ヒア アフター@休止中
野分 十二
第1話 兄のこと
僕の兄は優秀な人だ。
勉強をさせれば、一番とは言わないけれど、学校内で一桁の順位は当たり前。
運動をさせれば、国内の若手選手の中でも有名な名選手であるらしい。
兄はこの春3年生に上がったばかりだけれど、既に体育大学から声が掛かっていると噂に聞いた。
表情はあまり変わらず、口数も少ないけれど、冷たいわけじゃない。
そんな優秀さと冷静さに加え、180cmを超える高い身長と、鼻筋の通った男らしい顔をしているものだから、どこか近寄り難いながらも女生徒からは絶大な人気を得ているようだった。
一転、弟の僕といえば平々凡々そのもので、優秀な兄と同じ学校に通えるのも、兄がバスケットボール部の強い、学力はそこそこの高校を選んだからだった。決して僕が優秀な訳ではない。
見た目だって、雰囲気こそ兄弟という感じはあるかも知れないけれど、僕の身長は平均も平均。兄より幼い顔付きで、女の子が憧れるような特別さは微塵も無かった。
僕が兄より数字で優っている事と言えば、読む本の数くらいだった。
僕は本の虫だ。
兄がバスケットボールと筋トレで身体を鍛え上げている間に、僕はひたすら本を読み続けて来た。
だから僕は、自分にどんな運動が向いているかという事さえわからない有様だ。
そんな真逆の兄弟だから、僕らをよく知らない人には、同じ苗字の他人と思われていた事さえある。
それも頻繁にあったものだから、とっくの昔に慣れてしまった。
そんな兄弟だけれど、僕は兄を少し特別な人だと思っているから、劣等感を抱く事も無くカッコイイ兄だと憧れていたし、弟として誇らしく思っていた。
……思っていた。
わざわざ過去形でそう言わなければならない理由が、最近出来た。
兄が高校生になってからは、未だ中学に通い続ける僕と生活リズムが合わず、ここ二年ほどマトモに会話が出来ていないからというのが一つ目の理由だ。
それだけが理由なら、きっと兄はカッコイイ兄のままでいたのだろう。
けれど、僕らを隔てているのはそんな有りがちな事では無かった。
説明したいけれど、どうにも原因が分からない。
現状をそのまま言うとすれば…僕がこの春高校へ入学してから少し経って、ある日突然、兄は完全にどこかがおかしくなった。
誰もがはっきりと異変に気が付いたのは、兄が部活に出なくなってからだった。
必死に努力を重ね、輝かしい功績と名前を残し、誰もが疑いなくこの先も続けて行くものだと思っていたバスケットボールを、兄は突然辞めてしまった。
そして、元々少なかった口数は更に減って、必要な事しか話さなくなってしまった。
そんな兄に、誰もが驚いた。
家族である僕ですら、両親ですら驚いた。
ちょうどこの時期が僕の入学と重なったものだから、僕は入学してすぐバスケットボール部の先輩達に囲まれて、また兄を気にかけている友人や女生徒、先生までもに囲まれて、質問攻めされる事となってしまった。
「どうして君の兄は急にバスケを辞めたのか?」
誰も彼もがそれを知りたがっていた。
僕にその質問が投げ掛けられるという状況は、兄が一切何も語っていない事の何よりの証明に他ならなかった。
異様なほど少なくなってしまった口数は、何も話したくないという意思表示なのだろうと考え、僕は直接兄にどうしたのかと聞くことをしなかった。
というのも、全てが兄に気を使ってという気持ちでは無く、とある一つの出来事に、その正体が眠っている気がしていたからだ。
僕は兄の…兄と彼女の、秘密の片鱗を知っている。
兄が変わってしまった秘密の鍵はきっと、彼女が握っているに違いない。
僕がその秘密を知ったのは、この学校の特殊な建物のせいで……いや、おかげで。
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