夢の跡

鋼野タケシ

1 廃墟を目指す魔法使いと老人

 オークウッドの大きな杖。先端にはランタンがぶら下がっている。

 頼りなく揺れるランタンの灯りに、幼さの残る顔立ちが浮かび上がった。灰色のローブを着た背の高い少年。

 背丈よりも大きな杖を肩に担ぎ、少年は背後を振り返った。

「大丈夫かい? ペースが落ちてるようだけど」


 少年が声をかけた先に、老人が歩いている。

 老人は乱れた息を整え、額に浮かんだ汗を拭う。

 老人は弱音を吐くことなく、首を横に振った。

「ちょっと、息があがっただけだ。まだまだ、大丈夫」

「無理をしなくていい。少し休んで行こう。まだ先なんだろ。目的の場所は」

「ああ……だが、わたしの記憶通りならもう少しだ。見覚えがある。あと数マイルも離れていないだろう。もう王国の跡地には入っている。昔なら城壁や尖塔が見えたのだが」

 空には満天の星と三日月が浮かんでいる。地平線の向こうまで、人口の光は少年の杖に吊るされたランタン以外、何も見えない。

 二人の歩く平原の道を、冷たい冬の風が通り過ぎていく。


「海が近いな。波の音がする。潮の匂いも」

 少年が言った。

「あの丘を越えれば海が見えるはずだ。王城が建っていたのは海沿い、岸壁の上だった。わたしは船に乗ったことがあるが遥か大洋からでも王国の灯りは見えたものだ。城は不夜城と呼ばれ、我らの王国は夜の暗闇すら克服した光の国と思っていたが」

「だけど、滅びた」

 少年の足元に石畳の痕跡がある。土と草に覆われて、注意深く観察しなければわからない。緩やかな丘陵地のところどころに、朽ち果てた煉瓦や建造物の跡がある。

「キミの言う通り。わたしの愛した国は滅びた。王家の血筋は途絶え、街は徹底的に破壊し尽くされた。街の象徴であった黄金の尖塔はもう跡形もない。破片ですら、廃墟からゴロツキどもが持ち去っただろうからな。六十年も昔の話だ。最期の日を今でも夢に見るよ。滅びの前夜……いや、まさに滅びゆくあの瞬間でさえ、わたしは王国を永遠と信じて疑わなかった」

「永遠なんて存在しない。生き物は死ぬし、国は亡びる。この大地も、空に輝く星も月も。あらゆるすべてはいつか崩壊する。まあずっと先の話だろうが」

「滅びよりも永遠を信じてしまうんだよ。今日まで人の死や国の興亡など何度も見て来たというのに」

「真理を理解するのに短すぎるのかも知れないな。アンタもおれみたいに長生きすれば理解できるようになるよ、きっと」

「あいにく人生にそれほどの執着もない」

 老人が深々とため息を吐いた。


「それよりもキミの話を、本当に信じてもいいのだろうな」

「今さら疑うか? アンタの膝だって治してやったろ? それでもやっぱり信じられないから帰るって言ってもおれは止めないぜ」

「本当に……」老人は、ごくりとツバを飲み込んだ。

 自ら発する言葉に恐怖を感じているようにも見える。額に浮かぶ汗を拭い、老人は不安と期待の入り混じった眼差しを少年に向ける。

「本当に死者と、もう一度会えるのだろうな」


「もちろん」少年は答えた。

 ぼんやりと揺れるランタンの灯が、月明りが、少年の緑色の瞳に映る。


「奇跡を起こすのが魔法使いの役目だからな」

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