第10話:研磨師の修行

 オルテンシア・ジュエリー加工部、その工房。朝霧は広く清潔なその場所を黙って見渡した。

 ガラスで仕切られた小さなプライベートスペースには、研磨に必要な道具がそれぞれ置かれており、作業に集中できる環境が職人たち一人一人に与えられていた。空調設備も整っていて、冬場でも凍えずに作業ができそうなことについては羨ましいと思った。

「こんにちは。朝霧さん」

 朝霧を出迎えてくれたのは、老いた職人だった。

「初めまして」

 朝霧は軽く会釈をした。

「私は南条ナンジョウといいます。今日は社長からあなたの研修を頼まれております。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「私の作業スペースへ案内します。こちらへ」

 朝霧は頷いて南条の後ろについて歩いた。南条はこんな小さな少女が技師として研修に来ていることに驚いたり、不思議に思ったりしていないようだった。話を聞いていたとしても、冷静すぎる反応だ。もっと怪しまれると思っていたので、拍子抜けだった。

「嬉しいことなんですよ」

 いぶかしんでいることに気付いたのか、南条は微笑みながら言った。

「この国では、この仕事はもう年老いた職人のものになってしまった。海外に優秀な技師たちがいるから困ることはないだろうが、それでも後継がいないということはとても寂しいことなんです」

 南条があたりを見渡したので、朝霧も彼の目線を追った。職人たちは皆年をとっており、若者を見つけることはできなかった。

「だから、あなたのように若い……若すぎる気もしますが、技術者がいてくれること、私たちから技術を学び取ってくれるということは、嬉しいんです」

「……期待に添えるように、頑張ります」

 朝霧はほとんど無表情のままそう言った。


 南条の技術は確かなものだった。

 彼はもろくて割れやすい石でも見事なカッティングをほどこした。最高難易度のブリオレット・カットや、スターカットなど、どれも朝霧がやったことのないカットを見せてくれた。

 朝霧は教えてもらった通りにそのカッティングを試さてもらい、熱心に学んだ。そんな彼女を見て、南条は非情に感心した。

「筋がいい。石の声が聞こえているようだ」

 朝霧は謙遜けんそんはせず、ただ「ありがとうございます」と呟いた。

「いつから学んでいるんです?」

「七歳の時、槇……店長と出会ってからなので。五年弱になります」

「ほぉ。これは、将来が楽しみだ。きっと良い職人になりますよ」

 南条は本当に嬉しそうにそう言って、朝霧の頭を優しく撫でた。

 朝霧は不器用に笑って「頑張ります」と言ったが、南条に見えないように俯くと、すうっと笑顔を消して心の中でぽつりと呟いた。


 ――、ね。

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