第50話 歪装竜

 体が水で出来たドラゴンに、通常の攻撃ではダメージを与えることは出来ない。


 だからまともな攻撃手段はダンジョン賊の水を操る魔法のみ……なのだが。


「いい加減に目隠しを外せこの野郎っ!」

「嫌だっ! 目があったら化け猫に殺される! 嫌だぁぁぁ!」


 ダンジョン賊は絶賛ボイコット中だった。目の前ではリナ以上にヤバそげなドラゴンがこっちを狙ってるのに、呑気なものである。


「今だけは我慢しろ! リナは今、水着姿のピチピチギャルだから! 怖くないよ!」

「嫌だぁぁぁ、ピチピチギャル怖いぃぃぃ!」

「こいつっっっ!」


 前回の水着はビームを出すと焼ききれる上に高価なので、リナ達は今、普通のビキニ姿だった。


 目の保養になって俺は大変士気が上がるのだが、ダンジョン賊がリナを意識してしまうという意味では裏目に出てしまったようだ。


「仕方ない、こうなったら荒療治だ……。リナ、ダンジョン賊を攻撃してくれ!」

「分かったニャ!」

「打てば響く返事! ちょっとくらい動揺しろよ……。まぁいいや、頼んだ!」


 俺の指示でリナがダンジョン賊に迫り、剣を振りかぶる。


 エコーでそれを察知したダンジョン賊は顔面を蒼白にして目隠しを取り外し、リナとは反対方向に逃げた。立ち塞がるは海の守護者、シードラゴン。


「そこをどけっ、邪魔だぁっ!」


 しかしダンジョン賊は一切怯むことなく、シードラゴンに攻撃をけしかけた。リナの方がよっぽど怖いらしい。


 どんだけ恐怖体験だったんだよ、あのダンジョン……。


「よしっ、レイはダンジョン賊をいつでも回復できるように前へ出て、ロップは俺用に土を集めてきてくれ! リナ、ダンジョン賊はもう攻撃しなくて良いから!」


 俺は砂浜に魔方陣を広げながらみんなに指示を出し、ダンジョン賊を支援できる体制を整えた。


 ダンジョン賊しかまともな攻撃が出来ないからという理由もあるが……。例えドラゴンに実体があったとしても、俺は大体同じようなポジションにいるつもりだった。


「水中戦のリベンジ、果たしてみせる……!」


 理由はやはり、前回のクラーケン戦。土属性の相性が悪かったということもあるが、前回の敗因は殆ど、俺が調子にのって前に出すぎたせいだ。


 自覚こそなかったが、英雄と呼ばれて鼻が高くはなっていたのだろう。ドラゴンゾンビ戦で俺大活躍だったやんみたいな自負も、なんだかんだあった。


 だけど、俺の強さはそうじゃなかったはずだ。


「≪土転換≫、≪土の双璧≫、≪硬化≫!」


 姑息な防御、後からのバックアップ、隙を見ての奇襲!


 間違ってもラノベ主人公とは名乗れないこの地味さ。でも、それを恥じることはなかったのだ。自分一人で何かをする必要なんて、どこにもないのだから。


「シードラゴンが海に潜ったニャ! 体が水だから、どこにいったか分からニャい!」

「海中から確実にダンジョン賊を狙い撃つ気だ! ダンジョン賊とレイは一旦土の壁まで後退して!」


 嫁のためなら命も惜しくないと言ったマンドラゴラの姿が、脳裏に浮かぶ。あのクエストのお陰で、俺は自分の在り方を思い出せた。


 どんなに自分が弱くたって、生きる意味は……あるっ!


「グロロロロロロロロ!」


 獲物が遠ざかったシードラゴンは、また海中から頭を突き出した。

 そしてダンジョン賊が離れたのをいいことに、頭の先端に水を溜めて水流の射出準備をする。


「ダンジョン賊、土の壁が壊された瞬間に水流を押し返すって出来る!?」


 未だに名前を覚えられないていないが、俺はダンジョン賊に呼び掛ける。


 これまで頼りなかった彼だが、今回は珍しく頷いた。


「土の壁で勢いが削がれれば、おそらく。私の魔法は、あの竜を参考に開発されたものだからな」

「良かった、任せたぞ!」


 相変わらず他人に任せっぱなしだが、気にしない。


 俺は自分の作業に専念して、ダンジョン賊のために土の壁を増設した。


「≪歪装竜≫!」


 シードラゴンが射出した水流は、俺の作った土の壁に勢いを鈍らせはしたが、結局は突破して俺達へと向かってきた。


 そこに撃ち合わせるように、ダンジョン賊も手の平から水流を射出する。それは勢いの衰えたシードラゴンの水流と拮抗し、果ては押し返した。


「グロロロロロッ!」


 押し返された水流を受けて、シードラゴンはまたしても海中に潜った。

 普通であればどこにいったか見えないが、今だけは水流に混じった土が混ざっているお陰で場所が分かる。


「≪不可侵全裸≫を待ってたら魔力が尽きる! 今が追撃のチャンスだ!」


 俺は土の壁を増設しながら、みんなを慎重に海中へと誘導する。そしてみんなが指示した通りのポジションについてから、俺は海中へと潜った。


 やっていることはクラーケン戦と同じだ。しかし、前回の二の舞にはならない!


「≪硬化≫!」


 泳いでシードラゴンへと向かうダンジョン賊に近づき、防御力を上げる。


 土属性魔法がなくても、俺には支援魔法がある。たとえ裏方だとしても、それは立派な力だ。


「≪筋力増強≫!」


 そして、水の中で支援魔法を最大限活かすために、俺はロップに頼んである準備をしてもらっていた。


 合図を出し、ロップから大きな筒状の槍を受けとる。ドラゴンゾンビ戦でもお世話になった、≪重槍グラビトン≫だ。


 俺の持っていた槍にもこの槍にも、ロップの改造で柄の部分に糸のようなものが追加されていた。俺はその糸の持ち手を掴みながら、無造作に二つの槍をぶん投げる。


「これ、やっぱ結構怖いニャ!」


 槍の向かう先にいたリナが、口の動きだけで不満を示す。

 しかしその目から闘志は消えず、俺の指示通りに鋼の板を何枚も作り出した。


 俺の投げた槍がその板に当たり、前に押し出す。また槍を引き戻し、他の板にも同じことをする。

 こうすることで遠くから安全に遮蔽物を前に押し出して、ダンジョン賊がシードラゴンに近づくための安全な経路を作り出した。


「≪硬化≫!」


 シードラゴンが板を攻撃してきたら、糸と槍を伝って板を硬化する。この魔法を伝導させる改造も、ロップがしてくれたものだった。


 その板の裏に隠れながら、ダンジョン賊は土の混じったシードラゴンに近づいていき……。俺の槍が支えていた板を蹴りつけ、一気にシードラゴンの懐へと飛び込んだ。


「やっと近づけた。≪爆散水ウォータープロード≫」


 ダンジョン賊が使ったのは、手に触れた水を爆散させるだけの簡易魔法。


 しかしシードラゴンが実体を持たずに水の体になっていたがために、その効果はてきめんだった。


 最後の抵抗とばかりに土の塊がダンジョン賊へと迫ったが……。


「≪歪装竜≫……」


 先ほど蹴りつけた板に≪領域支配≫で魔方陣を設置していたのだろう。シードラゴンは死角からの一撃を喰らい、流石に息絶えた……っぽい。


 実を言えば、海に入ってからは土の群れが海を動き回ってるようにしか見えてないので、いまいち何が起こってるのか分からなかったのである。


 どう取り繕おうと、結局俺は蚊帳の外であることに変わりない。

 俺は海面に顔を出して酸素を補給しながら、シードラゴンってどうやって声を出していたんだろうと呑気に考えた……。






「なぁレイ。もし悩みがあるんだったら、聞かせてくれよ」

「はぁ? どうしたんだよいきなり……」


 皆が海を出てから、俺はレイにそう語りかけた。


 レイは呆けたような顔で驚いていたが、シードラゴンを倒したばっかなのだし仕方なかった。俺でもタイミングは悪いと思う。

 でも、今言うべきだと思ったんだ。


「教会の一件から、レイ、ちょっと元気ないだろ? 気づいてはいたけど、教会の話なんてされても分からないからさ。聞いてもどうしようもないと思ってたんだ」

「あぁ、実際どうしようもないな」


 俺の話を聞きながら、レイはどんどんつまらなそうな顔になっていく。しかし、俺は話をやめなかった。


「だけど俺は同時に、仲間がいないとどうしようもないこともあるって、最近思えたんだ。今回のクエストもそうだし、これまでだって本当はそうだった」

「…………」


 レイは表情こそ変えないものの、黙って俺を見ていた。


「だから……たとえ俺に何も出来ないのだとしても、頼ってくれよ。いや、違うな……。頼って、ほしいんだ」


 俺は若干どもりながらも、最後まで言いきった。


 ヒロインを説教する訓練だけは生前から欠かさなかったのに、自分の願望を打ち明けるのは相変わらず慣れない。


「……。お前には関係ねぇよ」


 しかし、レイは結局、何も言ってはくれなかった。その表情はとても悲痛そうで、どうにかしたいと……生前では思いもしなかったことを思ったが……。


「やっぱり、放っておくわけにはいきそうにないですね」


 言葉を続けようとした俺を、新たな声が遮った。


 声のした方へと顔を向けると、そこには全裸の男がいた。部隊を引き連れているはずなのに、一人で立っている。


「遅いよ≪不可侵全裸≫。もうシードラゴンは倒したぞ?」

「知ってるよ。だから君を殺しにきた」

「!?」


 まさか報酬狙いか!? でもシードラゴンって水で出来てたから素材とかないんだけど、報酬貰えんのかな!?


 俺は割と呑気な思考を巡らせつつも、≪不可侵全裸≫の真意が分からずに戸惑っていた。しかし、続く言葉は明瞭過ぎるほどに分かりやすく、彼の考えを示した。


「君は、僕の名前になんて興味もないのだろうけど。それでも言うよ……」


 静かな前置きを経て、彼は言った。


「僕の名前はスロウ。魔王軍幹部の一人だ」


 それだけ言うと、不可侵全裸は俺に近づき、額を手刀で切りつけきた。


 たったそれだけのはずなのに。彼はまともな攻撃手段を持っていないと言っていたのに。


 俺の視界は真っ赤に染まり、体から一切の感覚が消失した。


「僕はね、ラノベ主人公が嫌いなんだ」


 その言葉だけが耳に届いて。そこで俺の意識は途絶えた。

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