二章

舞い込んだ依頼

 一週間が経った。

 相も変わらず、夜子さんの『未来視』がないと俺は事務所に籠りきっていた。

 たまにショッピングや食材の買い出しに出かけることはあっても、仕事という仕事はしていない。あるとすれば、穂坂さんの書類整理の手伝いくらいだ。


 そんな今日、新たな仕事が舞い込んで来た。

 突然だった。


「「「依頼!?」」」


 見事なシンクロっぷりの反応を示したのは、俺と岩山さん、穂坂さんの三人だ。

 夜子さんは紅茶をすすり、波場さんは眼鏡をくいと直し、三浦さんは「ふん」と鼻を鳴らすだけ。


 事務所の扉を開くなり開口一番そんなことを言った当の本人である俊さんは、俺たちの反応を無視してソファへ。穂坂さんにお茶を要求した。

 穂坂さんも驚きの表情から一変して、客をもてなすウエイトレス然とした様子で奥の部屋へと小走りで引っ込んだ。

 程なくして戻って来た手に持たれていた紅茶を俊さんの前へ。

 そこでようやく、夜子さんが「さて」とカップを置いた。


「依頼、とはどういうことでしょうか。知っての通り、私たちの仕事は能力者の保護ですよ? それを見つけるのは私の専売特許というものです」


「完全じゃねえだろうがよ。死にゆくやつしか見つけられん欠陥娘が何を言ってやがる」


「ちょっと俊さん、いくらなんでも…!」


「いいんです茜さん」


「でも…!」


 言い足りない様子で俊さんを睨む穂坂さんに、夜子さんが微笑むことでようやく落ち着くと、しかしまだ怒り心頭といった面持ちをしながら座りなおした。

 そこで再び眼鏡を直した波場さんが続ける。


「確かに穴はありますが、しかしそちらに能力者を見つける術はないはずです。ですから、救える命だけを可能な限り救おうという話になったのではありませんでしたか?」


 夜子さんと俊さんの話し合いで出た結論を上層部に相談し、結果としてこの組織を作る際、いくつかの確認が取られたのだそうだ。能力者を見つける術がない、というのは、その時既に確認済みだと言う。

 刑事組織にその手の人間はおらず、能力者という特別な存在を見つけることが出来るのは夜子さんしかいない。しかし、視ることが出来る対象は、一様に『自殺志願者』であるから、それだけしか救うことしか出来ないと。

 自保は、それを了承して作られた組織である。


 最もな意見だった。

 相談の上で出た話である限り、覆ることはない。


 しかしそれは、刑事組織に限った話であった。


 俊さんは「それがな」と頭を掻きながら一言置いて、紅茶を一口。美味い、と短く感想を漏らして、


「この間捉えた眼鏡の馬鹿が言っていたんだ。『地元ではお化け屋敷だって有名なんですが、その実は能力者の仕業なんですよ』ってな。場所はたしか――ここだ」


 俊さんが取り出したスマホに表示された文字を見て、驚愕した。

 見間違う筈もない。


「俺の地元だ…」


 呟いた俺に、皆の視線が一気に集まる。

 知っている場所なのか、どこにあるんだと質問攻めにされてしまうのだが、心当たりは一切なかった。

 高校まで過ごしたその土地で、そういった噂は一度たりとも聞いたことがない。


 となれば、おそらくは俺が地元を離れた以降に立った噂だ。

 里帰りなんてしたこともなかったから、知らなかったのだろうか。


「事件性がないからな、こっちじゃ手に負えねえんだ。だからと言っては何だが、それがもし本当なら、上手くやれば仲間を一人増やせる。悪い話ではないと思うが?」


「そうかも知れませんが――どうしよう夜子さん?」


 穂坂さんに尋ねられた夜子さんは黙ったままだ。

 重ねて波場さんに名前を呼ばれたことではっと我に返り、


「ごめんなさい、ちょっと考え事を――兄さん、その依頼受けます」


 そう言い放った。

 どこか浮かない表情に見えたのだが――気のせいだったのだろうか。


 ともあれ。


「なら正式な手続きは後でやっといてやる。近い内に発ってくれ」


 短くそうまとめて立ち上がり、入り口の方へ。

 ドアを開いたところで、そうだと何かを思い出したように振り返る。


「でけぇ屋敷みたいなんだがな、少数精鋭っつーのか、あまり大人数で行かん方が良い。前回までは近場だったから良かったが今回はそうはいかんから、事務所に残る人間も必要だ。いいな?」


 そう付け足して、今度こそ事務所を後にした。


 新たな仕事、お化け屋敷の調査か。

 内容がさておいて、場所が場所だけに運命さえ感じるな。


「あの」


 呼びかけに、再び皆の視線が注がれる。

 リーダーシップなど無い俺には、どうにも慣れない感覚だ。


「仕事というのは分かってはいるんですけど、少し寄りたい所があって」


「寄りたい所?」


 夜子さんに続いて、皆が首を傾げる。

 シンクロ率が凄い。


「ええ。あぁ、遊びではありません。ちょっと地元の墓地に」


「おばあちゃんとか?」


「妹です」


 短い一言に、穂坂さんの顔色が変わった。

 上司の言い分が飛ぶ前から、「勿論だよ」俺の手を取ってブンブンと振り回す。

 しかし幸いなことに、それを傍から眺めている夜子さんや波場さんの表情にも、否定の色は浮かんでいなかった。


「事件性がないと言われている以上、そう急ぎでもないようですし――ええ、構いません」


「ありがとうございます」


 俺は頭を下げて礼を言った。

 本当ならとうに消えていたこの命。最後の心残りだと思っていたそれを叶えさせてくれたのは、まさにこの人なのだ。

 下げても下げ足りない。


 俺の話が一段落すると、再び話題は仕事の内容へ。

 何かを考え込んでいる様子だった夜子さんが、やがて顔を上げて言い放つ。


「安高さんがまずは適任でしょう。屋敷が舞台である以上、監視カメラの一つもないとは考えにくいですからね」


「承知しました」


「あとは茜さんですね。お化け屋敷、能力者というキーワードがある以上、誰も近寄らせまいとしているのではないでしょうか。万一何かがあった時、心を読めるあなたの能力は非常に有用です」


「張り切って!」


「そして最後、能力云々は抜きにして、事情のある芳樹さん。以上のメンバーで調査をお願いいたします」


 俺の説明一行以下。

 そりゃあ能力はまだないけれど、ちょっと纏めが短すぎやしないでしょうか。


 ん?


「以上?」


「はい」


「夜子さんは?」


「少数精鋭、というなら、半数以下が妥当でしょう。それに、私はあまり役には立てないかと」


 誰より役に立つ人が何を言い出すのだろうか。

 不思議に覆う俺を他所に、ともかく、と一拍、


「諸々の準備を見越して、出立は二日後とします。兄には私から連絡を入れておきますので、お三方、よろしくお願いいたしますね」


「はい」


「了解!」


 冷静に、そして元気に返事をする二人。


 何とも言えない不安を抱えつつの、二回目の仕事が始まろうとしていた。

 

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