第15話:火の手

 空が少しずつ暗くなってきた。外が静かだ。ジェミィは喉の渇きに耐えながら、夕闇の迫る空を見た。

 『ジェミィ』は本名ではない。祖母の名前だ。金の髪も祖母譲り。ジュエリーデザイナーだった祖母のりんとした立ち姿に、幼いジェミィは強い憧れを抱いていた。天真爛漫てんしんらんまんで、自分の道を自分で切り開く女性だった。自分もそうありたいと願っていたし、そうやって生きてきた。

 そんなジェミィの生き方に、ほとんど諦め半分で付き合ってくれる息子たちに恵まれて、彼女は今の立場にあると言っていい。

 ――あまり、迷惑はかけたくなかったんだけれどね。

 少しくらいは心配しているであろう彼らを思い、ジェミィは深いため息をついた。

 ――ところで助けはまだだろうか?

 ふと、もう一度窓の外を見やったその時、薄い暗がりがなんとなく赤く染まっているように感じた。

「な、なんだ?」

 男たちもその異変に気付いたのか、声を上げる。

「煙? 煙だ! 何か燃えてる!」

 火だ。そう確信した時には、建物の外はたちまち煙に包まれ、見えなくなっていた。

「火事か……!? どこだ、工場か!」

 状況把握できず狼狽うろたえる三人の男たちとは対照的に、ジェミィは落ち着いていた。もちろん、これが本物である可能性は十分にある。けれどこれは、おそらく「」のだ。


「誰か! 誰かいますか!?」


 かすかに聞こえてきたそれは、人の声。階下からだ。

「誰もいませんか!?」

 その声に男たちは顔を見合わせた。

「お、俺が行ってくる」

 初老の男が恐る恐る扉を開けた。その瞬間、もわっとした煙が部屋に入り込む。男たちはひるんだが、それでもここを迂闊うかつに離れるという判断はしかねていた。この場所にはもうすぐ取引相手の者が来る。そして、下の階にはおそらくそれとは無関係の者がいる。下手に動いてジェミィや自分たちの姿を見られることは、危険だと考えていたのだ。

「と、とにかく下を見てくる」

 男はそう言って階下へと駆け下りた。うっすらと煙が下から上がってくる。彼は腕で口元を押さえ、できるだけ息を吸わないようにした。

 一階まで来るとそこらじゅう煙だらけで、あたりがはっきりと見えないほどだった。いよいよ、まずい。火事だ。なりふりを構っている場合ではないのではないか? 脳がそう告げる。けれど、どこか強烈な違和感を感じていた。

 廊下には背の高い細身の人影が立っていた。

「誰もいませんか!? 火事です! 外の工場で火事が起きてます!」

「か、火事……なのか?」

 男が声をかけると、その人影はばっと振り向いた。焦った声と一緒に近づいてくる。

「おじさん! 他に人はいませんか!? 危険です! 早く逃げてください!」

 その人物は、声は男のそれなのだが、近づいてみると美しく中性的な顔立ちだった。

「ま、まだ中に人がいるんだ……! 呼んでくる!」

 男は慌ててきびすを返し、階段へと駆けだした――ところで、強烈な違和感の正体に気が付く。


 ――どうしてちっとも熱くないんだ? どうしてこの男は鍵がかかっていたはずのビルの中にいるんだ?


 そしてその思考はバチッという音と、眼の奥に走った電流の輝きによって、強制終了させられた。

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