第2話:妖艶な幼女

 槇が間宮にプレゼント用の手提げ袋の発注について教えていると、チリリと深く、涼しげな鐘の音とともに店の戸が開いた。

「ごめんくださいな」

 店に入ってきたのは金髪で巻き毛の幼女だった。絵本に出てくるお嬢様のような格好。むしろこの現代に、こんないかにもな恰好をさせる親がいるのだろうか? と疑いたくなるようなよそおいだった。

「いらっしゃいませ」

 間宮が営業スマイルで出迎えると、その幼女は輝くような笑顔を投げ返してきた。

「こんにちは。お父さんとお母さんは? 一緒じゃないの?」

 屈みこんで優しくそう問いかけると、彼女は首を二度横に振って微笑んだ。

「お父さんとお母さんはねぇ、もういないのっ!」

「えっ……」

 なんという明るい笑顔で返し方に困る発言をするのだろう、この妖艶ようえんな幼女は。間宮が返しに困っていると、槇がため息交じりに言った。

「あんまりうちの新人をいじめないでくださいよ。ジェミィさん」

 え、どういう関係? と、間宮が混乱していると、ジェミィと呼ばれた少女はふふっと短く笑った。

「いやぁね、槇。私は本当のことしか言っていないわよ?」

 彼女の声が突然変わった。少なくとも間宮はそう感じた。先ほどの無邪気な幼い声から、芯のある声へ。

「間宮さん。この人はお客様じゃないよ」

「えっ!?」

「この人はジェミィさん。オルテンシア・ジュエリーの社長さん」

 一瞬耳を疑うが、槇もジェミィも当たり前のように微笑んでいる。

「え?」

 訂正を期待して、もう一度聞き返す。

「オルテンシア・ジュエリー。宝石商の社長をやっているの。ジェミィと呼んで? 新人さん。お名前は?」

「あ、え。あ、間宮です。よ、よろしくお願いします……?」

 どう見ても朝霧よりも幼い彼女が、今度もはっきりと社長を名乗った。理解が追い付かない。


「相変わらず景気よく呪われてるのね。ジェミィ」


 混乱を切り裂く幼い声が、工房の扉の方から聞こえた。振り向くと工房から朝霧が不機嫌そうな顔を覗かせていた。

「あーら朝霧。相変わらず小さいわねぇ。ちゃんとご飯食べてるの?」

 ジェミィが朝霧に向けて、からかうような口調でそう言うと、朝霧はより一層不機嫌な顔をした。

「私より小さい女に言われたくないわ。そんなことより、間宮が困ってるわよ槇。ちゃんと説明しなさいよ」

「あはは、間宮さんがあまりにも良い反応するから、ちょっと可愛くなっちゃって」

 槇が可笑しそうにしながら、ごめんごめんと謝る。そして少し照れた顔をした間宮に、あのね、と語り始めた。

「オルテンシア・ジュエリーは、我々に鉱物の原石をおろしてくれる大手の宝石商なんだ。ライカさんがデザインしたジュエリーの型やうちの工房で作れない細工の制作も発注してるし、朝霧が取り出した宝蟲石の買い取りも行ってくれる。つまり、取引先でありお得意様なんだ」

「は、はぁ。なるほど」

 聞きたいのはそこではないのだが。

「そして、その会社の社長がジェミィさん。表向きは別の人間が代表として立っているんだけどね」

「こ、子供なのに、社長なんですか?」

「ええ。なんせ彼女は宝蟲石ほうちゅうせきを飼い馴らしているからね」

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