第13話『アルテミシア』

 草加駅の前では霧島と動画投稿者と思わしき人物が戦っているように見えたが、決着は瞬時に決まっている。


『あの動画投稿者は――芸能事務所AかJのファンクラブに名前が載っていた人物かと――』


 この人物はサングラスをしていた訳ではないが、ARバイザーで素顔は隠れている。周囲のギャラリーは敢えてスルーを決めていたようだ。


『ええ、その通りです。こちらでも追跡を――必要ない?』


 その様子を見ていたガーディアンと思わしき背広の男性は――何処かへとスマホで連絡を取っていた。


 連絡と言っても一般的な無料通話アプリを使用した物ではなく、ガーディアンで開発した特殊な通話ガジェットと言うこだわりである。


 何処へ連絡したのかは――そう言った事もあって、一切不明だ。匿名性の強化もされている事が、これで分かるだろう。


『しかし、あの芸能事務所を放置すれば――』


 男性は連絡している人物の発言が放置する的な対応をする事に関して、猛抗議をしている。


 しかし、それでも上層部が放置を覆す事はなかった。彼らを通報するにしても――証拠がないと言う。


 そして、ガーディアンに証拠を押さえられないように芸能事務所が工作をしていたのも、この辺りだったと言う話だ。


【芸能事務所は、何を知っているのか? ARゲームのあるジャンルでコラボを企画しているとか――】


【一体、何がどうなっている? 大手芸能事務所と組むなんてあり得ないだろう】


【どちらにしても――芸能事務所の様な自分達の為にだけしか金を使わない連中には、コンテンツ流通を任せられない】


 カトレアは、まとめサイトや実況をチェックしつつ――ある人物を探していた。それらしいキーワードもまとめサイトで確認出来ないと言う事は、偽名を使っている可能性も否定できない。


 カトレアの手が若干止まり始めた段階で、既に手詰まり――と思われた。それ位に周囲が修羅場になっている事も分かるだろう。



 そして、ステージ3へ向かう直前でアルストロメリアは暗殺者に妨害される事となった。


「結局、ARゲームではプレイヤーの集中力が求められる――」


『その通りと言えるだろう――。しかし、特定勢力のやっている行為を看過できない!』


 暗殺者の一言は、別の意味でもアルストロメリアに衝撃を与えた。


「プロゲーマー気取りでゲームを荒らしていく――VRゲームでも似たような事件が相次いでいるけど、まさか――?」


『それは違う――その事件に我々は関与していない』


「違うと言われても――それを簡単に信じるとでも言うの? 一連の動画投稿者やネット炎上勢力は信用できない」


『それをひとくくりにするのが、術中にはまっていると思わないのか?』


「どう考えても、そう言う結論に走る方が――」


 暗殺者は何かに焦っている印象を持たせる物言いだが、直接プレイヤーを暗殺しようと言う訳ではない。デスゲームが禁止されている中で、デスゲームを起こそうとすれば――どうなるかは向こうも知らない訳ではないだろう。


『結論以前に――日本がイースポーツで世界に遅れを取っているのは、特定芸能事務所のコンテンツの方がもうかると言う状況をまとめサイト勢力が作った事による物だ!』


 アルストロメリアがこの人物を『焦っている』と感じたのは言動がぶれ始めた事による物である。しかし、彼がでたらめの発言や煽り目的の発言で誘導している訳ではない。


 メットの下の素顔はバイザー的な事情で見えるはずがないし、プレイヤーネームも非公開にされているようで名前は分からないが――。


『私は、あくまでも警告の為だけに来た――それに従わなければ、お前は――』


 暗殺者は一言残し手姿を消す。それにアルストロメリアは驚くしかなかった。暗殺者の消え方も、一種のリタイヤやゲームオーバーの様な消え方ではない。まるで、隠しキャラの様な消え方である。


 この辺りからは今までのやり取りではノイズが激しかったのが嘘のように、中継で声が聞きとれるようになっていた。


 一体、何を隠したかったのだろうか? 謎は深まるばかりだが、それ以上に――暗殺者の発言は衝撃的な物である。


「確かに――野良試合はファンタジートランスでは禁止だったわね。これが対戦格闘であれば、乱入バトルも成立しているけど」


 アルストロメリア側も向こうの提案を受けるようだ。条件に関しては、スコアが手っ取り早いのでクリアかつスコアの高い方が勝利に決まる。


 そして、二人は最後のラスボスが待っているであろうゲートへと突入をするのだが――扉を開いた先に待っていたのは、予想外の存在だった。



 扉が開いたと同時に、周囲の広々としたフィールドに突如姿を見せたのは――暗黒の魔女と言った方がよいかもしれないアバターだった。


 露出度は非常に低いが、この辺りは高過ぎてもARゲームではNG表現とされる可能性があって――この仕様かもしれない。


 しかし、彼女の背中に展開されている武器は――明らかにファンタジーのソレではなかった。素顔もARメットで見えていないので、文字通りの正体不明と言える。


『ようこそ――ファイナルステージへ。私の名はアルテミシア――』


 メットを被っているので元の性別は不明だが、目の前の人物はアルテミシアと語った。


 それに違和感を持ったのは――運営本部でモニター越しに様子を見ていたカトレアである。


「あれがアルテミシア―ー?」


 カトレアの疑問に拍車をかけるかのように――ある人物が乱入した事で事態の混乱が加速していく。この様子を映像で見ていたギャラリーも動揺しているような展開である。


『そのアルテミシアは偽物だ―ー!』


 右手にビームライフルを構え、姿を見せたのは――今まで30キロに近いような重装甲アーマーを装備していたランスロットである。


 ステージ3では軽装備仕様になっており、ボイスチェンジャーでは男性声でも――明らかに正体が割れていた。


 重装備でクリアするには、今まで以上の反応速度が必要と判断し――アイテム回収の途中で重装甲アーマーを格納し、駆けつけている頃には最低限装備だけになっている。ここへ駆けつけるタイミングで現在の軽装備になっていた。


「まさか、彼女が――」


 カトレアが探していた人物、それは目の前のモニターに映し出されていたのだ。何故、彼女がファンタジートランスに姿を見せたのかは分からない。しかし、どういった目的で姿を見せたのかには納得がいく。


「過去のネット炎上事件と同じ悲劇を――繰り返そうと言うのか? アルテミシア――」


 彼女の正体は、プロゲーマーと言う肩書を持つアルテミシアであり――ある事件のヒントを生み出した元凶でもあった。


 その彼女がファンタジートランスへ来た理由――それは、現段階で誰も把握はしていない。


『繰り返されるネット炎上――その連鎖を、今こそ断ち切る!』


 ビームライフルから、長さ1メートルに近いロングソードに持ち替えたランスロットは――アルテミシアを睨みつけているようにも見える。一体、どのような因縁があるのかは明らかになっていない。

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