第53話 ラノベシュ・ジンコウ
街に戻るため、俺達はひとまず更衣室を交代で使い、全員が私服に着替えた。
更衣室まで移動する間も、更衣室を出た後も、終始無言。俺が砂浜で吐いた時から、周囲の雰囲気は最悪だった。
「えっと、これから向かうのはギルドってところで……。えっと……あぁ、説明が難しいでやすね……」
小柄な少女が俺に気遣うような目で、しかし腫れ物に触るような態度で目的地を教えてくれる。
俺は真面目に反応する気分にもなれず、よく分からないながらも適当に頷いた。
「≪不可侵全裸≫は、おそらく普通の兵士として発言力を伸ばしていってたんだろうな。もし私達がマリンドラゴンを倒さなければ、コウタを放置して今の地位を守るつもりだったんだろうが……」
「ドラゴンを倒されて、流石にそういうわけにもいかなくなった、ってことかニャ……」
知らない人の会話に自分の名前が出てくるのは、妙な気分だ。
しかし話の内容が分からないので、俺はただただ彼女達の後ろをついていくことしか出来ない。
そんな調子でいると、猫耳少女が突然俺の方を向いて呟いた。
「……暗いニャア……。どうやったらこの大人しい子が、あんな狂気に染まるのかニャア……」
「俺、狂気に染まってたんですか!?」
もたらされた情報があまりにも予想外で、流石に看過できずに大声で聞き返した。
その反応に驚いたのか猫耳少女は呆けたような表情になったが、やがてニヤリと笑い、言った。
「そのテンション、やっぱりコウタの素質ありだニャ」
その言葉を聞いて。俺は記憶を失う前の俺について、聞く決心がついた。
もしかすると、話を聞けば分かることもあるかもしれない。
どうやって変われたのか、そして、どうやって一歩前に進めたのか。
たとえ変わる自信がなくなるだけだとしても。俺は、聞かなければいけないような気がした。
「ま、要するにバカだったってことニャ」
猫耳少女のリナさんの話は、そんな一文で締めくくられた。
本人を前に容赦なさすぎじゃないかと思いもするものの、俺が抱いた印象も同じようなものだった。
バカなんじゃないのか、俺。
「意味もなくタメ口になって、意味もなく無茶なことして、格好つければ逆効果……。正直、自分だとは信じられないんですが……。というか信じたくないんですが……」
「私もそう思うニャ」
ここが自分のいた世界と違うというのは、蟹人間を見たので案外すんなりと認められたが。
記憶を失う前の俺が、自分と同一人物だということはどうしても信じられなかった。
何故変われたのか? その答えも得られなかったが……。
「でも、それでもコウタは格好良かったニャ」
照れ隠しするように顔を少し背けて、そんなことを言うリナさんを見ていると。
やはり、昔の俺には届かないのだと感じてしまう。
一見バカに見えても、今の自分よりは、よっぽど大事な人物だったのだと実感させられる。
誰かに必要とされる、自分。そんなの想像もつかなかった。
「あれ? ところで、さっきの話にラノベシュ・ジンコウさんは出てきてませんでしたよね?」
俺が覚えていなかったというだけで、リナさんが大泣きした人物。
てっきりリナさんにとって大事な人なのだろうと思っていたが……。
「いや、私はそんな奴、全然知らないニャ?」
「へ?」
あっけらかんと言うリナさんに、俺は拍子抜けを喰らった。どういうこと?
「コウタが言うには、常に脳内で独り言してて、それが時々口に出る怪人物らしいニャ」
「怖っ」
「そうだよニャ? 良かったニャ、君の感性はまともみたいニャ……」
リナさんが、心底安心したという表情で呟いた。
でもそんなに関係がないなら、何故あの時、リナさんは泣いたのだろうか?
「ラノベ主人公は、コウタの憧れだったらしいニャ。その人の真似をしている内に、コウタは空回りしておかしくなったんだと思うけど……」
リナさんの言葉を聞いていて、今更ながらラノベシュ・ジンコウというのがラノベ主人公のことだと思い当たった。
ライトノベルの、主人公ということだろう。だけど俺は、ライトノベルなんて話に聞くだけで、読んだことなどなかった。
おそらく引きこもってる最中に、現実逃避の一環で出会ったのだろう。
やっと俺の変われた理由に近づけたというのに、ライトノベルについて詳しくないからどうしようもない。
丁度、ライトノベルに出会う直前くらいから記憶をなくしてしまったようだ。
「俺は一体、どうすれば……」
話している最中も、ロップさんとレイさんの俺を気遣うような態度が俺を焦らせ、気分が悪くなる。
だが幸いなことに、目的地は目の前まで迫っていた。
「ここがダイソン街のギルドでやす。≪不可侵全裸≫の息がかかってる可能性もなくはないでやすから、コウタは気をつけておいてくだせぇ」
ロップさんの言葉に頷き、俺はギルドの建物を見つめる。
下手をすれば、フルチンが先回りしているかもしれない。俺はフルチンに会いたくないなと思いながら、生唾を飲んだ。
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