お化け屋敷
波場安高という男は、一見するとクールだが、存外とフレンドリーなのであった。
よくよく考えれば、あの保坂さんが『安さん』呼ばわりしている時点で、ただのお堅い人でないことは明白なのだけれど。
歩き疲れましたか、ジュースでもいかがです?
少し休みましょうか。
もう少しですから頑張って。
そんな言葉を折に触れてかけられるのだが、言ってみれば原因は保坂さんだった。
都度都度のそれに毎回甘えるものだから、波場さんも常に気をつけてなかなか前に進まない。
嫌々、というわけでは無さそうだから、特に俺が気にかけることではないのだろうけど。むしろ喜んで世話を焼いている感じとでも言おうか。
夜子さんの言葉を借りて充てるなら、この人は典型的な兄だな、うん。
保坂さんは二人目のメンバーだが、末っ子のような甘え上手さだ。たまに母性に溢れる時もあるけれど、平常時はただの子供に見えてしまう。
ただ、そこに悪気がないだけに、波場さんもこうして世話を焼くことが嫌ではないのだろう。
波場さんの持つ兄気質がそれを許してしまうのだろうが――と、何が言いたいか。
とにかくも相性の良い兄妹というわけだ。
岩山さんとのやり取りも、ただの八つ当たりや喧嘩には見えない。あれだけの言葉をぶつけ合えるのも、やはりどこかで心を許しあっているからだ。
何だかんだと言いつつも、お互い認め合って――いるかは分からないけれど、いがみ合っているだけ、というわけでもなさそうだ。
ある意味で趣味になりつつあった人間観察。主に、メンバーの。
取り立てて何もない道中、俺はそんなことを考えながら歩いた。
観察していると色々なことが分かってきて、それはそれはよく出来た構成……まるで、運命により集められたメンバーのようだと思った。
能力、個性、立ち位置に言葉、どれも絶妙な組み合わさり方をしている。
それはもう精工な歯車のように。
そんなことをここで言おうものなら「ゴリラと一緒にしないで」とでも言われそうなので、心の内に秘めておくとする。
さて問題は、軽いテンションでここ、例の屋敷に来てしまったということだ。
何がまずいかは、漏れず三人ともが実感していた。
「幽霊よね、あれ」
初めに言ったのは穂坂さんだった。
「幽霊ですよね、あれ」
続いて俺。
そして、
「間違いありませんね、幽霊です」
最期に、眼鏡をくいと直しながら嬉しそうに、一人だけ違うトーンで波場さんが言った。
だだっ広い庭を抜けた先にある大きな屋敷、そのすぐ手前で、まるで門扉を護る見張り番のように構えるのは、二人の”透けた”男女だ。背丈はほぼ同じ、都市の頃は十代後半といったところだろうか。二人揃って綺麗な洋服を身に纏い、仁王立ちスタイルで扉の左右に控えている。
阿吽の像、あるいは風神雷神――そんなことはどうでも良くて。
どうしましょう、と弱々しく波場さんに助けを求めるのは、スリーマンセルの紅一点だ。
地面にへたり込んで、波場さんの裾を強く掴み、潤んだ瞳で見上げている。
あれだけ男気のある穂坂さんが、それはまるで苦手なものを見たような表情で――
「幽霊、苦手なんですか……?」
聞くや、遠目にも分かるくらい身体をびくつかせた。
どんな顔をして振り返ってくるのかと思いきや、しかし意外も意外、強がってみせる素振りもなく、
「ほ、本当に出るなんて思わなかったんだもん……!」
威力ゼロの睨みを向けられた。
しかしこうなると、少し予定に差異が生じてしまいそうだ。
今回の最終兵器として投じられた”読心”の穂坂さんがもしずっとこのままなら、最悪の場合、説得の余地がなくなってしまう可能性が少なからずある。
何とかして、ほんの少しでもいいから慣れてもらわないと――
「って、波場さん…!?」
「ん?」
気が付けば門番に近付いているではないか。
そして更に、つい数秒前まで貴方の裾を掴んでいた手が俺の方に。
もう、能力者と言うよりはマジシャンだ。
当然のように悠々歩く波場さんに、門番二人も気付かないはずはなく。
「止まってください」
「止まりなさい」
あっけなく掴まった。
それに動じない波場さんもなかなかのものだが――まずい。
波場さんに限って、余程に変なことは言わないだろうけど、捕まりでもしたら取り返しのつかないことになってしまう。
何とか、何とかして――って、さっきからこの二人、意外とというか実は、あまり頼りにならないのではなかろうか。極度のビビりを見せる最終兵器に、冷静と思いきやどこか抜けている汎用兵器。
特別でない俺自身が頼りになり始めている。
もう、どうとでもなれ。
「どういったご用件でしょうかお客様?」
「主様の友人です。様子を見に来ました」
「左様ですか。では、お通りください」
「ちょっと待てーい!!」
「ん?」
俺の懇親の突っ込みに、またも冷静に当然といった顔で振り返る波場さん。
どこから触れたものか。
「そちらの方々――いえ、ガタガタは?」
「上手く言ったって顔してるなよ、門番さん。あんたにも聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「――いや、その前に。波場さん」
「はい?」
「ちょっとこっちへ」
首を傾げるばかりで動く素振りを見せない眼鏡を無理矢理引き摺って、少し離れたところでしゃがみ込む。
「何勝手に特攻してるんですか。何ですか友人って。何であいつらは通してくれたんですか」
「大使ではありませんから三つ一気にとは――そうですね。まず一つ、特攻ではありません」
「あの無謀な攻めが!?」
「ええ。見てください、ここの庭」
視線で促された広い庭。
所々に数本の木々、種類も数も少ない花々、その中央には通り道。
「隠れる場所なんてありません。塀の高さから見て、恐らく裏から回ることも叶わないでしょう」
「うっ……それは、そうですけど」
「二つ目。『何か用か』と尋ねられました。おそらく能力者である何者かを主人としている、言わば使い魔的な存在なのでしょう。人でなく幽霊を配置していることから、その能力者は館の中どこかで一人」
反論のしようがなかった。
「そして三つ。例え霊体でも、人を殺すことは簡単です。が、彼らは武器一つ持っていない。どころか私服です。敵意の表情もない」
「……すいません」
「何にです?」
「気にしないでください」
忘れていた。
この人は夜子さんの右腕なんだ。
何の確証もなく動く筈はなかった。
馬鹿は俺の方かと肩を落としたところで、そろそろ長すぎる緊急会議を怪しむ頃だろうと幽霊門番に向き直った。
二人して同じ角度で首を傾げている。
ただ似ているだけではなく、まるで双子のようだ。
「二人は僕の友人です。同じく、主様の様子を見に」
「そうでしたか。では、そちらの方々もお通りください」
躊躇いも訝しみもしたが、流れに乗じて、促されるまま屋敷の中へと足を踏み入れた。
存外に奇麗な廊下には、所々に設けられている照明以外には何もない。
ありがちな壁掛けの絵や壺といったものは見当たらず、ただでさえ広く長く薄暗い廊下が、それ以上のものに感じられる。
おおよそ一人で住んでいるとは思えない。
というのも、
『クッキー焼き上がり』
『運びましょう、運びましょう』
『姫がお待ちよ、お待ちなのよ』
どこからともなく、そんな声が聞こえてくるのだ。
響いているだけなら、ただ遠くから聞こえているだけならいいのだけれど、それは一切反響して届いているものではない。すぐ隣にある扉の奥であったりとか、すぐ背後であったりとか、とても近い位置から聞こえて来ている。
振り返って後悔したくないから首は前を向いて固定しているのだが、それはそれで殊更不気味なものだ。
正面玄関で既に二体見ているとは言え、姿なき音から入るのはただただ怖い。
俺の右腕をロックして張り付いて離れない穂坂さんはもう、全身を震わせて辛うじて歩いている状態なので、先に根を上げるわけにも――などという根性まで芽生えてきて。
せめて見かけだけは男らしく。
そんな俺たちの胸中や知る由のない波場さんは、ふと隣の扉に目をやって――
「そこはやめましょう!」
いきなりドアノブを捻ろうとするものだから、慌てて止めた。
その際に穂坂さんからは離れてしまったが、今はそれ以上の緊急事態なのだ。
「どうしてです、みたいな顔しないで頂けますか…! 絶対に後悔しますって!」
「ダメじゃないですか、茜さんから離れちゃあ。泣いてますよ?」
ふと誘導された視線の先では、穂坂さんがまたも情けなくへたり込んで「芳樹ぃ…」と涙を浮かべて見上げていた。
「確かに泣いてますが――いえ、俺がこの手を離したら、波場さんここを絶対に開けますよね」
「もちろん」
「どうしてちょっと楽しそうなんですか」
「オカルトには興味があって」
眼鏡をなおすのも忘れて、珍しく無邪気に目を輝かせる波場さん。
そんな態度を取られたって、開けたくないものは開けたくないのだが――
「芳樹ぃ……! なんか寒い、怖い、早くこっち来て…!」
あれも放って看過はできないが。
「芳樹ってば…!」
「ああもう、分かりました分かりましたよ!」
結局手を離して、泣きわめく穂坂さんの方へと駆け寄った。
しかし、だ。
結局と言うのなら、俺が穂坂さんから離れたその時点で、既に全てが無意味だったのだ。
入口のあれだけで泣きかけていた穂坂さんだ、加えて暗いこんなところに連れてこられて、声を上げない筈がなかった。そしてこんなによく響く廊下などで大声を出そうものなら、当然この屋敷内に住まう存在は気付くに決まっている。
波場さんが捻るより早く、鈍い音を立てて開かれた扉の奥から、
「どちら、さま……?」
ぬるっと顔だけ出して、こちらを眺める者の姿。
そしてその顔には目玉が、いや、肉、皮といった組織が何もなく――いわゆる、というか正真正銘の骸骨が、表情のない顔と目が合ってしまった。
一。
二。
三度と瞬きをする中で、処理しきれていない情報が頭の中で纏まると。
「いや……ちょ、ま……」
わなわなと唇を震わせる穂坂さん。
しまった、と気付いた時には遅く。
「いやああああぁあぁぁぁああああ…!!」
あれだけ縋りたがっていた俺の腕には目もくれないで、一目散に走り去ってしまった。それも何と不運なことか、屋敷の奥へと繋がる廊下の向こう側へと。
ただ走る走る。
「ちょ、穂坂さん…!」
咄嗟に立ち上がって背中を追い、俺も駆け出していた。
俺たちのダッシュにも気が付かない波場さんは――如何様にもするだろうから、今は放っておこう。
だだっ広い廊下の左右には、部屋、部屋、部屋。
さっき見たものを除けば、一人で暮らすには広すぎるし部屋数も多い。
どうして、何が目的で、何を思ってこんなところに一人で。走りながらも、ついそんなことを考えてしまう。
昔、誰か教師が言っていた。物事には必ず理由があって、それ故に人間は何かの行動を起こすものだ。それ無しに、人間が何かを成すことはない。
この屋敷のどこかにいる人もまた生きた人間であるならば、内容はどうあれ理由が存在するはずだ。
お節介にもそんなことを思い浮かべながら、穂坂さんが曲がった角へと差し掛かった。
すると。
「いない……?」
距離を詰めて、あまり離れていなかったというのに。
つい二、三秒前に曲がった先に、その姿はなかった。
不自然に長く続く廊下に、今度は部屋がどこにもない。取り乱した穂坂さんが隠れて俺を騙そうなどとは、考えられることではない。
神隠し。
ふと、そんな言葉が脳裏を過った。
神の仕業でないにしろ、何かしらの敵意か悪意か、そういったものによって姿を消したのであろう。
「霊の仕業か。いや、さっき覗いていた骸骨は『姫』と口にした。それに、入り口の二人と波場さんの言葉――おそらくはこの屋敷の主、彼らを統括している存在だ。ただ一人だけの勝手な行動は許されるものではないはず。なら、穂坂さんは……」
その、屋敷の主本人の仕業とみて、間違いはなさそうだった。
問題は、その主がどこにいるかだ。
外から見た限りだと、俺たちはまだ、この屋敷の半分も回っていない。加えて、二階、三階、最上五階まである豪邸だ。山を張ることも出来なさそうだ。
どうする――
ブー、ブー。
策を練ろうと頭を働かせかけた折、無常なバイブ音を響かせるスマホ。
急なそれに内心驚きつつも手に取って画面を確認すると、そこには『湯谷夜子』の文字が。
何かあったのかと、慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし、どうかなさいましたか?」
『夜子です。進捗は如何いかがかと思いまして』
相も変わらず、ふわっと優しい声。
いや、そうではなく。
「緊急事態、と言っていいのでしょうか。屋敷に入ったまでは良かったのですが、不測の事態と不測の事態に見舞われまして、三人ばらばらに……」
『そのようなことが――分かりました。では、この通話を切って安高さんにかけ、”給料”、”サーチ”と二言だけ話してみてください。何とかなる筈です』
「何とかって。良くも悪くも、どちらだって『何とか』と言えますが?」
『その結果を左右するのは、芳樹くんがその二言を告げるか否か、ただそれだけです』
何ともはっきりとしない物言い。
しかし、たったそれだけのことで安心させてくれるのは、やはり湯谷夜子という人物が持つカリスマ性あってのものなのだろう。
そしてそれに甘える俺もまた、そのカリスマに魅せられているというわけだ。
「分かりました。すいません、しばらく落ち着けそうにはないので、進捗は事後ということで」
『美味しい紅茶を用意して待ってます』
プツ。
ツー、ツー。
おそらくはあの花のような笑顔を残していたことだろう。
頭にそれを思い浮かべるだけで、何でも出来る気が――それは流石に自惚れか。
ともかく、言われた通りに『波場安高』という文字をタップ、通話を開始すると、驚くことに一コールの一音目で出たではないか。
気付かない、あるいは無視されるよりは余程いいけれど。
『どうしました? いえ、今どこにおられます?』
「それはそれとして、夜子さんからの言伝を」
『はい、何でしょう?』
「給料、サーチと――」
『……っ……!?』
頼まれた二言を告げた瞬間、声にならない声が耳に充てたスマホから響いて来た。
そしてそのまま固まっているのか黙り、反応が返ってこない。
誰の足音も響かない静かな廊下。
ただ、自分の息の音だけが――
『いました…!』
「うわー!」
詩人にでもなった気分で今の状況を整理しかけていると、割れる程の音量で波場さんが叫んだ。
『その先の突き当りを左、二つ目の階段を上がって最上階、右の突き当りの部屋です!』
「え、ちょ、いきなり何を…!?」
『いいから早く、大変なことになってしまいます!』
「は!?」
そんなことを言われてしまっては、頭の整理は付かずとも、身体は勝手に動いてしまう。
少し遅れて、それが穂坂さんの居場所なのだと悟ると、一方的に通話を切って足を加速させた。
まずはここを突き当りまで。
部屋扉もなく窓と窓の間隔も同じ風景がこうも続くと、どこかに迷い込んだ気にさえなるな。一部分を切り取って複製して繋げた空間に放り込まれている、そんな感覚。
何と言ったかな。
そう、終わりのない『メビウスの輪』だ。
幸い、長らく走ると、これには限界があったけれど。
次いで、この階段を最上階まで――折り返し踊り場までの段数が異様に多い!
いくら少し体力には自信があるとはいえ、この階段ダッシュを五階まで続けるのは……。
ままよ、穂坂さんの為だ。
二階。
三階。
四階。
どこも同じ造りだ。
そして、五階。
息も切れ切れ、ようやく辿り着いたそこは、四階までとは何かが違った。
扉がない。それは同じ。
壁の色、絨毯の色、窓の数――全て同じだ。
何なのだろうか、この違和感は。
「気味が悪いな――っと、とにかくここを右で、あとは突き当りに」
肩で呼吸をするまで消耗していた身体に鞭を入れて、先を急いだ。
しかし、大変なこととはどういった意味なのだろうか。
それに加えて、夜子さんの二言による波場さんの反応、次いで告げられた居場所。
何だか、全てが非現実的だ。
内心で愚痴を漏らしながらもようやく見えて来た扉。
今までのものと違って、そのサイズは一回り――いや、扉だけではない。この空間それ自体が、他より少し小さいのだ。
窓の大きさ、床の広さ、照明の大きさから扉のサイズと、全てが同じバランスで小さかったから、違和感の正体がすぐには分からなったのか。
何だってこんな造りに。
重ねて、気味が悪いな。
駆け寄ったドアノブを捻って、勢いよくその扉を開け、
「穂坂さ――!」
探していた人物の名前を呼びかけたところで。
「よしきぃ……!」
正面からの、顔に伝わる衝撃と柔らかさ。
抱きつかれたと気付く頃には、俺の背中は盛大に床へと激突していた。
子どものように泣きじゃくり、たまに俺の上着の裾で鼻をかみつつ、また泣きじゃくる。
「い、一体どうし……いえ、その格好…!」
よくみれば、上に着ていた筈の衣服が、下着諸ともないではないか。
このタイミングに至るまでに何があったというのだろう。
嗚咽交じりに涙を流す穂坂さんは、部屋の奥を指さすモーションでもって返答した。
廊下に増して薄暗い部屋の奥にはベッド。その上では、ゴスロリと言ったか、そういった服装の小さな女の子が俯いて座っている。目を凝らしてみれば、肩を震わせているようだった。
辺りにはカーディガン、シャツにキャミソールと――全て、穂坂さんが身に着けていたものが散らばっていた。
「き、君……? 穂坂さんに何を?」
少女は動かない。
「君が、穂坂さんをここへ連れて来たのかい?」
少女は答えない。
暗闇に慣れてきた目でとらえたのは、人形のように白い肌をした細い手足。
服装も相まって、ホラー映画に出て来るような一幕を連想させる。
しかし、これまたどうしたものか。
少女が一度口を開くと、
「お…ね……」
「おね――お姉ちゃんを連れて行こうってか。そうはいかないよ」
「お…むね……」
「おむね――え、お胸?」
少女の顔が持ち上がる。
長い髪の隙間から覗く瞳は、俺たちの方を向いて――
「お姉ちゃん、お胸大きい…」
……………………。
しまった。
緊迫した状況にも関わらず、つい沈黙してしまった。
そして少しの間を置いた後で、穂坂さんが「あのね!」と。
「何か気が付いたらここに居て、急に後ろから「お胸触らせて」って声を掛けられて、何が何だか分かんない内に上脱がされてぇ……!」
「落ち着いて、落ち着け穂坂さん、まだ何もされてないんでしょ!?」
「まだだけどもうすぐだったんだもん、怖かったんだからね! 幼女にそんなことねだられるとかホラーだよ!」
「分かった分かったから、とにかく落ち着いて、もう何もないから…!」
「ああもう、変な商売やめた今は、もう好きになった人にしか身体は見せないって決めてたのに!」
変更されたターゲットである俺の胸をバシバシ叩く穂坂さん。
波場さんが言っていた大変なことって――このこと?
ダメだ、色々とおかしなことになり過ぎていて理解が追い付かない。
「穂坂さんを脱がしたのは?」
「わたし」
「なんでまた。ていうか、どうやってここまで連れて来たの?」
「みっちーに頼んだの。何でって聞かれると――羨ましかったから」
ふむ。
よく分からないな。
「みっちーっていうのは?」
「ん」
少女が向いた先、右上の天井にいたのは、黒く大きな蝙蝠こうもりだった。
てっきり、ゾンビや鎧兵や幽霊や、その辺りかと思っていたのだが。
少女が手招く仕草を取ると、蝙蝠はそれに従って彼女の方へと羽ばたき、その小さな頭の上へと降り立った。
満足そうに微笑むと、指先で蝙蝠の頬を撫でる。
「その子が……その、みっちー?」
「そうだよ。すごく速く飛べるの」
「そ、そう。何でみっちー?」
「なんで? みっちーはみっちーだよ」
なるほど。
普通の会話は出来なさそうだ。
「話しを戻そう。どうして穂坂さんを攫って、その……お胸を?」
「芳樹…!」
「ちょ、痛いって叩かないでくださいよ、聞かなきゃダメでしょ…!」
「そうだけど……むむむ、もう!」
バシ。
決めの一撃は意外と響いた。
「お姉ちゃん、私とそんなに変わらなそうなのに、お胸がすごーく大きいから」
「……まあ、確かに?」
「芳樹!」
「ああはいごめんなさい! え、えっと――え? 穂坂さん、おいくつでしたっけ?」
「え…!? えっと…九十――ううん、ゴリラの前では嘘ついてた。八十……」
おばあちゃん?
そうではなくて。
恥ずかしそうに顔を赤らめないでいただきたい。
「ごめんなさい、言葉足らずでした。お年です」
「え!? あ、そ、そう、歳、年齢、エイジよね…! 二十五…!」
「ですよね。君は?」
「二十三」
「…………」
ジーザス。
まさか年上だったとは。
この幼い見た目で二十歳過ぎとは恐れ入る。
胸を気にしているようだが、悪い。胸だけでなく、全てが成長していない。
身長も言葉遣いも、童顔さ具合も。
「お兄ちゃん、今酷いこと考えてるでしょ?」
「……いいえ全然」
「どうして敬語なの?」
「……そのようなことは」
だめだ、年上だと分かった瞬間、この表情の裏に何かあるのではないかと勘繰ってテンパってしまう。
平常心を保とうにも、視線をがっちりロックされていてはそれも叶わない。
「お兄ちゃん、いくつ?」
「……二十二です」
正直に答えるや。
「弟!」
「わっ…!」
この日二度目の抱き着き――否、飛びつきだ。
またもバランスを失って、頭が床に激突する。
そろそろ脳震盪でも起こしてしまいそうだから、願わくばよして欲しいのだが。
「弟!」
「ならないよ。っと、悪いんだけど君」
「……お姉ちゃん」
「えー」
「あからさまに嫌な顔しないで。一回につき一つ、何でも聞いてあげるから」
「どうしてそこまで上から来られるのか。じゃあお姉ちゃん」
「うん、なぁに?」
「あそこで蹲って泣いてるお姉ちゃんに、そろそろ下着を返してやってはくれないか? あれじゃあ服も着られない」
そう言うと。
見た目少女改めお姉ちゃんは――いや、一度で良いと言われたのでやっぱり少女は、首を捻って両手を開いて差し出した。
「この手は何?」
「持ってない」
「持ってない? ああ、そっか。じゃあベッドの上に――」
「ないよ」
「へ……?」
素っ頓狂な声が漏れる。
次いで、少女が穂坂さんを指さして言ったのは、今日一番の衝撃。
「お胸の大きなお姉ちゃん、下着つけてなかったよ?」
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