第6話 聖都への道中

 今日も今日とて、のんびりと馬車は街道を行く。とくに何かあるでもなく、騒ぎもないままゆっくりと時間が過ぎていく。後ろでモゾモゾ動いている音がするが、そんなものはどうでもいい。気にしたらダメだ。

 

 今は右にラルカがいるだけ。暇なのか、人の肩に頭をのせて寝ている。ティルは後ろで荷物整理中。風景を見てばかりも飽きてきたのだろう。俺は楽しいけれど。


「にしても、相変わらず睨み合っているのか?」

「私は別にそうでもないわよ。彼女に言ってくれる?」


 リーンは俺の後ろ――御者台の側にいるのに対して、ヴェルナは真逆の、馬車後部にいる。時折外を眺めているかと思ったら、リーンを睨んでいたりと、よくわからない行動を繰り返している。


「そんなに話したいならあれこれ悩まず話しかければいいだろう?」

「――なんのことだ?私は監視していただけだ」

「一つ聞きたい。なぜ、あの村で逃げようと思わなかった?」

「言っただろう。お前達に付いて行った方が確実だと」

「建前だな。あの村で馬を借りた方が早い。一人であれば魔物に襲われる危険性は限りなく低い」

「……何が言いたい?」


 ようやくこちらを向いて会話をする気になってくれたようだ。

 面倒くさいな、拗らせた思春期の女というのは。


「興味があるのだろう?魔女というものが。だから意識する。だが、これまでに教えられた常識が、踏み出す一歩を踏み止まらせる」

「貴様に私の何が分かるっ!!」

「昂るな。そこの芋虫ヨルハが無駄に反応するからな」

「……今更ではあるが、勇者なのになんとも情けない姿だな」

 

 まあ、勇者と知れば十人が十人とも同じ感想を抱くだろうな。

 俺としては身の安全が保障されるのだから問題ないがな。


「女だろうと俺は――というか弟子は容赦しないからな。それで、本心ではどうなんだ?」

「以前も言っただろう。魔女は太陽教の最初に記されている敵だ」

「それはおかしいな」

「何がおかしい?」

「先程からお前の目には憎悪も敵意も一切感じない。矛盾していないか?」

「……………」


 図星を突かれたようで、無言のまま下唇を噛んで眉間を険しくしている。


「……以前の話には少し嘘がありました。母は魔女と呼ばれるようになった皆さんのことで悔いていました。出来るのであれば、直接謝罪したい、そう伝えるようにと内密に言付かっています」

「そんな言葉が信じられるとでも?あの子を処刑されたのにっ!!」

「信じてはもらえないかも知れないが、聞いて欲しい」

「聞くくらいはいいんじゃないか?」


 リーンは無言ではあったが、拒否しなかった。俺はそれを肯定と受け取ってヴェルナに目で合図を送る。おっと、俺は前を見ないとな。


「まず、謝罪を。『荒野の魔女』と呼ばれた少女は、二十年ほど前に処刑されました。それから、その他の魔女の皆さんは、我々の国に囚われてはいません」

「……二十年前?どういうこと?」

「母が、自分が尋問すると言って処刑を延期させ続けたのです。ですが、それも長くはもちませんでした。彼女からの伝言です。『自分は後悔していない。でも、みんなともっと一緒に世界を見たかった。それだけが唯一の心残り。「乙女」を恨まないで。彼女はみんなのことを考えて行動していたから。真の黒幕は――』」


 ヴェルナは滔々と話していたが、突如瞳から光が消えて何も話さなくなった。

 この状態、まさか………


「……?どうしたの?黒幕は誰?」

「あれ?思い出せない。どうして…?」

「プロテクトされているのだろう。おそらく情報漏洩を防ぐための魔法だ。教義を説かれている時か、教育を受けていた時に一種の催眠術として脳に無意識に刻み込まれていたのだろう。自覚が無いから、他の人間が確認しなければ一生分からないくらいに違和感なくお前の中に溶け込んでいる」

「……解除は出来るか?」

「不可能ではない。が、その場合はそれなりに時間が掛かるし、かなりの集中力を要するだろう」

「なら、僕が代わりに手綱を握るよ」


 先程まで荷物整理をしていたティルがいつの間にか俺の隣に来ていた。音と気配が無さ過ぎて普通にビビったわ。


「わかった、任せる。馬鹿弟子、起きろ」

「うにゅ…?ん……ん~! 何?ごはん?」

「少し席を外す。寝たいなら車内で寝ろ。それがイヤなら御者台で本でも読んでろ」

「――じゃあもう少しだけ寝る」


 そう言うと、微妙に空いているスペースに丸まって寝転がった。お前は猫かっ!


「始めるか。《意思の壁 意志の砦 張り巡らされた思考の糸 我は深淵を覗く者 真実を見出す者 理を解する者 我が手にあるは光の道標なり》 『探光サーチライト』」


 はぁ……人の頭の中を覗くのは初めてだから緊張するなぁ。記憶を探る必要はないからまだマシな方だ。さて、異物を探すとしますかね。


 人の脳内には常にプロテクト――脳に直接影響を及ぼすモノに対する防御機能が張り巡らされている。異物が侵入すればすぐさま排除しに来る。しかし、催眠術によって異物と認識されずに侵入したモノは、脳の一部として定着する。探すのは困難を極めるだろう。

 プロテクトを解除しながら進むこと体感時間で30分。なかなか仕込まれた魔法が見つからない。あまり時間は掛けられないから少し焦る。焦っていないように聞こえるが、内心かなり焦っているぞ。

 思考の海は思いの外深くて広い。ここでは一応魔法を使えるが、脳内を傷付けてしまうと、覗かれている人間に深刻な悪影響を与えてしまう恐れがあるため不用意に使うことが出来ない。まあ、悪人の場合は分かっているからこそ傷付けるがな。

 さらに潜ること30分。ようやくそれらしきモノを見つけたが、これまた厄介なことに彼女の脳内に定着しており、除去するのにかなり手間がかかりそうだ。傷付けちゃいけないが、長い時間他人の脳内にいては互いの負担が増すばかり。さて、どうしたものか………


“ ねえ、聞こえる? ”

「なんだ?」

“ 現実時間で一時間が経ったわ。そろそろお互いに限界が近いと思うのだけど、大丈夫? ”

「問題の魔法は見つけた。だが、時間が掛かる。俺とヴェルナの肉体の保護を引き続き頼む」

“ 無理しちゃダメよ?潜り過ぎたら戻れなくなるかもしれないのだから ”

「分かっている。限界が近付けば一度出る。俺よりも彼女を心配してやれ。負担は彼女の方が大きいからな」

“ わかったわ。また何かあれば連絡するから。頑張ってね ”


 今の俺とヴェルナは無防備状態。俺が魔法を解かないかぎり二人とも現実世界には戻れない。だから、今はリーンに二人の無防備な体を守ってもらっている。


 ふぅ…… 始めるとするか。制限時間は最大で一時間。それだけあれば十分だな。


 《照らして暴き 魔を払う》『光の短刀ライフ』 


 あぁ、ここからは一瞬の油断も出来ない。だがまあ、やるしかないか。





「ん………ん?寝てた?」

「ええ、一時間と少しね。もう催眠術は解けたそうよ。よかったわね」

「……そう。それで、どうして私は膝枕されているのかしら?」

「最も安定した体勢がこれだからよ。寝心地いいでしょう?」

「まあ……悪くはないわ」


 ヴェルナは起き上がると、周りを見回した。御者台にはティルがいる。そして、御者台そばの車内にはラルカとジャックが仲良く寝転がっている。ジャックの足元には縄で縛られているヨルハが転がっている。足の匂いでも嗅いでいるのだろうか、スンスンという音が時折聞えてくる。


「後で御礼を言っておきなさいね。魔法を解除するとすぐに寝たほど神経を擦り減らしたみたいだから」 

「そうか……」


 ヴェルナはジャックに目を向け、当分は目を覚まさないと判断して再びリーンに目を向けた。


「これまでと違ってスッキリとしている。頭の中の靄がなくなったようだ」

「そう。それで、先ほどの続きを聞かせてくれる?」

「ああ。黒幕は、貴女の師匠たるあの方を戦争に巻き込んだあの男です。私の父でもあります」

「……なんですって?どういうこと?彼女とあの男が結婚したの?」

「順を追って説明します」



 かつての戦争が終わった後、今の聖国の国教たる太陽教の教典がヴェルナの父と母の手で作られた。太陽教が国教となった理由は、教典の神聖さもあるが、「光の乙女」〈ラーナ〉の功績と、父親で教祖でもある〈ガンド〉の影響力によるところが大きかった。


 ここまでは誤解のしようがない事実であった。この後から歪み始めた。


 〈ラーナ〉は、道を違えはしても師に教えを乞うた同志たちの事を尊敬していた。なにより、彼女たちのおかげで戦争に勝てたと感謝していて、本気で褒賞を与えるようにお願いするつもりでいた。

 しかし、〈ガンド〉はそれを許しはしなかった。戦争での功績を独占し、自身の宗教の影響力を強めたかった彼は、〈ラーナ〉を利用することでリーンたちを一網打尽にするつもりでいた。魔女と認定することで強制的に、騎士たちに悪を裁かせるように仕向けたのだ。

 結果は以前に説明した通り、『荒野の魔女』は捕まったものの、他の五人の魔女は聖都から脱出することに成功した。

 実は、この時に〈ラーナ〉が脱出の手助けをしていたとのこと。〈ガンド〉の計画を知った〈ラーナ〉は、今からでは聖宮を出ても間に合わないと思い、聖宮の地下にある『聖都防衛の結界』にわずかな時間ではあるが干渉した。これにより、『荒野の魔女』の魔法によって結界にわずかではあるが隙間を生み出し、他の魔女を逃がすことが出来たのだ。


 その後、〈ガンド〉の手下によって数々の拷問を受けたにもかかわらず決して口を割らなかった『荒野の魔女』は、拘束されてから一年後には死刑が決まった。しかし、何とかしたいと思った〈ラーナ〉は、〈ガンド〉を説得して処刑の延期を繰り返した。だが、拘束から十年後、ついに処刑が確定してしまった。


 

「これが母から教えられた真実だ。聖国もまた、権力に溺れた者に支配されている。現聖王は私の弟。父は既に亡くなっています。母は……度重なる心労でベッドから起き上がれなくなっています」

「……そう。それは、聖都に行って本人にも確認したいわね」

「母はあの出来事以降、父と疎遠になりました。私が生まれたのは、彼女が処刑された年です」

「貴女の母親にとって、貴女という存在が罪の意識を呼び起こすモノとなってしまったのね」

「……もう話はいいのか?」

「あら、起きてたの?」

「魔力の回復と精神の安定に努めていただけだ。寝てはいない」


 事実、彼は一度たりとも寝息を立てていなかった。ただ、起きていると気付いていたのは、御者台のティルだけだった。ヨルハは匂いに夢中で今も嗅いでいる。


 “ あんっ♡ ”


「何か今、喘ぎ声が聞こえたんだけど?」

「気のせいだ。芋虫が声を出せるわけがないだろう?」

「……今、思いっ切り蹴り飛ばしたな」

「邪魔だから転がしただけだ。蹴ってはいない。それで、話は終わったのか?聞きたいことはないのか?お互いに」

「事実を知れたから十分よ。後は本人に確認するだけだから」

「母も、貴女に会ってくれるだろう。私に言い聞かせていたくらいだからな」



 なんやかんや、ヴェルナとリーンの仲を取り持つ結果になったが、仲間内でギスギスするのも嫌なので、結果的によかったという事で一件落着だろう。

 ただ、新たな問題が発生した。誰が予想できただろうか、こんな展開。


「そ、そのだな……また膝枕をしてくれないか?」

「ええ、いいわよ。はいっ、どうぞ」


 これまではラルカとティルにギラギラした視線を送っていたリーンが、今度はデレたヴェルナに膝枕をして御満悦というよくわからない展開になった。もう何が何やらよくわからんもんだ。


 ちなみに、ティルたちは俺の背中に隠れてガッツポーズをしていた。余程脅威に感じたんだろうな。もうどうでもいいが。

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