クリームブリュレ

ぴけ

クリームブリュレ

「私、先輩が好きです」

君が俺に伝えた言葉を反芻すると、同調するように感情が蠢めいた。自分の感情が制御できずにいることが居心地が悪かった。こんなことなら、君と会わなければよかった。俺は君にどう返事をすればいいのだろう。答えはまだ出ない。

 告白の返事を待ってもらっていると聞きつけた周囲の友人達が、一緒に晩御飯を食べに行くだけだからと半ば強引に、いや強制的に予定を決めた。しかし、どう考えてもデートプランだったので、本当に晩御飯を食べに行くだけにするからと説得するには骨が折れた。

 待ち合わせ場所で待っていると、時間ぴったりに君はやってきた。落ち着いた白のトップスにブラウンのカーディガン、それから黒のパンツ姿。シンプルな姿の君なのに、告白された日からまた一段と可愛くなった気がする。それは君が恋しているからなのだろうか。それとも、俺が君に恋をしかけているからなのか。返事をしていない今なら、まだ引き返せる。もう苦い恋は味わいたくない。そう思う反面、もしかしたらと期待してしまう自分がいることも知っていた。

 ピザとパスタがうまいと評判のファミレスに入り、コースメニューを注文した。会計をしてファミレスから出たら何事もなかったことになるんじゃないかと思うほどお互いに告白の話には触れず、代わりにくだらない世間話をしながら料理を食べていった。そうこうしているうちに、コースの最後、デザートが運ばれてきた。

「先輩?」

「ん、どうした?」

デザートのクリームブリュレを食べながら君が、少しトーンを落とした声で

「恋って、クリームブリュレみたいですよね」

と苦笑しながら言った。ついにこの話かと緊張が走る。

「まぁ、この焦げてる固いカラメルは苦いがな」

俺はスプーンでコンとつつくが、カラメルは厚くて割れない。

「先輩のはちょっと焦げすぎですかね」

「まぁ、でも食えないことはない。下のクリームは甘いしな」

「でも苦いカラメルを割らないと甘いのは味わえないんです。……失恋を乗り越えないと新たな恋はできないみたいに」

「……。……どこまで俺のこと聞いてる?」

「先輩もどこまで聞いてるんですか?」

「俺は簡単にしか聞いてない」

「私もです。詮索は好きではないので」

「あぁ、俺もだ」

沈黙の中、君がおずおずとデザートを口にする。

俺は、まだスプーンを持ったまま。前の苦い恋を思い出しながら重い口を開いた。

「幻滅されたくないんだ。君が思っているような人間じゃないよ、俺は」

「それでも。もっと隣で先輩のことを知りたいと思ったんです。今のままじゃ幻滅すらできません。それに恋って確かに苦いことはありますけど、でもそれだけじゃないですし、ちゃんと甘いことだってあると……思います」

思い詰めたように下を向いて君は続ける。

「幻滅されるのが怖いのは、私だって同じなんです。でも、どうなるかは分からないじゃないですか。私にも先輩にも。でも、それでも好きなんです」

とポツリと言った。

 結末がどうなるか分からないけれど、それでも好きだと言える君はつらい失恋を乗り越えられたんだろうな。なら、俺も……。


 君に伝える返事が決まった。でも、今の俺には好きだって直接言える強さはない。だから。

「じゃあさ、俺のこの焦げすぎたクリームブリュレが苦いか甘いかで決めるよ」

そう言って、スプーンでカラメルを割り、クリームと一緒に口にいれた。

「……どうですか」

期待と不安が混じった君の目と俺の目が合う。口の中は焦げすぎたカラメルで苦かった。苦かったが。俺は君に伝える。

「甘いよ、とっても」

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クリームブリュレ ぴけ @pocoapoco_ss

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