走れセリヌンティウス

峻一

出発

 時は古代ローマ。石工を職業とするセリヌンティウスは、友人であるメロスに頼まれ、彼の身代わりに磔となっていた。メロスはすでに故郷を目指して走り始めている。セリヌンティウスは、ただ友の帰りを信じ続けていた。

 陽射しが鋭い昼間。磔となっているセリヌンティウスの元に、友人であるルクレティウスが息を切らしてやってきた。

「友よ。大変なことだ。ガイウスが病に倒れたそうだ」

「なんだって」

 ガイウスはセリヌンティウスの古い友である。幼少期を共に過ごし、親しながらもお互いを尊敬し合っていた。やがて事情によりガイウスは遠くの街へと引っ越していったため、もう何年もあっていなかったが、二人の友情が薄れるはずがなかった。

「それは本当か」

「ついさっき手紙が届いた。半年前に倒れ、ずっと寝たきりだったそうだ。それから症状は日に日に悪化していき、もう息絶える寸前だそうだ」

「なんということだ……」

 セリヌンティウスは絶望した。深い深い絶望は、底がないように思えた。太陽に向かって泣き叫び、溢れる大量の涙は、頬をつたって地面へとこぼれ続けた。

 しばらくたち、涙は枯れ、セリヌンティウスはすっかり衰弱しきった。まるで病人のように肌は真っ白になり、顔はやつれ、かなり歳をとったように見えた。彼は、枯れ葉のような声で呟いた。

「ガイウスに会いたい……」

 セリヌンティウスはうなだれた頭をゆっくりおこし、ルクレティウスを見つめる。そして、声は小さいながらも、力強く言った。

「どうか、私の代わりに磔になってくれないだろうか。彼に会いに行くのだ。必ず戻ってくる。頼む」

「落ち着けセリヌンティウス。手紙を書いた時点でガイウスは衰弱しきっていたのだ。今頃、ガイウスは息絶えているだろう」

「それでも行くのだ。行かねばならない」

「そうか。決意は硬いようだな。しかし、王様が許さないだろう」

「いいだろう。許してやる」

 ルクレティウスの後ろから、王様、暴君ディオニスが現れた。

 ルクレティウスはとっさに膝まずく。

「ディオニス様。どうしてここに」

「セリヌンティウスの様子を見に来たのだ。メロスに騙されたのではと気づき、怒りに燃えているのだろうと想像をしながら来たら、何やら灰のようになっているではないか。どういうことかと様子を見ていると、友の危機らしいな」

 ルクレティウスが言う。

「その通りでございます」

「では、行ってやればいいではないか」

 セリヌンティウスが声を張り上げて言う。

「いいのですか」

「ああ。行くがよい。しかし、そのまま逃げられては困る。わかっておるな」

「はい」

 セリヌンティウスは、ルクレティウスを見つめる。その瞳は、「頼む」と言っていた。ルクレティウスはセリヌンティウスと目を合わせないように頭を抱えていたが、やがて顔を上げ、言った。

「わかった。いいだろう。その代わり、必ず戻ってきてくれよ」

「ありがとう。友よ」

 セリヌンティウスを縛る縄が守衛によってほどかれた。そして、その縄は次にルクレティウスを縛った。

「セリヌンティウスよ。お前の期限はメロスの期限である二日後の日没、あるいは、メロスが戻ってくる前だ。それを破った場合、ルクレティウスの命はない」

「わかっております」

「戻ってこなくてもいいぞ。どうせメロスも戻ってきやしない。哀れなルクレティウスただ一人を犠牲にすればよい」

 セリヌンティウスは暴君ディオニスを睨む。

「そう怖い顔をするな。もう一度磔にされたいか」

「いえ、申し訳ありません」

 セリヌンティウスは心の中で、「非情なディオニスめ。我々の友情は本物だ。私は必ず期限以内に戻り、貴様に本物の友情を見せてやる」と思った。

 セリヌンティウスは、出発する前に磔にされたルクレティウスの前に行き、誓う。

「ありがとうルクレティウス。この恩は決して忘れない。信じてくれ。必ず戻ってくると」

「もちろんだとも、友よ」

 セリヌンティウスはうなずき、「ありがとう」と呟いた。そして、ガイウスのいる街、西の方角を目指して走り始めた。

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