第9話『ターニングポイント』その3


 ARメット経由のスピーカーユニットから流れてきた楽曲は、聞き覚えのないような物である。


 これがアルストロメリアの出遅れた理由でもあった。リズムゲームの場合、唐突に楽曲が流れるケースは、それこそ隠しボスの様な類の曲で演出に使われるだろう。


だからこそ、今回の演出にはアルストロメリアも疑問に思ったのである。まだステージ1のボスなのに、この演出を使うのか――と。


 何処でどのような演出を使おうと、周囲にとっては関係ないだろう。しかし、リズムゲームのプレイ経験も持ったアルストロメリアの場合は――そこでこの演出を使うのか、と戸惑ったのである。


 即座に反応が出来ていた他のプレイヤー、楽曲のイントロを確認した上で行動を始めたアガートラームの方が――アルストロメリアよりも反応が良かったという風に見えるのも無理はない。


 しかし、アルストロメリアは無策で突っ込むような事をすれば、即座に演奏失敗する可能性がある。そう考えたからこその判断だったのだ。


「一人だけ反応が悪かった事に対し、ネットでは集中的に叩く流れになるだろうが――それを行えば、自分にブーメランするだろうに」


 カトレアは、運営ルームへ向かう途中でセンターモニターを発見し、そこで立ち止まって中継映像を見ている。


 しかし、急がなければいけない事に気付き――アルストロメリアが動きだすような部分で、彼女は再び目的地へと向かう。


(ゲームプレイヤーは、誰でも最初は戸惑うような初心者であるはずなのに――何時から知識チートの様なプレイヤーがゲームを無双していくのが当たり前になったのか)


 ふと、カトレアはアルストロメリアのプレイを思い出して――疑問に思った事を考える。


 しかし、今は運営へ急ぐのが先であるので、考えるよりも行動をする方が――優先すべき事なのかもしれない。



 他のプレイヤーはイントロから1分ほどまでは、さほど動かずに自分の所に出現したターゲットマーカーへの対応で手一杯となる。


 逆にアガートラームは、自分の目の前に出てきたマーカーだけでなく他プレイヤーのマーカーにも手を出していた。


《ターゲットマーカーはボスにだけ表示される訳ではありませんが、乱れ撃ち等の様な暴れプレイは推奨しません》


 このメッセージは、飛躍的な意見にすれば乱れ撃ちや暴れプレイ等をすると、相手に攻撃が当たる事を意味しているのだろう。


 FPSゲーム等では味方に自分の攻撃が当たる事をフレンドリーファイアとしてペナルティが加えられる。どのゲームでも誤射をすれば、自分にブーメランとして返ってくるケースがある証拠か?


 それを踏まえると、ファンタジートランスはリズムゲームとアクションゲームだけでなく、前作でもシステムが採用されていたFPSの要素も――?


「何だ、この難易度は――」


「迎撃するのが精いっぱいなんて、油断していたか」


 遠距離でターゲットを狙っているだけのプレイヤーから、このような悲鳴にも似た声が聞こえる。


 まだステージ1のボスであるのに、この難易度なのだ。これでは周囲がドン引きするのも分かるような気がするだろう。


 しかし、初心者お断り的な難易度をいきなりの第1弾で出すのかと言われると――実は、ファンタジートランスは第1弾ではないのだ。


 その正体とは――アクションリズムゲームのARトランスシリーズ、その1作の位置づけなのである。


 アルストロメリアのデータがエラーを起こしてログインできない状態になったのは、実はこの為だったりするのだ。


「今更になって難易度で――どうこう言っている場合ではないだろう? このゲームを始めた以上、自分の覚悟を――」


 この一言を放った人物、それは予想外にもアガートラームだった。何を誘導しているのかは不明だが、周囲の様子を見て何かおかしいと感じたのかもしれない。


 本来であれば、自分が言うはずの――とアルストロメリアは思ったが、そのような余裕が現状では全くない。出遅れた事で焦っているのだろう。


 その様子を感じてか、この台詞を放った後に、アルストロメリアの射程へと近づき――ターゲットの一つを拳一つでジャストタイミング――その光景は言葉に出来なかった。


「1回のまぐれで勝ち残れるほど――このARゲームは甘くない。それがイースポーツの世界であれば――尚更だ」


 アガートラームの視線はバイザーで見えなかったが、明らかに煽り的な狙いで発言しているとしか思えない。その発言は、アルストロメリアに眠る何かを目覚めさせたのである。


「その通りよ。アガートラーム、あなたの言う事は間違っていない。何を自分は――」


 アルストロメリアの表情に変化が現れた。まぐれのプレイだけでは勝てない――それは、自分でもわかっているつもりだった。


 しかし、今のプレイスタイルでは、そう見られていても不思議じゃないだろう。そこがARゲームエンジョイ勢とガチ勢の違いかもしれない。

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