよな……」
レイさんと≪不可侵全裸≫はお互い魔力を節約するため、攻撃を避けながらたまに恐る恐る相手に殴りかかるという、非常に地味な戦いを進めていた。
こうなると魔力が切れても離脱のしやすい≪不可侵全裸≫が有利だし、何より、このままではレイさんが戦意喪失する可能性が大だ!
彼女には俺達を助ける義理なんて、そんなにないものっ!
「そろそろ……レイさんのモチベーションが危ない!」
レイさんの安否よりもモチベーションを心配するのはどうかと思うけど、俺達にとっては死活問題なので仕方ない。
せめて、せめて戦ってる感を出さなければ……!
しかし……。
「ん? どうかしたのかニャ?」
「いや、待てよ。あいつの魔法……何かおかしくないか?」
「ニャ?」
≪不可侵全裸≫の魔法に猛烈な違和感を感じ、俺は一瞬固まった。
確証はない。それにもし合ってたとしても、俺が動き出せば危険は増すばかり。安易に踏み込むべきではないだろう。
でも、それでも……!
「英雄コウタなら、踏み込むはずだ…!」
俺は意を決して、リナさんとロップさんに振り返った。
俺の記憶は戻っておらず、魔法が使えないことを伝えるためだ。
レイさんに聞かれたらモチベーションを下げてしまうかもなので小声で、しかし確固たる口調で述べる。
「さっきは勘違いさせてごめん。俺はまだ……記憶を取り戻してないんだ」
俺の真剣な口調に、リナさんとロップさんが表情で驚きを示した。
「だけど、俺はこのままでいたくない。立ち止まって流れに身を任せて、そんな自分を変えたいんだ! だから……だから……!」
自分の思いを口にすることすら少なかった俺は、普段なら絶対に言わないことを言った。
「俺に、力を貸してくれ……!」
まだ会ったばかりの相手に、こんなことを頼むのは差し出がましいと、いつもなら思う。
でも、今なら分かる。
これが、俺の踏み出すべき一歩だったんだ。記憶を失う前の俺が最後に辿り着き、示した一歩。
そしてそれを分かってやれるのも……。
「俺だけだ……!」
またも啖呵を切った俺を見て、リナさんとロップさんが微笑んだ。
もしかして、許してもらえたのだろうか?
「そんなに心配そうな顔しなくても、力くらいいつでも貸してやるニャ」
リナさんが呆れたようにため息をつくの
で、俺は度肝を抜かれる。
えっ、そうなの……!?
「い、良いのか……?」
「そりゃそうニャ。だって……」
リナさんは遠くを見るような目をしてから、再び俺をしっかりと見据えた。
「君は、君だからニャ」
「……!」
リナさんの言い放った言葉に、俺はハッと息を詰まらせる。
戦う力がなくたって、記憶がなくたって、それがどうしたとでも言わんばかりの口調だった。
そして何より、無性に懐かしい響きのする言葉だ。
「ラノベ主人公は力がある人物なのかもしれニャい。昔の君は、今より少し強かったかもしれニャい。だけど、それがどうしたって言うのニャ?」
「どうしたって……」
リナさんの真意が掴めない俺は、動揺しながら呟いた。それに被せるように、リナさんは言う。
「私が……私達が好きになったのは、力が強い君でも、有名になった君でもないニャ。ただひたすらに現実を見据えて、前に進んでいた君ニャ。傷つき続けた君ニャ!」
リナさんは顔を少しだけ赤くしながらも、毅然とした態度で言いきった。
俺が好きだと。それは決して、昔の俺だけに向けられた言葉ではないと分かった。
「俺だけだ……! とか文脈無視して変なこと呟くのは、コウタくらいしかいやせんしね」
ロップさんも軽く笑いながら、茶化すように言ってくる。
俺の記憶が戻ってないと分かっても、傷ついた様子はなかった。
そもそも、騙されていなかったのだろう。それでも俺の言うことを聞いてくれたのは、俺が、俺だから。
「み、みんな……」
「二人に呼び掛ける時、みんななんて使わないニャ。気分に流されるニャ」
照れ隠しなのか、リナさんが顔を少し逸らしながら揚げ足をとってきた。
俺もテンションが上がっていたのを自覚して恥ずかしくなったが、それどころじゃないので言葉を続ける。
「みんな、レイさんが……瀕死だ……」
「ニャッ!?」
俺の言葉にリナさんが叫び、レイさんのいる方向を見遣った。そして、絶句する。
レイさんに戦闘を任せたまま、ちょっと盛り上がりすぎた。これはいかん!!!
「魔法の使い方を今すぐ教えて! 普通にヤバい、普通にヤバいから! あと、ダンジョン賊さんもそろそろ連れてきて!」
「やっぱり魔法の使い方まで忘れてるんでやすか!? あ、あっしは魔法とか苦手なんで、ダンジョン賊呼んできやす!」
「ええっ!? す、すぐに魔法を教えろって言われてもニャア……」
雰囲気ぶち壊しなのも自覚しつつ俺が慌てて言うと、魔法が苦手なロップさんは逃げ出し、しかも何故かリナさんまで慌て始めた。
やっぱり魔法の使い方を今すぐ教えるなんて無理か、と俺が諦めていると……。
「じゃ、じゃあ失礼するニャ」
リナさんが謎の断りを入れてから、猫というより虎を思わせる俊敏な動きで……。
俺のズボンを、一気に引き下げた。
「へ……?」
呆ける俺に構わず、リナさんが俺に飛び付いてくる。腕を俺の背中に回し、脚は俺の脚に絡みつく。
「ちょ、ちょっと、いきなり何してるんですか……!?」
タメ口も維持できなくなり、丁寧語で聞き返す。後ろではレイさんが瀕死なのに、何やってんだこの人!?
「魔力の使い方、思い出さないかニャ……?」
「あっ……」
リナさんの言葉に思い当たるところがあり、俺は軽く呟いた。
この脚の感覚、確かに覚えがあるような……? それどころか、何度も何度も思い返していたような……。それこそ、魔法を使う度に……。
何より、リナさんの回した腕に記憶が大きく刺激された。
狭い部屋、肩に触れた彼女の涙、そして彼女の温かさ。
もう少し……もう少しで記憶が蘇りそうなのに……!
「あ、あと一歩、足りない感じだニャ……」
俺を抱き締める力を強めながらも、リナさんが無念を噛み締める。
あと一歩。その感覚は俺も同じだった。
でもその一歩は、昔の俺が踏み出したことのない一歩だ。
だったら……だったら……。
その一歩を踏み出せるのは、俺しかいねぇだろ……!
「リナ!」
「ニャッ……!?」
俺の叫び声にリナさんが驚き、反射で顔をこちらに向けてくる。
その隙を見逃さず、俺は顔を一気に近づけて彼女の口にキスをした。
「……!」
リナさんが緊張に体を強張らせるのを感じる。だけど、俺は構わずに彼女の唇を貪り続けた。
「ニャッ……ニャア……!」
腕の中でリナが暴れ、段々と彼女の体温が上がっていくのを感じる。だが抱き心地が良すぎて、俺の腕はより強く彼女を抱き締めるばかりだ。
リナが何かを訴えるように声を出しても、俺はリナを放さない。すると、突然体中に衝撃が走った。
リナの体から、無数の突起が生えてくるのを感じる。
それは人との触れ合いを拒む、鋼鉄の刃であったが……。
「な、なんで……」
「俺の得意魔法は、せいぜい≪硬化≫くらいしかないからな?」
だけど俺は彼女の刃に傷つくことなく、未だにリナを抱き締め続けていた。
顔を放した時にリナが疑問を呈するが、俺は堂々と答えてやる。
「魔法……。コウタ、魔法を思い出したのニャ?」
「あぁ、これまでのことも全部思い出したし、記憶を失ったあとのこともちゃんと覚えてる」
顔からも少しずつ刃の突き出したリナの顔を見ながら、俺は不敵に笑った。
「なぁリナ、聞いてくれ。俺は、記憶のない自分を救える程度には、ラノベ主人公になってたみたいだ」
「コウタも聞いてニャ? 私、コウタがいれば、人間みたいに生きられる気がするニャ」
俺達は顔を見合わせながら、笑い合う。
それは俺達が目指した、憧れの地点だったから。
「おかえりとは、言わないニャ?」
「あぁ。俺は、俺だからな」
言い放ってから、立ち向かうべき敵に向き直った。
ラノベ主人公よりラノベ主人公な、この英雄コウタ様がな!
「あっ……」
目の前ではレイが≪不可侵全裸≫の手刀に腹を刺し貫かれていた。
そうだよね。ラノベのクライマックスシーンみたいなペースで喋ってる場合じゃ、なかったよね。
戦況は覚醒シーンを待ってはくれない。だって、この世界はこの世界だもの……!
異世界がシビアすぎて、仲間が死にそう!!!
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