コトバランドスケープ300(300字掌編集)

歌峰由子

本家Twitter300字ss

『恋薫る』(お題:匂い)


 すれ違いざま、ふわりとそよいだ風が薫香を含む。

 思わず振り返った先に、優雅に紬の袖が揺れた。


 沈香、白檀、はたまた伽羅。仄かに薫るは、着物に焚き染めた香か。


 実家では抹香臭いとしか思わぬその香の艶めかしさに、ああ、「色香」と言うはこの事かと感動する。





 場所は常の通勤路。休日、偶然すれ違っただけの佳人が忘れ難く、翌日思わず其処で足を止める。

 それを追い越した後輩が、振り返って声をかけた。


「先輩? どうしたんですか?」


 先日告白されて断った相手だ。気まずいながらも佳人を見たと話せば、何とも微妙な顔をされる。


「……多分、それ自分デス」


 同時に扇子をひらりと振られ、彼の香が薫る。


 瞬間、相手が世の誰よりも美しく映った。




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