第16話 輝き始める聖剣

「ヨルハさん、加勢に来ました」 

「あら、大怪我してたのにもう大丈夫なの、義妹ちゃん?」

「軽口を叩けるくらいには余裕があるんですね?」

「確かに強いけど、この聖剣デュリンがあれば問題ないわ」

「そうですか。では、すぐにでも終わらせて兄様の元へと向かいましょう。今、ラルカさんが届けに行ってます。護衛にはティルさんが」

「そう。じゃあ、終わらせましょっか。コレの試運転は済んだことだし。義妹ちゃんは?」

「……では、私一人で御相手します」


 そう言うと、ヨルハに代わってミルティナが黒騎士の前に立った。

 先程までとは異なる威圧感を放つミルティナに、黒騎士は知らず一歩後退る。

 そのことに気付いた黒騎士は、気合を入れ直すように大剣を正眼に構えて強く握った後、肩に乗せて前傾姿勢になった。


「全力でどうぞ。この聖剣カリバーンの試し斬りをさせてくださいね」


 十分に力を溜めたのか、黒騎士は一気に駆けてミルティナとの距離を詰め、大剣を上段から振り下ろす。以前までとは違い、今度は精練な太刀筋だ。


 対してミルティナは、自身に再度身体強化の魔法を掛け、新たな聖剣――レイピアを左の手甲で支えて大剣を受けた。


「凄いですね。先程までとは段違いに力が漲ります。これも聖剣の加護のおかげなのでしょうね」

「そういうこと。加護はそれぞれに異なるけど、だいたい似たり寄ったりみたいよ。ただ、聖剣そのものの性質は全く異なるけどね」

「私の聖剣は、魔力を乗せれば乗せるほど切れ味が増すみたいですね。あと、より私の個性に合わせているみたいで、切れ味次第ではあの大剣を斬れそうです」

「へぇ~。私のは、決して折れない、っていう性質みたい。他にもありそうだけど、まだ試してないわ……なによ、その顔」

「いえ、私の聖剣の方が兄様の御役に立てそうだな~、なんてこれっぽっちも考えてはいませんよ?」

「………いいの?私とお喋りしてて。黒いのはやる気みたいよ?」

「問題ないですよ。今の私なら、あの程度の相手に後れを取りませんから。まあ、見ていてください」


 ミルティナは左半身を隠すようにして立ち、右手のレイピアの切先を黒騎士へ向けた態勢のまま、魔力を漲らせ始める。

 それに呼応するかのように、レイピアに嵌められている翡翠色の宝珠が輝きを放ち始めた。


 黒騎士は、さすがに黙って見ているわけにはいかないと判断して斬りかかったが、その悉くを切先のみで逸らされ、弄ばれていた。


「もう十分ですね。この一撃で終わらせます」


 ミルティナの剣は宝珠の影響か、輝いていた。

 黒騎士は警戒して全力で後退しようとした――その瞬間。


「それは悪手ですよ?『リ・ファル疾風』」


 ミルティナが一陣の風となって戦場を駆け、黒騎士の心臓を正確に貫いた。

 黒騎士の胸部には風穴が開いており、黒騎士は膝から崩れ落ちた。


「見事ね。一撃で仕留めるとは思わなかったわ。お姉ちゃんが褒めてあげる」

「誰が姉ですか、誰が。さあ、兄様の元へと向かいましょう」

「あら、確認しなくてもいいの?」

「誰に対して言ってるんですか?私が、仕留め損なうはずがないでしょう。しっかりとこの目で見極めて『核』を貫いたのですから」

「ふ~ん、そう。なら、ダーリンのところに行こっか、義妹ちゃん?」

「私は決して認めませんからね!!」


 二人がその場を離れてからしばらくして、黒騎士は灰となって消えた。まるで、そこには何もなかったかのように。





「どうした、先程までの勢いはっ!!」

「はっ! まだ強化を残してるとは思わなかったんでな。さっきの結界でほとんど使い果たしちまったよっ!『白虎』!」

「まだそれだけ動けるか。……その魔剣、触媒としてだけでなく、それそのものが自動で魔法を発動するのか」

「だとしたら?」

「それを叩き折ってしまえば、貴様の機動力も下がって狩りやすくなりそうだ」

「やれるもんならやってみろ。『朱雀』、『青龍』!!」

「小賢しいわっ!!」


 先程からジャックとカイゼルの攻防は、カイゼルが剣を振りまわし、ジャックは避けながら中級魔法で牽制しては逃げ回っている。

 黒騎士が生まれた時、時を同じくしてカイゼルはさらに能力を大幅に上げて、封印を無理矢理こじ開けて出てきた。


 それ以降、腕力の増したカイゼルの剣を受けては自身の剣が折れてしまうと判断し、ジャックは剣で受けることなく回避に専念するようになった。そのため、ジャックは封印前よりも魔力を消費せざるを得なくなってしまった。


「ちょこまかと…… 『影槍』」

「まだだ……『火錐』」


 カイゼルが自身の影で作り出した槍を飛ばせば、ジャックは三角錐型の火の盾を設置して防ぐ。


「相討つか。『枯れ枝絡み樹ドレインツリー』」

「チッ!『飛び火』」

「ここだっ!!」


 突如空中から生まれた枯れた枝がジャックへと殺到。

 対してジャックは、空中に火を生み出し、通過すると燃えるように仕向けた。

 これはドレインツリーを魔力や精気を吸い取ると判断しての咄嗟の行動だろう。


 自身の放った魔法で生み出した枝が燃えている中を、カイゼルは突っ切ってジャックに肉薄する。

 不意打ちを受けたジャックはギリギリのところで持っていた剣で軌道を逸らし、勢いそのままにその場を離脱。


「今のは良い攻撃であったが……上手くはいかないものだな」

「はぁ、はぁ……何が、良い攻撃、だ。こっちは危うく死ぬところだったんだぞ。火の中を突っ込んで来るとか、どういう神経してんだ?」

「あの程度、我には熱くもなんともない。それに、貴様は生きているではないか。あの程度ではまだまだ貴様の命には辿り着けないようだ」


 ジャックは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 火の中を突っ切って来れるという事は、やろうと思えば他の魔法による妨害も突破してくる可能性に思い至ったのだろう。


「さて、続きといこうか。まだ戦えるだろう?」

「もうヘトヘトで戦いたくないんだけどな」

「ならば潔く死ぬか?」

「それは勘弁だ」

「ならば本気を出せ。まだ隠している力があるのだろう?」

「……………」

「出さねば、死ぬぞっ!!」


 悠然と宙に浮いていたカイゼルが、再びジャックに肉薄して剣を振り抜いた。しかし、ジャックはそれを難なく回避しながら再び移動を始めた。


「うおっ!?」

「! その躓きは命取りだぞっ!!」

「………完成だ。《星を結んで形を為す》『六業結界』」

「ぬおっ!?ぬんっ!! ……まったく動けん。先程までとは段違いの結界か。ふんっ!!」


 結界が構築されてカイゼルの動きを完全に封じた事を確認すると、ジャックは片膝をついて大きく息を吐き出した。


 空から俯瞰して見ると、結界は星型をしていた。星を形作る点の部分はそれぞれに色が異なっており、赤、青、黄、緑、紫、そして結界の頂点は白となっている。底辺は星の形をした錐形の結界。

 結界だけで封印しているわけではないようで、各頂点からカイゼルに向けて線が伸びて巻き付いている。二重の結界構造のようだ。


 それまでの戦闘を遠目に眺めていたラルカ、リーン、ティルは、ジャックの行動を見て近付いて行った。


「――師匠、大丈夫?」

「はぁ……馬鹿弟子か。それは何だ?」

「――これは聖剣。師匠のための」

「まあ、もう必要無いみたいだけど」

「ティルか。まだ封じ込めただけだ。倒したわけじゃない」

「でも、封じ込めたんだから少しくらいは気を抜いたら?」

「まだだ。まだ気を抜いていい時ではない。力を残している可能性があるからな」

「そうなの?僕が見た感じ、もう諦めたようにしか見えないけど」

「分からないか?まだ闘志が漲っている。諦めてはいない証拠だ」

「――師匠、これ」

「ああ、すまないな。ありがたくもらおう」


『ようやく貴様の本気が見られるのだな』


「「「!!?」」」

「やはりまだ力を残してやがったか」

『それは少し違う。この結界はあの時の私では確かに破れない位に強固なものだった。そう、あの時には、な』

「命を消費して力に変換したのか。三人ともこの場を離れろ」

『フッフッフ……命など安いものだ。さあ、我を倒してみせよ、魔王!!』


 カイゼルがそう言った直後、カイゼルを封印していた結界は壊れてしまった。封印状態の時には消えていた魔剣も既に再生済み。穴だらけだったマントも再生されていた。


「これが聖剣ね……名は〈イクス〉か。この見るからに嵌めろと言わんばかりのポッカリと空いてるのは、まあ……そういう事なんだろうな」


 ジャックは手に持った聖剣を検めた後、地面に突き刺していた自身の魔剣の柄に嵌められていた縦長の宝珠を取り出し、それをそのまま聖剣の柄の同じ部分に嵌めこんだ。


「不思議と馴染むな。さて、お前の望んだ戦闘を再開するか」

「加減はナシだ。《我が身に集え 眷属の血よ》」

「試してみるか。《我が身に宿りし血の戒め 今一時枷を外さん》『限定解除・第一層』」


 二人が言の葉を紡いだ直後、明らかな変化が訪れた。

 カイゼルは血のように赤黒い色の鎧を身に纏った。

 ジャックの方は、聖剣に嵌めこまれている五つの宝珠のうち、一つが赤く輝き始めた。

 戒めを一つ解除するごとに一つの宝珠に光が灯る仕組みである。


「むぅぅぅんん!! 受けてみよっ、魔王!!」

「招来せよ、『紅帝』。《我が炎は命の輝きなり》」


 互いに赤くなった剣を握り、斬り結ぶ。

 カイゼルが上段から振り下ろせば、ジャックは斬り上げる。

 ジャックが横一線に薙げば、カイゼルは無理せず後退。

 カイゼルは気付いていたのだ。ジャックと剣を交えるごとに自身の魔剣を構築している魔力が削ぎ取られていることに。

 だが、なかなか動けないのはジャックも同じ。聖剣は確かに強い。

 しかし、ジャックの剣術はヨルハの動きを模倣したもの。それゆえ不測の事態に陥った時に対応しきれない可能性があるため、ジャックは自分からはなかなか踏み込めないでいた。



 カイゼルは吸血鬼の王として、不甲斐無い戦いは出来ないと判断したのか、鎧に回していた魔力を全て剣に注ぎ込んでジャックに斬りかかった。

 数合斬り合った後、鍔迫り合いをすること数秒。

 カイゼルは膂力に任せてジャックを弾き飛ばして間合いを作る。

 カイゼルは、ジャックが態勢を整えるまでの間に自身の剣を見た。

 剣の幅は始め直径四十センチほどもあったのだが、今では三十センチほどにまで縮小していた。

 お互いに相手を見据えながら、呼吸を整える。

 

「この一撃こそ、我の最後の一撃!!」

「最後というなら受けてやる。輝け、『煌剣』」


 上段から迫るカイゼルの魔剣をジャックは冷静に見極め、真っ赤に染まった真紅の刃を踏み込みながら横に振るってカイゼルの胴を薙いだ。

 カイゼルの剣があと数センチ大きかったら、ジャックも受け止めざるを得なかっただろう。


「ぐふっ……まだまだ、底が見え…ない……」

「灰となって散れ、吸血鬼の王」

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