第6話 提案

 記念すべき新大陸一日目。

 迫りくる日没を意識し、先々の不安を考えないようにしつつ、何とかメアリーと共に海岸沿いの岩場にキャンプを作ることができていた。


 矢がないメアであったが幸いなことに狩猟者のポーチ――薬、ナイフ、ロープ、望遠鏡など――を持っており、岩と岩の隙間をロープを使い天井を作り、上には森の木々を敷き詰めモンスターから見づらくするなど工夫する。

 その間、メアリーにはキャンプの周りに振り掛ける聖水を作ってもらった。

 聖水と聞こえはいいが実際の所、名前ほど綺麗なものではない。色は茶色く濁っており、臭いによりモンスターを寄り付かなくさせるので慣れていてもかなりキツイ。

 しかめっ面をしつつメアリーが調合を行い、最後にキャンプから少し離れた所から振り掛けていき出来上がる。


 しかし、聖水を振り掛けているが完全な安全とは今回は言えない。

 聖水の効果は中型のモンスターには絶大な効果があるが、大型などになるとそもそも鼻がない存在もいる。なによりも未知の場所であるので、この臭いが大好きなやつもいるかもしれない。

 そんな不安が少しばかりあるが、考えても対策の仕様がない現状心にとどめておくだけにする。

 それよりも、食事だ。食糧だ。

 メアリーに火を起こしてもらい、海岸沿いで俺たちの船の破片などと一緒に見つけた鍋で海水から水を作ってもらうのをお願いし、その間に一人で森の入り口付近を探索する。

 できれば獣などが居ればいいが……どうだろうか。

 


「……悪い。作業してたら遅くなった」


「――っ! 心配しましたよ!」


 気づけば日は沈み。辺りは昼間と雰囲気を変えていた。

 食糧調達を終え、戻ってきた俺に焚き火で暖をとりつつ、ナイフを使って枝を矢に加工していたメアリーが駆け寄ってくる。

 本当に心配していたようで、体をじろじろと見られる。小声で『きん……がっしり』と一瞬だけ聞こえた。

 もどかしいと言うのか、何と言うのか、ペタペタと肌を触り始めた辺りで流石に少しだけ恥ずかしく、話題を提供し離れてもらう。


「と、取り敢えず今日の分の食糧だ」


「わぁ! お肉! 何のお肉ですか!?」


「まぁ、喰えばわかる」


 作業のため少量しか残らなかった血抜きを終えた肉をメアリーに渡す。

 受け取った肉をメアリーがナイフで細かく火が通りやすく切り、それを矢として加工していた枝に刺し、焚き火であぶり始める。

 矢の扱いはそんな感じでいいのかと思ったがよくよく見ればキャンプの奥には、すでにかなりの量加工された矢が存在した。

 船で調合と加工が得意とは言っていたが……。


「あ、それまだ使えないんですよ。木を削っただけので後で薬品につけて強度を増さないとモンスターには刺さりもしませんので」


「そうなのか? これだけでも弓の威力でいけそうな気がするが?」


「それは素人判断ですよ、先輩! まずこれには羽が付いていません。そして筈も強固ではないので射ればすぐに割れます! 何よりも――」


 どうやら地雷とやらを踏んだようで、焚き火を挟んで向かい合って座っていたのをわざわざ詰め寄ってきてくどくどと説明が始まる。

 しまったな。と思い目線を逸らすと炙っていた肉がいい感じに色を変えているのが見えた。


「わかった。分かった。俺が悪かった。取り敢えず、せっかくの飯を食べないのはもったいない。ほら、お前の分だ」


 ぷくっと可愛く頬を膨らませつつも食事が優先なのか、焼けた肉を受け取り、元の場所に座る。

 そして、肉汁滴るお肉にかぶりつく。


 ガキっ!!


「っうううううううう!!」


 およそ食べ物がしてはいけない音がメアリーの口と俺の口から響く。


「かたぁい……でふ。んあですかこふぇ?」


 かなり激しく痛みが響いたのか舌足らずな言葉を発する。何を言っているのかわからないが言いたいことは察する。


「固い、まずい、臭い。この三重苦の食材と言えばわかるだろ? 熱を通すと金属のように固く、生だとまずい、臭い肉の持ち主」

「げ、げるぐぐ……ううう」


 若干の舌足らずを残しつつも納得したメアリーはもう一度口に肉を含み、今度は勢いよくかみつかず、口の中で少しずつ歯を立てていく。

 時間と共に固さは薄れ、肉としての弾力に戻る。


 肉食モンスター『ゲルググ』

 比較的どこの地域でも生息できるほどの対応力を持ち、鶏の毛と羽がないものが大きくなったようなものだが顔は大きく、噛みつかれると熟練の狩猟者でも大けがをする。

 行動は多岐に渡り、地域ごとにその特色をもっている。そのため、ゲルググを見つけて生態を知ることでおおよそ、その地域での生態系が予想できる。

 食糧が多く、比較的敵の少ないところは単独。

 食糧が少なく、敵が多いところは集団。

 食糧も敵も関係なく、圧倒的強者がいるところではその配下。

 さらには雪山、火山などの場所でも生態系が変化している。

 本当に同じ生物なのかと聞きたくなるぐらい環境や状況に潔いモンスターだ。

 そして、よく見つけるがどの個体でも人を見れば襲いかかる性質を持ち、喰うのは困難、素材は二束三文。狩猟者にとって厄介な存在として知られる

 

 栄養はほとんどないが、腹は膨れるので二人で黙々と肉を噛み締め、一段落したぐらいでメアリーに話をふる。


「これからの事だが……すぐにこの状況を解決する方法と時間がかかる方どっちがいい?」

 

 突然のことにメアリーが目をパチパチさせる。


「それはもちろんすぐに解決したいですけど……と言うかそんな方法があるんですか?」


「ある」


 断言するとメアリーが取り敢えず聞きますと耳を貸す。

 方法は簡単で、すでに罠は仕掛けてある。

 討伐したゲルググの死体をここから離れた所に集めてある。きっと朝には大型のモンスターが来るのでそれを攻撃して、あえて怒らせる。

 そうすることで遠くにいる狩猟者にこちらの事を知らせるというものだ。

 それを説明するとメアリーはすごく、それはもうすごく引いた顔でこちらを見ている。


「先輩。それはさすがにどうかと思います。防具も武器も万全じゃない状態で大型と戦うだなんて……」


「別に勝つわけじゃない。気を引いて暴れさせるだけだ」


「だとしても、うまくいかない場合はどうなるんですか?」


「その時は討伐するしかないだろ?」


 何言ってるのこの人? とこちらを見る目が冷たいがもう一つの時間がかかる方も説明する。


「じゃ、時間がかかる方だ」


「ええ、そちらにかけますよ。私は」


「ジグザグに拠点が見つかるまで歩く」


「却下です」


 偉く速い回答が返ってくる。


「もっと他に安全なものはないんですか!?」


 怒っているのか、こちらに詰め寄るメアリー。

 別の方法はあるにはある。が、どれも俺が一人の場合だ。

 クラーケンがいるところまで戻ってきた勇気は蛮勇とも取れるが評価できる。勘もある。

 しかし、どれも不確定すぎる。

 勘が働かないかもしれない。勇気をもって行動することが次はできないかもしれない。

 この時はこうなる。その時はああなると行った情報がない。

 詰まる所、信頼がまだできない状態だ。最低限の事に対しては信用している。

 だから、俺はメアリーを訓練中の新人ほどの実力と思って行動してる。

 そのことを伝えた方がいいのだろうか?

 いや、よくないだろ。この後の行動に支障が出る言動はだめだ。

 これがルークなら昼のうちにキャンプなど作らず、情報を集め、強行策にでていた。俺の体も防具も武器も情報も万全ならメアリーのお守りをしながら強攻できた。

 だが、そうじゃない。

 どれも不足しているならそれに適応した策をとらないといけない。

 安全のため、できるだけ早く連絡が取りたい。そのためなら多少の危険は冒さなければ、大きな危険につながる。

 こちらの顔を見つめ、しばらく考えたメアリーはため息をつく。


「わかりました。文句を言っても私には策がありません。なにより仲間と早く合流するためにも、多少、いえ……かなり強引でも先輩の策で行きましょう。ただ……仲間に気づいてもらえる方法をもう少し詰めましょう。モンスターの方向だけでは不安です」


「ああ、分かった。時間は限られてる。やるぞ。メアリー」


「はい、先輩」


 そして、朝が来た。

 


 

 

 


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