第48話 マンドラゴラの説法

 これまで討伐クエストばっかりやっていたものの、実際にはそれと同じくらい討伐とは関係ないクエストもある。

 魔獣の生態研究クエストとか、召喚獣を飼育するクエストとか。召喚獣って召喚される前は、他人に飼育されてるもんなんだね。


 でまぁ今回の採取クエストもそういうクエストの一つなわけだけど、俺は正直乗り気じゃなかった。


「やっぱ、ちゃんと特訓しなきゃだよなぁ・・・・・・」


 クエスト地点への移動にあたり、俺の頭の中はクラーケン討伐クエストのことでいっぱいだった。全く役に立てず、《不可侵全裸》にも呆れられてしまった一件だ。


 本来ならもう少し上手くやれたはずなのにという思いが、焦燥となって俺を焦がす。表面に出すことこそないが、やはりクエストを受けると嫌でも思い出してしまった。


「採取クエストなんてやってる場合じゃない気もするんだけどな・・・・・・」

「ん? 何か不満なのニャ?」


 このクエストを選んだリナが、俺の呟きを聞き逃さなかった。無駄に聴力が良くて困る。


「いや不満ってわけじゃないけどさ・・・・・・。前回役に立てなかった分、討伐クエストとかやって鍛えた方が良いんじゃないかってさ」

「そんなこと気にしてたのニャ? 気にするだけ無駄ニャよ。このご時世、どんなに強くなろうとも死ぬときゃ死ぬニャ」

「みんなそんな意識で生きてんの!?」


 辛っ! 気が滅入るだろその考え方!


「それに何より、クエストの上手い下手なんてのは討伐クエストをやった回数だけじゃ決まらないしニャ・・・・・・」


 リナは優しく微笑んで、そんなことを言った。


 クエストの経験以外となると、何だろう、魔法の才能とかそういう話・・・・・・? この優しい微笑みは同情か? それとも嘲笑か!?


 なおさらブルーな気持ちになりつつ、今向かっている湿地を遠目に見遣る。不気味な植物がたくさん生い茂っており、見てるだけで盛り下がった。こんな場所ばっかりかよ。


「で、マンドラゴラはどこにあるんだろう・・・・・・?」

「あ、見てくだせぇ! あれじゃないでやすか!?」


 湿地に入って真っ先に確認すると、ロップが声を上げた。指さす方向を見遣ると、地面に男の人が突き刺さっていた。


 植物要素が一切ないんだけど。この人、湿地に脚がはまっちゃっただけの人じゃないのかな。


「たすけてー。たすけてー」


 助けを求める男。やっぱりこれただの人だよ。


「分かりました、今助け・・・・・・」

「《風車》!」


 俺が男の人を助けようとすると、横合いからリナが風魔法を放ってきた。それは男の人に直撃し、彼の柔肌を削り取っていく。


「ちょっ・・・・・・! 何やってんだよリナ!」


 いくらリナでも、ここまで意味もなく残虐行為しなかったようなってか殺人ーっ!


 この世界に慣れてきたとはいえ、流石に理不尽すぎて叫んでしまう。追撃もしないであげて!


「一体何を焦ってんだ? まだ鼓膜を失う覚悟ができてねぇのか?」

「まだって、いつになってもできねぇよ! え、てか鼓膜? もしかしてこの人がマンドラゴラ?」


 レイの言葉に違和感を覚えて注視すると、確かに先ほどの男は人ではなかった。リナに攻撃された体からは、血の代わりになんか緑色の汁が出ていたのだ。キモい。


 地面に人が埋まってる時点でその可能性は高かったとは言え、よく人の姿をしたやつをここまで躊躇いなく攻撃できるよな・・・・・・。


「や、やめてください! 命だけは! 命だけはぁ!」


 俺が呆れていると、マンドラゴラが命乞いを始めた。やっぱりこいつは人語を操れるようだ。


「何でもしますから! 助けて! 助けてぇ!」

「そういえば、喋るマンドラゴラってかなりレアだったような。リナのお嬢、攻撃をやめてくだせぇ! こいつは生け捕りした方が価値がたけぇでやすよ!」


 ロップがリナの攻撃を制止するが、特に助ける意思はないようだ。偏見だけど、ロップに生け捕りにされたら今殺される以上に悲惨な運命が待ってそうな気がする。


「そんなぁ・・・・・・。ここは見逃して貰えないでしょうか・・・・・・」

「そういうわけにもいかないニャ。私たちの生活費もかかってるしニャ。てか地面に埋まってるだけなら死んでもよくないかニャ?」


 リナは平気で首を振ると、辛辣な追求を重ねた。酷いっ!


「そんなこと言わないで下さいよ・・・・・・。確かに私も、なんのために生きてるのか分からなくなることはありますよ」

「植物だしニャ」

「ええ、だけど」

「収穫ニャ!」

「話聞いて下さいよ!」


 マンドラゴラが反論しようとしても、リナは一切取り合わない。まぁね、植物に付き合ってらんないよね……。


「私たちマンドラゴラは、絶滅の危機にあるのです。マンドラゴラの特性を知っている人間達も、回復魔法があるからか問答無用で私たちを狩っていきました。だから私は、叫ぶことをやめ、こうして人間たちと話し合うべく言語を覚えたのです」


 同情を誘うためか、マンドラゴラが身の上話を始める。


 回復魔法が責められてレイがピクリとだけ頬をひきつらせたが、マンドラゴラは構わず話し続けた。


「しかも収穫された後に叫ぶって、自分が生きる分には全く意味のない特性ですしね」

「うわ、確かに意味ない! なんか俺、こいつとなら分かり合える気がしてきた!」


 悲しい生態に悩まされる感じ、すっげぇ覚えがある!


 俺は植物に共感して、リナとマンドラゴラの間に立ち塞がった。


「みんな、マンドラゴラだって必死に生きてるんだ! こいつは生かしてやらないか!?」

「うわっ、コウタが一瞬で敵の口車に乗せられやした!」

「やっぱ叫ぶよりか情に訴える方が効果あるんだな……」


 俺の突然の行動にロップが目を剥き、レイが感心したように呟いた。


「ふぅ、敵が一人増えた……かニャ」


 でもリナは動じない。どころか戦う気満々である。

 すいませんっしたぁ! 土属性の分際で、鋼属性様を敵に回しちゃいけませんでしたぁ!


 俺はすぐさま降参し、リナの方へと移動した。ごめんねマンドラゴラ。俺にお前は救えないや。


「そ、そんな……」

「ってわけで、大人しく生け捕りにされろニャ。叫ぶなら叫ばれる前に声帯を切り取るまで……!」

「ひいぃっ……!」


 マンドラゴラはやっと植物らしく顔を青ざめさせたが、やがて観念したように目を伏せた。


「分かりました・・・・・・。もう私が生きるのは諦めるしかないのでしょう・・・・・・。でも、家内だけは! 家内にだけは手を出さないでいただけないでしょうか!?」

「おっ、ここらへんは他にもマンドラゴラがいるんでやすか? バリバリ稼げやすね」

「しまった!」


 こいつ、自分から犠牲者を増やしやがった。俺以外の情に訴えても駄目なの分かってただろ!


「でも本当に・・・・・・家内だけは許してくだせぇ・・・・・・。受粉させただけの関係でやすが、それでも私にとっては何よりも大切なのです!」

「そっか、植物だから受粉させただけになるのニャ・・・・・・。つくづく寂しいニャお前・・・・・・」


 リナが冷めた声で言った。童貞の俺、冷や汗だらだら。


 でも、家族のためを思って泣き叫ぶマンドラゴラには流石のリナも心動かされたのか、先ほどまでの討伐に対するがっつきはなくなっていた。


「なんのために生きてるのか分からなくなることはあります。ええ、ありますとも! だけど・・・・・・この命、家内のために使えるのであれば、無駄ではないと思えます」


 マンドラゴラは熱さと寂しさが同居した口調で言い募った。所詮は植物。出来ることも殆どなければ、自分の存在価値を実感することもないだろう。


 だけど、それでも生きる意味はあるのだと。マンドラゴラはそう言ったのだ。


「だから・・・・・・どうか、家内だけは・・・・・・!」

「・・・・・・分かったニャ」


 リナは優しく微笑んで、マンドラゴラに頷いた。そして、同時に迸る剣閃・・・・・・!


 いつの間にか鋼の短刀を構えていたリナが、マンドラゴラの胴体を横一文字に切りつけていた。えぇ、このタイミングで・・・・・・。


 奇襲のおかげで叫び声を上げることもなく、マンドラゴラは上半身だけ地面に倒れた。


「安心した時に斬りつけられれば、流石のマンドラゴラも叫び声を上げる余裕がないニャ。これマンドラゴラ採取のコツだから覚えとくと良いニャ。なんとか無傷で討伐できて良かったニャア・・・・・・」

「採取クエストは普通、無傷で当たり前だけどな!?」


 鼓膜の心配をしなきゃいけない時点でおかしいのである。


「生け捕り・・・・・・したかったでやす・・・・・・」


 ロップはロップで悲しそうにしてはいるが、マンドラゴラの突然死を悲しむ様子はなかった。お前らに情はないのか。


「な、なぁ、リナ。油断させるための作戦だったなら、もしかしてさっきの約束も守らない気か?」


 恐る恐るリナに問いかける。流石にここでマンドラゴラの嫁まで殺す気だったら止めるつもりだったが、リナは首を横に振った。


「いいや、もう疲れたし、一匹だけで十分ニャ。そろそろ帰ろうニャ」


 リナはまた優しい笑みを顔に浮かべて言った。口では疲れたなんて言っているが、マンドラゴラとの約束を果たすためだろう。植物との約束を守る辺り、なんだかんだ優しい。


 しがない植物ではあったけど、マンドラゴラの死は無駄ではなかったのだ。


「じゃ、収穫物の運搬はいつも通り交代制ニャ。最初は私が持つニャ」


 言いながら、リナは髪の毛のように見えるマンドラゴラの葉をむんずと掴んで持ち上げた。マンドラゴラの上半身をブラブラと揺らしながら、リナは街の方角へと向かう。


 やはり、この世界に優しさはなかった。

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