第5話 とある村での出来事 下
元の部屋へと戻ると、不思議な光景が広がっていた。
「なぜ、人が天井から逆さで吊るされているんだ?」
「――この子が勝手に部屋に入ってきたから」
「なあ、どう思う?」
「馬鹿としか言いようがないよね。無駄に行動力だけはあるみたいだけど、計画性が皆無。後先考えずに行動して失敗する、ダメ人間の典型例だね」
戻って来た部屋に吊るされていたのは、今朝会った自称吸血鬼少年だった。吊るされているだけで、特に目立った怪我はしていないようだが馬鹿なのか?他人の宿泊している部屋に侵入するなど。
「下ろしてやれ。縛ったままだぞ」
「――わかった」
渋々了承した弟子が、ゆっくりと縄を下した。頭に血が上り過ぎたのか、少年は一言も喋らない。
気つけのために水を顔面に浴びせた。
「おい、起きろ」
「うっ……うん………はっ! な、なんてことしやがるっ!!」
「それはこちらのセリフだ。自分が何をしたのか分かっているのか?」
「へ、部屋に入っただけだろ?なんでそんなに怒んだよっ!」
このガキ、本気で言っているのか?
「なあ、こいつがやったのは立派な犯罪なんだからこのまま憲兵に突き出したらいいんじゃない?」
「……そうだな。犯罪は犯罪だ。それに女性の部屋に侵入したんだ、言い訳はできないな」
「ねえ、ダーリン。いっそのこと、この場で斬り捨ててしまうなんてどう?」
「――隠滅は不可能ではない」
皆の思い思いの言葉を受け、少年は顔面蒼白になった。自分がどんなことをしたのか、少しは理解出来たことを祈ろう。……誰かが来たようだ。
「おい、魔王! いつまで待たせるつもり……だ」
乙女が入って来て早々に口にした一言で場が凍り付いた。
「……魔王?魔王って、あの魔王か!?」
「あ、いや…えっと……」
ここで返答に窮するのは下策だぞっ!!
「――今すぐ縛り首にするべき。二人を」
「そうね。情報漏洩も十分に死刑よね」
「はぁ……馬鹿が」
俺以外の全員が悪態をつく。まあ、俺も同じ気持ちではあるが、ここで殺生は御法度だろう。後々面倒なことになる事態は避けたい。どうしたものか………
「どうしたの?みんな揃って」
「ん?ああ……このクソガキをどうするか話し合っているところだ。今は多数決で消す方に傾いている。お前はどう思う?」
遅れてやって来た魔女は、他人に聞かれないように扉を閉めて〈静音〉の魔法を部屋全体に掛けた………怒りと呆れで忘れていた。
「そうねぇ……お部屋に勝手に入って来たのなら消しちゃって構わないけど、利用価値があるのなら利用してみては?」
「……彼は聖都の大商人の息子です、利用価値はあるでしょう。物資の融通など」
「ああっ!! 『光の乙女』様! 助けてくださいっ!」
「今理解しました。貴方にこそ罪があります。罪は償わなくてはなりません」
同郷の者のはずなのに乙女は少年を切り捨てた。もしや、何か因縁でもあるのか?
「それに、昨夜は広場にて人騒がせなことをしていましたね。貴方は一度、再教育されるべきです。礼儀も礼節もなっていません。本当に太陽教の信徒なのですか?」
「へんっ! 誰があんなモンを本気で信仰するかよっ! 祈ったところで何も起こりはしないくせにっ!!」
この状況でまだそんな口が利けるとは。どれだけ周りと自分の置かれている状況が見えていないんだか。これが息子では親も親ということだろう。しかし、利用価値があるのか。ならば利用しない手はないな。
「連れて行くぞ。メシを食ったら出発だ。各自支度を済ませておけ」
「――師匠、本気?」
「本気だ。ただの荷物だが、聖都に届ければ大量の物資と交換できるんだ。安いものだろう?第一、ガキを消してなんになる。時間の無駄だ」
「ダーリンの言うことなら従うわ♡」
「お前はまず服を着ろ。この淫獣」
今更だが、この部屋で唯一勇者だけが全裸だった。
全員の支度が出来た時には朝の九時だった。それから全員でメシを食って戻って来たのは十時を少し過ぎた頃。今はもう出発寸前で、後は追加の食料を買いに行ったティルと弟子が戻ってくるのを待つばかりだ。預けていた馬車は既に宿屋の傍に待機させてある。
「――あ、あのっ!」
「受付の娘か」
「ミュンって言います!」
「ミュン、か。それで、何か用か?」
「そ、そのですね……お、御付き合いしてくださいっ!!」
俺はこの時、思考がフリーズした。なにせ人生で告白されたことなど一度も無いからだ。勇者はどうしたって?あれは物の数には含まない。
で、だ。どう返事をすればいいのかわからなくて頭が空転している。ヤバい、どうしよう………
「だ、ダメですか…?」
うっ……上目遣いで見ないでくれ。拒否しづらいではないか。さて、どうしたものか……。可愛いし、性格も良い。今まで会った女の中では最高だろう。だが、付き合ってどうする?ここに永住するのか?それともこの少女を旅に連れて行くのか?危険すぎて話にならないな。
「……………」
回らない頭で悩んでいると、少女の方から提案してきた。
「そ、それならっ! 文通から始めませんか?私の住所を渡しておきますから、気が向いたら御手紙を書いてください! 内容は何でも構いません。貴方の事が知りたいんですっ! あと、返信できるように、次に滞在する町や村を書いてくださいね?」
少女からの提案は想像の斜め上を行くものだった。まさか文通とは……。手紙のやり取りなど、魔導院の院長を相手にしたくらいだ。しかも内容は定期連絡だけ。だから、自分自身の事を伝えるなんてした事がない。
「……わかった。手紙を書こう。ただし、いつになるかはわからない。俺達はそれなりに危険な旅をしているからな。だから、あまり期待しないでくれ」
「はいっ! いつまでも待ちます!」
曖昧な回答で申し訳ないな……ってなんで俺がこんなことで頭を悩ませないといけないんだ。……はぁ、この純粋な目で見つめられたら断れんわな。
「そろそろ出発だ。それじゃあ、元気でな」
「はいっ! 皆さんの未来に太陽の加護があらんことをっ!!」
馬車に戻ると、ティルと弟子が買い足した食料を馬車に乗せている最中だった。手伝うまでもないと思って御者台に近付くと、魔女が中から顔を出した。
「モテモテね」
「聞いていたのか?」
「少しね。御手洗いに行った時に偶然聞いちゃったの。可愛らしい子じゃない。泣かしちゃダメよ?」
「一度受けると言ったのだ、途中で投げ出すことはしないさ」
「ならいいけど。あと、彼女には知られちゃダメよ?」
「分かっている。あいつに知られたら厄介なことになるのは容易に想像がつく。そんな愚は冒さないさ」
魔女との会話を終え、出発の準備をする。馬車の中には魔女、勇者、乙女が座っており、縛られた少年が転がされている。
ようやく積み終わったらしく、ティルと弟子が定位置にやって来た。
「さて、聖都へ向かうとするか。忘れ物はないな?」
「「「「 大丈夫 」」」」
「あっ!」
「どうした?」
勇者が声を上げた。何を忘れたというのか。羞恥心か?いや、とっくの前に捨ててたな、こいつ。倫理は……かなぐり捨ててたな。
「ダーリンとの初夜!!」
こいつこそどっかに縛りつけておくべきではないだろうか?
ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ
「不機嫌だな。何かあったのか?」
「買い物途中にナンパされたんだよ。僕もね」
「よかったじゃないか。魅力的だと思われたんだろう?」
「真意はわからないけど、僕はこう言われた。『昨日の広場で君を見た時から一目惚れした。付き合ってくれ』――だって。冗談じゃないよ。こっぴどくフッてやった」
あの一件があるから男であることは明かさなかったのだろうな。
「そうか。弟子――ラルカの方はどうだったんだ?」
「――クズ最低変態淫獣ケダモノゲテモノカス………」
なんかまた闇の部分が出てきているんだが………
「フッたんだけどね、しつこく食い下がろうとした相手が何を思ったのか、彼女の腰に抱き着いたんだよ。もう女々しいったらありゃしなかったね」
「それでこうなったのか」
ダークサイドに落ちかけている弟子の頭を撫でてやると、復活したようだ。
「……うにゅ…にへぇ~」
そのまま継続するとだらしない顔になってしまった。乙女の顔とは思えねえな。
「そういえば、さっきはラルカって呼んでたけど、どういう風の吹き回し?」
「これからは名前で呼び合わないと余計な騒ぎになりそうだからな」
「ああ……さっきのやつか。あれはバカのせいだけど、確かにそうだね。これからは僕もそうするよ」
「――私も」
「なら私もそうするわね」
「ダーリンはダーリンよ♡」
「……さっきはすまなかった。私の名はヴェルナだ」
ヴェルナは頭を下げて謝罪した。いつも強気な態度なのに珍しいな、と思ったのは俺だけではないようだ。まあ、誰も口にはしないが。
「俺はジャック」
「――ラルカ」
「僕は……ティンクルだけど今はティルと呼んでくれ」
「私はヨルハよ。あっ、ダーリンはハニーって呼んで♡」
「誰が呼ぶか、バカタレ」
なぜそんな呼び方をしなければならない。
「私は――」
「リーンでしょ?お母様から聞いてる」
「あら、そう。手間が省けたわね」
ここにきて再びリーンとヴェルナの争いが始まろうとしていた。相変わらず仲がいいんだな、この二人。ただ、馬車内で暴れることだけはやめて欲しい。
「――騒ぐとまた縛るから」
しかし、弟子の一言で沈静化した。特にリーンには効き目が大きかったようだ。強く育ったなぁ……。ついでにヨルハも縛ってくれないものかね?
思いもよらぬ方向ではあるが、弟子が成長していることにちょっとだけ感動した一日であった。あと……魔女といい勝負だった。何が、とは言わないが。
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