ストロング0・オブ・ザ・デッド



 曇り空の中、俺たちは今異常な事態が発生しているという街に向かっている。騎獣という馬のようななんだかよくわからない動物の馬車のようなものにのりこみ、俺と大神官びにゅうアニスEカップの三人で乗り合わせている。アニス、まだブラつけてんのかそれ。


「あの、返していただけませんか」

「なんのこと?」

「何ってブラ……」

「あんなサイズ要らないでしょ!ちゃんとサイズにあったモノをね!」

「んなっ!モテるものの傲慢ではありませんかそれは!」


 俺は深くため息をつく。なんでお前付いてきてるんだよアニス。そりゃ俺としては変なとこに1人でいかされるのキツいけどさ。そんなことを思いながらストロング0の缶を開ける。ピーチのくせにカケラも甘くねぇ。


 思い返せば数時間前のことである。大神官とともにゴーレムを撃破した俺たちのところに、早騎獣に乗った兵士が息も絶え絶え走りこんできた。


「何事ですか!」

「大神官様!死者の群れがサンドライドの街に!」

「死者の群れ!?」


 大神官はすぐさま兵士たちに連絡して兵力を集めようとしたが、兵士たち酔っ払ってる。すまん俺のせいだ。


「悪い。完全に俺のせいだ。酒の抜けたヤツから来てくれ!俺は大神官と先行させてもらう」

「……できればその力、使いたくはないのですが……」

「世界の崩壊の前に、死んだらおしまいだぞ。もっとも使わずに済むならもちろんそうしたいが」

「そうですね……」


 大神官も俺も、戦力としては通常の兵士たちに比べると圧倒的に上である。普通に兵を動かすのも時間はかかるのを考えると、他にいい方法もないだろう。こうして騎獣車の上に乗ったのが数時間前のことなんだが、なんでアニスがいるのかというとだ。……あ、そうだブラ(とパッド)返せって大神官が言いだしたんだった。んで押し問答の末、そのままアニスが騎獣車に乗った上今に至る。はぁ。ストロング0が苦い。


「わかった。このブラの代わりにいいの見繕ってあげるから」

「え?」

「サンドライドっていい下着とか作ってる街でしょ?金はこいつが出すから可愛いの選びなよ大神官さま」

「いいんですか?」

「でもきちんとサイズ合わせるんだよ」

「えー……」


 ちょっと待てやなんで俺がカネ出すことになってんだよ!俺はおまえの彼氏でも大神官の彼氏でもない。というより金がない。


「あのな?オレは文無しだぞわかってんのか?」

「ちょっと、まだ売ってないのお酒?」

「売るヒマねーだろずっと戦ってたんだぞ!」

「ええっーー?」


 ずっと一緒にいて把握してないのかよ。


「そういえば魔物を大分倒してましたよね」

「確かに倒したけど、大神官、それが?」

「魔物ですが、その爪や骨は有用な資源ですよ。そういえばゴーレムコアですが……破片でも金貨数十枚には」

「全部放置してきてる……」

「うぉああぁぁぁーーー!!」


 アニスが放置という単語を出した瞬間、思わず俺は奇声を発するしかなかった。多分かなりの額を放置してきたってことになるぞ。バカなの俺?


「あの……神殿から多少のお金は出しますから、ね?」


 大神官に慰められたが、しばらく俺はストロング0をあおりながら涙するしかなかった。ようやく心の平静を取り戻した俺の目の前にスキル画面が出る。


『異能:ストロング0(鎮静)』


 いらんわそんなん。いやいるのか?飲んでいるうちに落ち着いてくる。実際問題何かを失っているわけではないからな今のところ。とはいえこのままヒモはイヤだ。酒飲みのヒモとか最低じゃないか?


「冗談はさておき、今サンドライドの街に向かっている死者の群れってどんなんだ?噛まれたらそいつらの仲間になるとか」

「ちょっと!そんな怪物いたら今頃人間なんかみんな絶滅してるわよ!」


 ゾンビものの定型なんだがなぁ。よく考えたらハードモードすぎるだろゾンビものって。もっとも登場人物たちのレベルが上がりすぎて、ゾンビが通行人A扱いになってるアメリカのドラマとかあるけど。何とは言わない。


「んじゃ聞くがどうやってその死者は増えてるんだ?」

「私たちの国では土葬にしてるので土から出てくる、と言われていますが。何者かが魔力で動かしているのではないかと」

「んじゃ知り合いとかの死体を倒したりしないといけないことになるな」

「それが屍人の群れですが、結構遠くからくるのか、見知った顔はまずいないようです」


 妙だな。それ本当に死体なのか?ゾンビでないし、噛まれたらゾンビというわけでもないのはありがたいが。情報を2人から聞いているうちに歩く死体ウォー◯ング・◯ッドの群れが遠くに見えてきた。ますます妙だぞあいつら。


「やっぱりあいつら死体なんかじゃないんじゃないか?」

「そんな。どうみても死体じゃないですか」

「んじゃ聞くが、背格好、服が似通っている……いやほとんど同じって変じゃないか?」

「そんなに違いある?」


 ゾンビもの好きな俺と、ほとんどゾンビもの見たことない2人では感じ方が違うようだ。違いがないと言ったが、確かに死体の損壊部位は異なっている。だが身長や顔、服がほとんど同じなのに何故気がつかない?


「服が同じって言ったってそんなに不思議はないよ。いい服なんてそんなに普通に買えないし」

「にしたって同じすぎじゃないか。顔や身長も」

「うーん」


 2人にはイマイチ納得してもらえない。


「それはどうでもいいです。少なくとも今はあの屍人の群れを始末しないと」

「できるのか?」


 雨が降ってきた。屍人の群れを前に大神官が目を見開く。大神官の目のあたりに光が収束し……音もなく光が放たれた次の瞬間屍人たちが吹き飛ぶ。なんかビーム出たよ!目からビーム!異世界すげぇ!


「やった!」

「まだまだです!次が撃てるまでしばらくかかります!」

「色々難しいな」

「今思ったんだけど、もっと広い範囲にビーム浴びせられないか?」

「でもそんなに動けません。撃ってるとき身体が動かせないんです。首も」

「んじゃ身体を持って動かしてやろう」

「あんたはダメでしょ。大神官さまとはいえ嫁入り前の女の子にむやみに触ったら」


 それもそうか。んじゃどうするのさ。


「私が代わりに大神官さまを動かせばいいのよ」

「そんなもん?」

「そろそろ撃てます!」

「んじゃ大神官さま!行くよ!」


 先ほどと同様に大神官の目の前に光が収束する。アニスが大神官の身体を回す。薙ぎ払えぇ!状態である。吹っ飛ぶ屍人たち。コントかよ。いい感じだが、不安はある。


「大神官、あと何発撃てる?」

「あと三発程度は」

「全滅はムリだな」

「でも……」

「撃ち切ったら次は俺の番だ」

「だけど!」


 目の色が戻ってきた大神官の頭に俺はそっと手を置く。


「世界救う前に自分たち救おう、それしか俺たちにはできないだろ」

「……わかりました!もう一発行きます!」

「アニス!」

「いいよ!」


 続けざまに大神官ビームが死人たちを吹き飛ばしていく。雨が強くなってきたな。畜生。


「あと……一発は……」

「そこまで。2人は安全なところに行ってろ」

「あんたは?」

「……まとめて、吹き飛ばす」


 そういうと俺はアニスに大神官を任せ、屍人の群れに向かって駆け出していく。ストロング0を補充しながら掌打で屍人を吹き飛ばす。……やはりか。骨の位置が違う。こいつは人間を基にした存在なんかじゃないな。


 うめき声をあげつつ次から次から屍人の群れが襲いかかってくる。酔拳!重心をズラしつつ水面蹴りを放つ。二匹吹っ飛んだな。雑魚どもめ。何匹来ようとぶっ飛ばすのみだ。


 5匹……10匹……15匹……


「遠隔!ストロング0サーバーっ!!!」


 屍人たちの内臓、脳、身体の至るところからストロング0が噴き出す。脳から噴き出したやつが動きを止めた。そんなとこだけオリジナル準拠か。


「異能:ストロング0(聖酒)が解放されます」


 ん?なんじゃそりゃ。お神酒みきみたいなもんか?早速使わせてもらうとする。


「これでどうだ!ストロング0聖酒!」


 手に出現したストロング0をぶっかけただけで、屍人たちがひっくり返っていく。なんだかなぁ。いや楽だからいいけど。こうなるともはや作業である。楽だからいいけど。


「……やはり……概念の領域に達している……」


 肌の色の濃い露出度の割と高い女の子が現れた。ん?


「ま……魔王!?」


 大神官に魔王と呼ばれた女の子、耳をほじりながら片目をつぶっている。ツノもあるのな。あとスタイルいいな。足とか健康的な感じでなにより。


「あんたは?」

「ゴーレムに続いて屍人もダメと。大した奴ね?名前は?」

「名前きくならそっちから言ってくれよ」

「んー私?私はレティシア。一応魔王とかやってる」

「酒井れいだ。サカイとでも呼んでくれ」


 アニスと大神官が身動き取れなくなっている。そんな大層な相手に見えないんだが……レティシアは小刻みに震えている。何かの技でも出すつもりか?


「驚いた。精神耐性持ち?」

「あぁ、そんなのもあるな。んで何の用?」


 レティシアは棒の先の白いハンカチを見せながら言った。さっきまでのは虚勢だったのか涙を流して震えている。


「お願いします。ウチの戦力壊滅させないでください」

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