第14話 今度は魔王が本気出す
「はっはっは。まさか、変身するとは思わなかったな」
「ダーリン、さっきよりも魔力が上がってる。確実に数段、能力が上昇したはずよ」
「それは見れば分かる。問題は………」
変身して一分ほどが経過。今のところカイゼルに動きは見られない。何をしているのだろうか。もしくは、何もしていないのだろうか?
「お前は聖剣を取りに行け。ここは俺が喰い止める。死なないように戦うのは得意だからな」
「…………死なないでね」
短くない逡巡の後、ヨルハは建物を降りて駆け出した。
「……貴様は行かなくてもよいのか?」
「お前を抑えなきゃならんだろう?だから残った」
「ふっ。なるほど。ならば、こちらは追手を送らせてもらうとしよう」
カイゼルはそう言うと、自らの影から体長3メートルはあろうかというほど大きくて黒い魔犬を六匹放った。ジャックは咄嗟に剣を振るって二匹を消したものの、四匹を逃してしまった。
「チッ! わざわざ足の速いバケモノを放ったのか。抜け目ないな」
「我は余裕を見せるが油断はしない主義でな。では、死合をしよう。〈魔吸蝙蝠〉」
「『輝く聖盾』!!」
「ほう?防ぐか。なかなか楽しめそうだ、な!!」
カイゼルは魔力で生み出した蝙蝠たちを放った直後、これまた魔力で作り出した大剣を持ってジャックに斬りかかった。
「俺は、剣の腕はっ! 未熟なんだよっ!!」
「確かに太刀筋は不格好。されどそこに無駄はなし。見事なものだ。我には届かぬがな?」
「〈火よっ〉! ――なら、剣以外で戦ってくれないか?」
「ふんっ! それこそ貴様の土俵であろう?ならば、こちらは剣で戦うのみ。そらっ! 少しづつ貴様の命に近付いているぞっ!」
カイゼルの言う通り、ジャックは傷こそ負わずにいるものの、少しずつ後退を強いられている。そこまで大きな建物ではないため、ジャックは縁に近付くたびに魔法での移動を強いられる。いかに魔王と呼ばれるジャックでも、魔法を無限に使えるわけではない。剣を振るのに魔法を使っている以上、必要以上に魔力を消費するわけにはいかないのだ。
「少しずつ、貴様の魔力が減っているのが分かるぞ。さて、いつまでもつかな?」
「嫌らしい戦い方だなっ! それでも吸血鬼の王かよっ!!」
「なんとでも言うがいい。勝者こそが正義なのだから。死人に口なし。卑怯と罵られようと、勝てばいいのだ。貴様は、そうするに値すると我が定めたのだからな!!」
「てめえ、絶対王じゃねえだろっ!!〈飛べ〉!」
「そのような風の塊、我には通じんっ!!」
「めんどくせえっ!〈爆ぜろ〉!!」
「甘いっ!! この程度の爆風、我には温く感じるぞっ!!」
「やっぱり威力が低いな。だが、詠唱が長いと踏み込まれるし……」
「フッハッハ! 手が無くなってきたようだな。フンッ!!」
「『雷鷹』――—きた、『雷電網』!!」
「ヌオッ!?これは油断した!!」
ジャックが放った、雷で出来た鷹を大剣で斬り捨てた直後、カイゼルはその鷹を形作っていた雷が形状を変化させて生み出された網によって絡めとられた。
《四方の楔 巡りて廻り 廻りて集う 描くは円 十重二十重
狭めて締めよ 天まで届け》『光陣二十重塔』
「とりあえず封印したが、いったいいつまで保てるか。ヨルハが聖剣持って戻って来るまでは、なんとか抑えておきたいけれど……」
そう言った直後、カイゼルを封印している塔にヒビが入った。今のところ一ヶ所だけだ。
「まあ、そうだよな。簡単には壊せないが、時間を掛ければ出てこれるよな。もう一つ封印を……いや、一個でも魔力を喰い過ぎるからな………」
ジャックが思考を巡らせている間も、ヒビは少しづつ拡がり続けている。一面のみだが、既に高さの半分ほどにまで達している。
「一時間が限界だな。いや、あの感じだと一時間と掛からず出てきそうだ。ヒビの拡がり方次第か。早く戻ってこい、ヨルハ」
ジャックがヨルハを頼りにしながら封印を維持している時、ヨルハは全速力で街の外へと駆けていた。途中で合流したティルの案内に従い、聖剣を届けようとしている四人の元へと。その胸には、ジャックに頼られた嬉しさと、残してしまった後悔と、ジャックが死んでしまうかもしれない不安とで埋め尽くされていた。それは表情によく表れていた。
「ティル、まだなの?」
「もうすぐです、御姉様――避けてっ!!」
街中を全速力で駆けていた二人の元に、一本の黒い槍が飛来した。それは二人の目の前に着弾し、行く手を瓦礫で遮った。
「まさか、まだ生きてたなんてね。御姉様、このまま道沿いに進んでください。その先にある門から外に出てさらにまっすぐ進めば合流できるはずです」
「詰めが甘かったようね。ちゃんとやりなさい………死ぬんじゃないわよ。ダーリンがきっと悲しむから」
「わかってます。さっさと片付けたらすぐに追いかけます」
ティルと言葉を交わすと、ヨルハはさらに加速して門へと急いだ。その直後、ティルの目の前には、視点の定まっていない、足がふらふらしているルナリアが現れた。
「さて、死にぞこないの相手は僕だ。今度こそ確実に殺してやるよ」
「……ワタシ、は…まだ………死ンデ、いないゾ。わ、たし…は、マダ、終ワって……ない」
「……ふらふらの状態でよくここまで来たもんだ。意識もまともに保ててないんだろう?執念だけでよくやるよ。魔族ってのは、つくづく恐ろしい生き物だね」
ティルが近付こうとした瞬間、ルナリアの足下に魔法陣が浮かび上がった――かと思うと、直後に黒い靄が彼女を包み込んだ。
「ロード、ワタシはまだ、やれます! 戦えますから—――」
「マジか。これは前言撤回したくなるね。さすがにこれの相手は僕だとキツイ」
黒い靄に包まれた後、靄が晴れた後には漆黒の騎士甲冑に身を包んだ姿がそこにあった。禍々しく捻じ曲がった角。対峙する者に恐怖感を与える、獰猛な生き物を模したかのような面。見るからに頑丈そうな鎧。
変化はそれだけでなく、黒騎士からは純粋な殺気が放たれている。魔力も、カイゼルと引けを取らないほどに濃く、とても人が戦える相手には見受けられない。
手に持っている剣は、刃の部分が真紅で、そこより下は全て黒。一目で魔剣と認識できるほどにこちらも濃い魔力を放っている。
「魔法を付与した剣じゃなくて、魔族の作り出す魔力の塊の剣か。まともに受けたら斬り捨てられるだろうな。魔力量的に負けてるから」
黒騎士は微動だにしない。何かを待っているのか。それともまだ、動けないのか。ティルはとりあえず距離を取ることを選択した――のだが。
「動かないうちに距離を取っておかないとな――なっ!?」
微動だにしなかった黒騎士は、右腕を上げたかと思うと、すぐに振り下ろした。持っていた魔剣から魔力で生み出された真紅の斬撃がティルへと一直線に走る。
「それはマズい!!」
ティルは距離を取ろうと跳躍した瞬間に放たれた斬撃を、空中で大気を蹴ることでなんとか回避した。
しかし、その威力は凄まじかった。地は斬撃によって抉れ、背後にあった建物は一撃で粉々に砕けて崩壊。斬撃は建物を十軒ほど破壊して消滅した。距離にして百メートルほど。
ギリギリで避けたティルは、片膝をつきながら荒い呼吸を繰り返していた。
「これは本格的にマズいな。確実に仕留めなかった僕のせいだ。あそこでちゃんと仕留めていればこうはならなかったのに……!」
「――後悔するのは後です。今は目の前の事に集中してください」
「っ! ジャックの妹か。手助けしてくれるのかい?」
「アレを放っては置けません。早急に仕留めなければ取り返しのつかないほどの被害を出してしまいますから」
「だよね。僕はアレの一撃をまともに受けられない。君は?」
「……反撃は不可能です。受け止めるだけならば可能です」
「なら、君が受け止めてる間に僕が攻撃する。効くかどうかはわからないけどね」
「わかりました。任せてください。ただし、外さないでくださいね?」
「舐められたもんだよ」
二人は、斬撃を放ってからは再び動かなくなった黒騎士へと同時に駆けた。時間をかけては不利になると判断しての行動だろう。
一度は決着した戦いが、再び始まる。ルナリアは漆黒の甲冑を身に纏い、ティルはメルティナを味方にして。
ルナリアに変化が訪れていた時、ジャックの戦場でも、変化は訪れていた。ついにジャックも決意する。
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