猫たちの夕べ

ぽてち

前編

 さぁて、寄ってらっしゃい。

見てらっしゃい。

『猫たちの夕べ』が始まるよ。

ぜひ、見て行ってくださいな。

始まるよ!



 とある駅の改札口に、田舎から出てきたばかりの一匹の黒猫がいた。

黒猫には、田舎にいたとき世話になった猫がいた。

その猫がこの町のボスと知り合いで、一旗揚げたいと望む黒猫の助けをしてほしいと言う伝言を鳥に頼んだ。

すると返信がきて、黒猫の手助けをしてくれることになった。

そして、今日。

この町のボスに会うために、黒猫はきていた。


「ここで、待っているよう言われたのだけどな」


駅の改札口で、黒猫を案内してくれる猫と待ち合わせをしていた。

それで黒猫は辺りを見回して、捜していた。


「あの、こんにちわ」


すると横合いから声をかけられた。

黒猫が顔を向けると、灰色の猫がこちらへ歩いてくるのが見えた。


「はじめまして。きみが、ヤサかい?もっとヤサぐれた猫かと思った」

「よく言われる。本当の名前はヤサシイ、なんだ。長いからってみんな、縮めて呼ぶんだよ」


灰色猫は苦笑すると、確かにと言った。


「僕はキヨワ、この町のボスの息子なんだ。よろしく」

「そうなんだ。よろしく、キヨワ」


挨拶を交わすと、キヨワはヤサの先を行く。


「父さんから君にこの町を案内するよう言われてる。そのあとに、君の歓迎会を兼ねた宴会の場所まで連れて行くね」

「何から何までお世話になります」


礼儀正しく、頭を下げるヤサにキヨワは、こっちと合図を送った。



***



 夕暮れどき。

ヤサとキヨワの二匹は並んで、町中を歩いていた。


「どうだった?暮らして行けそう」

「分からない、なんとも言えないよ」


俯くヤサに、キヨワはため息とともにこぼす。


「最初は誰だってそうだよ。気にしなくても大丈夫」

「ありがとう。キヨワ」


キヨワの励ましに、ヤサは弱々しく微笑む。


「そう言えば、宴会ってどこでやるの?」

「いつもはこの近くの境内でやるんだけど、空き地でやることになったんだ」

「そんな大々的にやるのかい?」


目を丸くするヤサに、キヨワは首を左右に振った。


「いつもだったら、境内の中で少人数集まって杯を交わして終わりなんだけど。ヤサを紹介した田舎猫は父さんが若いころ、大変世話になった猫なんだ。それでだと思う」

「そんなすごい猫だったんだ」


ヤサは、田舎猫を思い出してため息をつく。

その田舎猫は、とても面倒見がよく、周りの猫たちから大変頼りにされていた。

その中でヤサは、特別目をかけて貰っていた。


「空き地って遠いの?」

「ううん。すぐそこ、ほら。灯りが見えるだろう」


キヨワが顎で指し示す方向に、提灯の灯りが見えた。

近づいていくと、周りを木で囲まれた空き地だった。

空き地の入り口には、先ほど見えた提灯が風に揺れている。



「ほら、着いたよ」

「うわぁ。こんなにいっぱいの猫、初めて見た」


空き地の入り口に立った二匹は、宴会の熱気に圧倒されていた。

どこを見ても猫ばかり。

猫たちは踊りや歌に興じ、提供する料理や酒に舌鼓を打っていた。

やがて、二匹の姿に気づいた猫が大声を上げて皆に知らせる。

ヤサは集まった猫たちの大歓迎を受けて、中に入る。

人垣が左右に別れた道を、キヨワと共に歩く。

周りから野次に迎えられ、ヤサは場違いな気がした。


「奥にいるのがこの町のボスだよ。そして、ボクの父さん」

「ちょっと怖そうだね」


道の先には、大柄な灰色の毛並み、左目に傷を負った雄猫が待っていた。

その隣には鷹を思わせるほど鋭い目つきの雄猫が控えている。


「お父さん。ヤサを連れて来ました」

「おぉ帰ったか。ちゃんと案内出来たか?」

「はい、大丈夫です」

「するてぇと、お前さんがヤサか?」


野太い声に、ヤサの体は震えた。


「はっ、始めまして。僕……」

「堅苦しいことはなしにしようや。俺はボスのキズアトだ。仲良くしようじゃねぇか」


不敵に笑う。

キズアトは、ボスの名に恥じない威厳と貫禄を備えた雄猫だった。

立っているだけで圧倒される。


「新しい仲間が来た。ヤサだ。みんな、仲良くしてくれ」


キズアトがそう叫ぶと、周りにいた猫たちから歓声が上がる。

お祝いの紙吹雪が空から降ってきた。


「あの~」


そこへ、墓場から聞こえてくるような恐ろしい声が聞こえた。

あれほど騒がしさが、嘘のように静まりかえった。

ヤサが後ろを振り返ると、空き地の入り口に一匹の猫が立っていた。

元の毛並みが分からないほど薄汚れ、悪臭を放つ体臭。

ヤサは鼻を押さえそうになるのを、必死で堪えた。


「どうか、お力をお貸し下さいませ」


あの恐ろしい声で、その猫は言葉を続ける。

そして、二匹の方へ向かってきた。


「てめぇか、ヨゴレ」


キズアトは先ほどとは打って変わった険悪さで、ヨゴレと言った猫を睨み付けた。


「てめぇは招待してねぇんだ」

「でも……」

「くどいぞ!ヨゴレ」


ヨゴレはキズアトの剣幕に、驚いて逃げていく。

すると興が殺がれたのか、周りの猫たちは三々五々と散っていく。

ヤサは不思議に思って、キズアトに尋ねた。


「あの猫はなんなのですか?」

「ヨゴレって言う名の雌猫さ。空き地からちょっと行ったところにあるゴミ捨て場があいつの寝床さ」


名前はそこから来ていると、キズアト。


「ヨゴレさんを放っておいていいのですか?」

「なんだ、アイツが気になるのかい」

「気になるっていうか、なんと言うか」


ヤサがそう言うと、キズアトは満面の笑顔で彼の肩を抱いた。


「杯を交わそうじゃねぇか」

「僕、お酒は」

「なに、一種の儀式みてぇなもんだ」


キズアトはヤサを引っ張って、空き地の奥へ連れて行く。

キヨワはその三歩後を、鷹の目の雄猫と並んで付いてきた。

連れてこられたそこには、赤い朱色の杯と酒瓶が並んでいた。


「この杯に注いだ酒を飲み干すのが、この町に迎えられた証だ。飲めなくても飲め。潰れたら息子が看病させる」


潰れる前提のようだ。

ヤサはキズアトが注いだ酒の表面を、見つめる。


「ほらよ」

「いっ…いただきます」


ヤサは覚悟を決めて、酒に口を付ける。

儀式を一目見ようと猫たちが、集まり出す。

興味津々な猫たちの視線を一身に受けて、ヤサは見事な飲み振りを、キズアト達に見せた。

飲み干したあとに見たキズアトは、心底愉快そうだ。

でも、そこでヤサは気絶してしまった。

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