第15話 ※※の片鱗

「このままだとジリ貧だね。僕も君も、手が無いとは」

「こちらの攻撃を一切無視してただ剣を振るっているだけですけど、それすら私には守るので精一杯ですから。反撃しようとすれば、その時こそ一刀で斬り捨てられるでしょう」

「あの鎧、魔力で隙間を埋めてるから僕の刃が通らないんだよね」

「……役立たずですね」

「それくらい分かってるよ。ただ、君一人では時間稼ぎ出来ないでしょ?」

「はぁ……分かってますよ。貴方が魔力の薄い部分を狙って攻撃しているおかげで、私に猛攻が仕掛けられていないことは」

「でも、やっぱり手が無いよね」

「ええ……」


 二人がのんびりと喋っていられるのは、ルナリアこと黒騎士が再度動きを止めたからだ。その隙を突けそうな気もするが、ティルが一度試して以降、二人は作戦を考えるための時間に当てた。


「あの自動で防御するのがまた面倒だよね」

「動きは止めても防御はしっかりとしている。厄介ですね。触れれば一撃で持っていかれそうですし」

「結界も意味を成さないし……」


 二人は戦闘が始まってから様々な行動を仕掛けた。


 ティルが一瞬の隙を突き、雷魔法で作られた鎖で剣を持つ左腕を拘束し、その隙を逃さずミルティナは正確な一撃を黒騎士の喉へと放った。

 しかし、黒騎士はその鎖を引き千切ってこれを迎撃した。結果、黒騎士はより慎重に行動するようになった。そのおかげで街への被害が若干減ったものの、ティルたちの攻撃手段も無くなってしまった。


 他にも、結界で閉じ込めたが瞬時に魔力によるゴリ押しで破壊されてしまったり。空間魔法による幻術を見せたが、その空間を魔力で吹き飛ばされたり。影分身で多方向からの同時攻撃を仕掛けたが全てを剣の一振りで消されてしまったり。

 

 考えられる全ての手を尽くしても時間稼ぎが関の山だった。


「君の攻撃も通らないとなると、いよいよ本当に打つ手無くなって、アレの暴虐を見ているしかなくなるよ」

「……兄様の御手を煩わせるわけにはいきません。今も戦っているのですから」

「じゃあ、御姉様が来るまで耐えるしかないね」

「それが出来れば、の話ですけどね」


 ミルティナが言葉を切った時、黒騎士は再び動き始めた。瞬時にミルティナとの距離を詰め、無造作に上段からの振り下ろし。力任せの、技も駆け引きも無い暴力。これを、ミルティナは手に持っているレイピアで受け止めたものの、地面に数センチめり込んだ。


「奔れ、『雷虎』! 『炎輪』!」


 空からは雷の虎が三匹襲い掛かり、地上からは炎の輪っかが三重になって黒騎士に迫った。

 黒騎士は、ティルの攻撃に合わせて退いたミルティナを追わず、雷虎を即座に斬り捨てて輪っかから脱出した。


「だいぶ警戒されてるね」

「みたいですね。身動きが取れなくなることを嫌っているのでしょう」

「でも、警戒されてるから時間稼ぎにしかなってないのもまた事実か」

「力任せの攻撃ばかりかと思えば、こうして、貴方に拘束されることを嫌って慎重になれるくらいには理性がある。かなり面倒な相手です」

「時間を稼げるのは僕らとしては歓迎だけど、いつまでこの状況に付き合ってくれるかが問題だね」

「それは貴方次第で――」

「――《開け 冥府の門》」

「ハハハ……さすがにアレは予想外、かなぁ………」


 黒騎士は突如呪文を唱えたかと思うと、巨大な真紅の門を召喚し、その中からそれまで持っていた剣よりも数段禍々しい大剣を取り出して右手に持った。


「さすがにアレの一撃は私でも防げませんよ……」

「だろうね。僕なら余波だけで死にそう、だっ!!」


 大剣の一振りで地形が変わってしまった。

 切先が突き立っただけで地面は半球上に抉れ、斬線にあった建物と街を囲う外壁は全て消し飛んだ。

 黒騎士の周囲にあった建物は大剣を振った余波だけで吹き飛んでしまっている。


「いよいよ本当にヤバくなったね……」

「あんなもの、誰が受け止められるものですか」

「近付くことも出来ないね。どうする?」


 ミルティナは苦渋の表情を浮かべながら、重い口をなんとか開く。


「……ここを離れるわけにはいかないでしょう。先程も言いましたが、アレを兄様の元に向かわせるわけにはいきません」

「そうだけど、アレに立ち向かえると思う?」

「難しい……いえ、不可能に近いと分かっていますが、それでも誰かがやらねばなりません」


 ミルティナの決死の覚悟を感じたティルはやれやれと頭を掻き、諦めたように嘆息した。


「……はぁ、分かってるよ。それにここで逃げ出したら、後で御姉様にどんなお仕置きを受けることやら」

「私が攻撃に専念します。貴方はアレの攻撃をどうにか逸らしてください。私は攻撃に専念してしまうと防御は捨てざるを得ませんから」

「無茶を言ってくれるね。まあ、それしかないから従うけど。あんまり期待しないでよね?」


 ティルと話し終えたミルティナは、早速攻撃を仕掛けに行く。

 全魔力を自身を覆う鎧と、レイピアの切先のみに集中させて突貫。

 ティルはミルティナから5メートル後方にて追随。


「一撃を入れたら撤退します。ついて来てくださいね?」

「分かってるよ。僕も死にたくないからね」


 黒騎士の放つ魔力の霧――というよりかは壁を二人は魔力を大きく消費することで駆け抜けた。その先には立ったまま動かない黒騎士が。

 ミルティナはただ殺すことだけを考えた必殺の一撃を放った。

 一刺しは狙い違わず黒騎士の喉を貫き、大きな穴が空いていた。

 魔族であれ、ああなってしまっては死ぬだろうと確信できるほどに致命的な一撃だった。



 しかし、ティルは言い知れぬ悪寒を感じてミルティナを連れて後退しようとした――その瞬間。


「ミルティナッ!!」

「っ!!?」


 ティルの悪寒は正しかった。

 黒騎士は魔力を溜めていたのだ。だから、動かなかった。

 そして最悪だったのは、ミルティナの一撃が喉を貫いた時、黒騎士の準備が完了してしまったことだった。


 黒騎士は受けた攻撃をそのままに、右手に持った大剣に禍々しいオーラのような魔力を乗せて無造作に横に薙ぎ払う。

 ミルティナは一瞬の判断で、全魔力をレイピアに乗せて黒騎士の薙ぎ払いの軌道を少しだけ変えることに成功。

 このおかげでティルはギリギリ伏せることで直撃を免れたものの、余波で数百メートルほど飛ばされてしまった。



 吹き飛ばされはしたがティルは無事だった。

 そう、



「ミルティナッ!!」


 黒騎士の大剣を弾いた代償として、ミルティナのレイピアは砕け散り、本人は血塗れの状態でティルの手前に転がっている。

 見れば全身に傷痕が残っており、傷口には禍々しいオーラが纏わり付いていた。


 攻め時と判断した黒騎士は追撃しようとした――が、目の前に新たな敵が現れて後退した。



「ティル、大丈夫?」

「御姉様! 僕は大丈夫ですが、ミルティナが僕を助けようと無茶をしてっ!」

「見せてください。聖女である私ならば……」

「とりあえずここから離れましょ。このままでは彼女の邪魔になってしまうわ」

「リーンにイリナも…! 彼女を運ぶのを手伝ってくれ!」

「分かったわ。『茨人』よ、運びなさい」

「早く行って。ここからは私の戦場よ。義妹の仇は私が討つわ」

「御姉様、御気を付けて」


 ティル、リーン、イリナはミルティナを連れて急いでその場を離れる。

 残ったヨルハの右手には、銀色に輝く両刃の剣が。

 柄頭には青色の宝珠が、鍔の中心には赤色の宝珠が埋め込まれていた。


 黒騎士は強敵の出現に知らず興奮していた。

 滾る魔力を身体強化に回し、全力の一撃をヨルハにぶつける。

 対して、ヨルハは義妹が傷付けられたことに対する怒りを爆発させることなく、冷静に黒騎士の大剣を自らの剣で受け止めた――片手で。構えることなく。


「っ!!」

「私、今怒りで街ごとアンタを叩き斬りそうなの。だから、頑張って耐えてね?」


 ヨルハの怒気とも覇気ともつかない圧力を受け、黒騎士は一旦引こうとして――蹴り飛ばされた。


「少しは私の憂さ晴らしに付き合いなさい、この木偶の坊」




 ヨルハが戦闘を開始した頃、まだ被害の無い聖殿付近にて四人はいた。

 ミルティナの呼吸は荒く、生きているのが奇跡的な状態である。


「このオーラ……私にもどうにも出来ません。傷を塞ぐことは出来ても、このオーラが邪魔する限り魔法を受け付けてくれません」

「そうなると本当に打つ手なしよ。このまま血が流れるのをただ見ているしか……」

「ぐっ……僕が付いていながら………」

「そんなこと、今さらよ。あんなバケモノを相手に逆によくやったわ」

「だけど……これは!?」

「嘘……オーラが、焼失した?」


 三人が為すすべなく見守っていた時、突如ミルティナの体を炎が包み込んだかと思ったら、体に纏わりついていたオーラが消えていた。


「誰がこんなことを……?」

「そんなことよりも今は止血を……って、傷口が塞がってる!?」

「どうなってるの…?」

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