廃体.jp

稲生葵

廃体.jp

 「死にたい」などと口に出してしまうと、本当にろくな事にならない。身内に聞かれれば引き止めようと必死にさせてしまって、消え去りたくなる。

 身内以外に聞かれた経験は無いが、何をされるかわかったものではない。


 じゃあ黙って死ぬか。となると、それはそれで悩みが尽きない。

 例えば、家で首を吊ったとしようか。下手なタイミングで実行すると、救助されて死の淵から後遺症を土産に帰る事になる。

 成功しても、家族がただいまーって見つけるのが、ものすごい顔でぶら下がってる私だ。私だってそんな物見たくない。

 挙句その後、警察やらなんやらが来て大騒ぎになり、家は事故物件扱いだ。


 家はダメだ。


 では外で線路にでも飛び込むか。これも良くない。家に電話がかかってきて、

「お宅の人が線路に飛び込みやがってメチャクチャです。何してくれるんですか」

 これで真っ青になって駆けつけたら挽き肉になった私とご対面。そのうえ、後で遅延、運休の損害賠償を請求されるのである。嫌になる。


 高所から飛び降り、最悪だ。飛び降りは最悪だ。なんたって失敗率が高い。変なところで人体は頑丈で、手足がもげる程度で済んだりする。それで目が覚めたら警官とか医者に何も響かない説教をされるのだ。当然身内にも叱られる。


 よし、それじゃあ深山幽谷にでも分け入って行って、人知れずひっそりと土に返ろうか。あるいは水底へ片道ダイビングしようか。

 これもあんまり良くない。絶対に探される。探されるうえに死ねるほど奥に行ったら有料捜索サービスまで動員されて、後日恐ろしい額の請求が来るのだ。


 死んだ事がわかりつつ、エグい伝わり方をしない。そういう手法が必要だ。

 正直、そんなものは無いと思う。かと言って諦めて生きようという気も起きない。人間として生きるのは、私には難易度が高すぎた。工業製品なら初期不良で出荷されなかっただろう。


 上手い手など見つからないと知りながら、それでも何かあるのではないかと、検索窓に打ち込んでしまう。

『死にたい』

 いっつもどーり自殺防止ホットラインとか、死にたいさみしいって感じのブログとか出てくるんだろーなーと思っていたのだが、今日は違った。

 廃体.jp。不要な体、買い取ります。

 おいおいおい、なんだよソレ。


 迷わず開いてみると、いきなり査定ページが出てきた。

 年齢や性別、人種、血液型の入力欄、状態のボックスを開くと「健康」「障害有り」「持病有り」「喫煙歴有り」などの項目が並ぶ。

 十七、女、日本人……と入力すると、査定額が出てきた。

 総支払額……


 八億円。




 八億の衝撃を飲み込んで冷静になった私は、少し調べ物をしてから、廃体.jpの電話窓口に電話した。なかなか繋がらない。

 三回ぐらい「ただいま混み合っております。もうしばらくお待ちください」を聞いて、やっと繋がった。


「大変お待たせしました。廃体.jp電話窓口の高橋です」


 愛想の良い男の声だった。

「あの、えっと……」

 先に考えた口上が上手く出て来ない。死んだように生きてきた代償だ。

「査定、あっウェブの査定が八億円で」

 こんな調子でしどろもどろに買い取り手続きの事を尋ねた。


「買い取り手続きですね」


 高橋氏の説明によると、完全自動運転で迎えの車をよこしてくれるらしい。その間に希望の葬送コースや最後の食事などを選び、私名義の口座を作って入金。

 麻酔薬で昏睡させている間に大量の血を抜くという手法で死なせた後、解体して医療機関、研究機関などへ売却。

 後は生存を偽装しつつ、その口座から仕送りや、金融商品の配当といった形で遺族に支払われるらしい。


 買取額から支払う形でオプションを付ける事もできる。脳だけは焼却してくれとか、心臓は売らないでくれとか、その辺りが人気らしい。他にも、剥製化とか、驚いたところでは全身火葬というのがあった。


「それだとお金になら、な、ならなっ」

 全部燃やしたら利益が出ないでしょう? という私の疑問を高橋氏は正確に読み取ってくれた。


「安楽死の過程で血液だけはいただけますし、何かしら売ってくださる方が大半なので、赤字ではありますが、慈善事業としてやっております」


 どう考えても殺人稼業なのに、慈善事業という言葉が出てきて笑いかけた。

 まあ、ある意味、慈善事業だろう。死は禁制品だ。それを与える上に億単位の大金を支払うなど、怪しいと言っても良い。


「ところで、あの、三十億円。さっき調べて、人間の値段」

 人体をバラして売ると三十億円になるのに、八億ってちょっと少なくないですか? これも高橋氏は読み取ってくれた。


「もしかして、多額の負債がおありですか?」


「あ、違っ、興味、あるだけです」


「そうでしたか」


 高橋氏は快く答えてくれた。

 事業の経費がかかるとか、私腹を肥やしているとか、そんな事だろうと思っていたのだが、支払いが少ない理由は、


「不審に思われるから」


 だった。


 まず日本人の生涯収入を平均すると大体二〜三億円。生きていれば、これを切り崩して食費や遊興費、税金なんかを支払うわけだが、こっちは死体だから維持費も何もかからない三十億が丸ごと残る。そうなると支払額は普通の収入基準の十倍どころではなくなってしまう。明らかに怪しい。

 じゃあ怪しまれない額に分割して支払えば良いのかというと、今度は遺族の寿命を超える。

 そういう問題が起きない上限ラインが八億、そういう事だった。


 莫大な売却益も全て懐に入るわけではなく、私ほどの高額商品になると、半額まで私が使い道を決められる特典が付くらしい。

 私がその気になれば、NGOにいきなり多額の寄付金をねじ込んだり、貧困家庭に謎のスポンサーを付けたり、空き地にまったく無意味な謎オブジェを建てたりできるのだ。負債があるなら、この枠を返済に当てても良い。

 なかなか夢がある。


 私は車を予約して、生存偽装のための下準備にかかった。

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